断食あるいはファスティング体験で見えた景色2〜自宅での準備〜
断食またはファスティング——気になってはいるものの、イマイチよくわからないため、なかなか一歩を踏み出せない人もいるかもしれません。静岡県・伊豆高原の施設「やすらぎの里」で4泊5日のファスティングプログラムを受けたフードジャーナリスト/カレーライターの「はぴい」こと飯塚 敦が、その体験を全4回にまとめてお伝えする、ガチの自腹の体験記コラムです。
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何事もそうだが、事を成す前の準備や心構えなどが必要だと思っている。経験値や引き出しあっての準備なしのコールドスタートはそれもありだと考えているが、そういうものがないときは慎重になるべきだろう。助走や助走前の心構えは着地点に大きく影響があるだろう。知見があるかないかで結果も変わるというものだ。それで今回、ましてや自分の体と心の再調整である。いつもより慎重に事前準備をスタートさせることにした。
自宅での断食への準備 その1(1週間前)
前回の記事の冒頭、施設に「やってきた」と書いてはいるが、実はそこが起点ではなく、わたしの中でこのプログラムはすでに1週間前から始まっていた。
施設のホームページにやさしい言葉で「やっておいた方が良い準備」が詳しく出ている。それを自主的に自宅でやることにした。施設のホームページに「断食は準備食で決まる!頭痛を防ぎ効果を高める1週間前からの食事スケジュール」というページを見つけて何度か読み返した。
空腹でどうにかなりそうだ!そういうところに至るのではないかという不安が一番大きくあったが、実はポイントはそこではないのである。前回書いた「好転反応=断食反応」がいちばん辛いらしい。それを緩める準備をするというのが1週間前からの準備の目的。
やることは多くない。1週間かけてからだをなだらかに断食に向けてやるだけだ。
まずは1週間前。食事の量を減らすのではなく「質」を変えていく。乱暴な食事にブレーキをかけるだけ、少し意識すれば簡単にできる。洋食、脂の多い食事から胃腸に負担の少ない和食へ移行。外食でも居酒屋のランチで焼き魚の定食など頼めばいい。ミックスフライはやめておく。コンビニなら幕の内弁当を選ぶ。揚げ物はのけておこう。野菜多めを意識するのがいいだろう。すごく当たり前のことしか書いていなかった。
依存性が高い「クセで摂取してしまうもの」も減らす。酒類、カフェインを含むコーヒーや紅茶。それに砂糖やバターを多用する菓子類。味付けの濃いもの。たしかにこれらはわたしもクセで食べているものばかりだった。ドキリとした。「クセで食べる」ことは日常でも気をつけなければいけないと思っている。思いつつ——であるのだが。いきなりやめなくてもいいらしい。日中5杯飲んでいたコーヒーを2杯にしてみる、つい手が伸びる甘いものやスナックを3日に1回にする、など体への負担を減らしてやる。これらを真面目にやってみた。
自宅での断食への準備 その2(3日前から当日まで)

そろそろ旅の支度を考える3日前あたり。断食準備もしっかり目にやり始める。意識して胃腸を休めてやる。食べ過ぎはダメ、食事は腹八分目を意識して炭水化物も減らしていく。ごはん、パンなど炭水化物はいつもの半量に減らしてやる。わたしは八分目を超えぬよう意識しつつ、その分野菜を増やしたりしてみた。
さて、出発前日。ここで腹六分目まで食事の量を減らしてなおかつ消化が楽なおかゆや豆腐、スープなどをベースにした食事にして最終調整とした。カフェインやアルコールを完全に止めておくと断食当日にやってくることが多い頭痛リスクが避けられるらしいのだ。
咀嚼というもの。気づき
この1週間、誰に言われるでもなく自分で思い至り、意識してやってきたことがある。「よく噛んで食べる」ということ。当たり前すぎて拍子抜けするかもしれないが、これがとても大事だと思っている。断食の期間中、インストラクターの先生がおっしゃっていた言葉で一番印象に残っているものがある。「体内の消化器官の中で、唯一自分の意思でコントロールできるのが口」という言葉。大いに納得がいく。胃腸の仕事の負担を減らすためにできるのは自分の意思でまず入口になる口と歯の仕事を増やしてやること。ここで咀嚼にいつもより少し時間をかけるだけで喉から奥で行われているからだの仕事の負担を大幅に減少させられる。
しかもわたしは職業柄、食べ物を食べてその味や体験で言葉を紡ぐということを日常的にやってきている。咀嚼の時間のほんのわずかな延長によって味の解像感が大きく向上するのだ。これも当たり前といえばその通りだが、当たり前で片付けずに意識してやると全く体験が変わってくる。大きな気づきであった。よく噛んで食べるのは体にいいのと同時に「楽しいこと」なのだ。
葛藤。食べるという仕事

3月25日が出発当日。いよいよ伊豆高原駅に向けて出発する。4泊5日の行程の始まりだ。昨日の20時までに最後の食事、いつもの半量の、質を考えた食事を済ませ、以降は水を少し飲んだだけ。サーモボトルにはいつものお茶ではなく白湯を満タンにした。
わたしの職業は文筆家。主に外食中心の実食のレポートを中心として文章を書いている。時系列でいけば3月20日は外食のカレーを2食と持ち帰りの寿司20貫、なんていう日があった。前後で調整しようと苦労した。17日はパキスタン料理。その前の日の16日は南インド料理を食べている(これは体に負担が少ないはずだ)。これ以外にも細かくカレーを食べており、11日はランチでフレンチ、そのあと間を空けずにインド料理の軽食とインドスイーツ。その前の週はレトルトカレーのレビューの仕事で2日で10食など惨憺たる有様である。しかしそのなかでごはんを少なめにしたり咀嚼を長くしたりとできる努力は怠らなかったのも事実。ただ努力よりも食事量と内容の方が勝っていたかも知れない。その後、決定打を打ってしまった。
実は断食直近の3月23日。誘惑に負けてまたカレーを食べた。言い訳は毎日更新しているカレー専門ブログの更新記事のストックがなくなりそうだから。誘惑に負けて、と書いたがあくまで仕事、仕事熱心な男なのだ。しかしこれが悲劇を招くことになる。多分これが好転反応のキーになったのだと今となっては思う。
頭痛。
肩こりがひどい。寝相のクセで左肩と首がひどく痛い。どこまでが肩こりでどこまでが頭痛なのかの境目が見えない。そういう肩こりを持っている。
前日20時以降、固形物は摂っていない。到着が正午くらいですでに16時間、何も食べていないことになる。不思議と空腹感はない。まったくないわけではないが、一瞬「あれ?ちょっとお腹空いたかな」と思うだけで次の瞬間には忘れているような、そんな感じ、その程度。
で、頭痛がひどい。肩こりからなのか、それとも事前準備で知った「好転反応=断食反応」の頭痛なのか。これはいけない。どうしたものか。やりすごすしかないのである。これはもう、原因はわかっている。先ほど書いたあれに違いない。断食の準備の中、その2日前に結構なボリュームのカレーを食べてしまっていた。きっとあれだ。耐えるしかない。風呂に入って(断食中なので長湯はできない)一晩眠って解消された。ほっとした。
空腹との対峙。その中での気づき

小見出しの言葉、実はちょっと間違っている。言うほど空腹と対峙していないのだ。時折り顔を見せる空腹。しかしそれは一瞬という感じのもので、我慢できない、きつい、苦しいという感覚はまるでない。予想外のことだった。なぜだろう、と考える。
まず目的を持ってやってきた、というのがある。リセットをしよう、自分のこれからの日々をより良くしよう、ダメなリズムから脱しよう。そういう意識があるから、いつもより少しだけ、目的達成への意志が強くあるのだと思う。友人がわたしのからだと心を思い遣ってくれて色々整えてくれたからここにいる、というのは大きい。彼の温情に報いるため結果を出したい。
それとこの施設の環境だ。環境という要素はかなり大きい。環境からくるストレスというのは自分が考えるよりもからだと心に影響が大きなものなのだと知った。デジタルデトックスも意識して(ネット環境はしっかりしたものが用意されているので安心感はあるが)、ディスプレイに向かう時間を減らす。いや、自然にそうなった。いつでも気持ちのいい温泉に浸かれて窓の外を見れば散歩にもってこいの緑が濃い自然が目の前だ。窓を開けて風に吹かれるだけで気分よく時間が過ぎていく。1日目と2日目の朝は大雨ではあったがそれを楽しめる余裕もあった。
そして参加自由のプログラムには興味深いものが多い。それに出席している時間は当然ながらモニターから遠ざかることができる。仕事も出かけてくる前になるべく圧縮して終わらせてある。実は旅行に出たり遊びに行ったりしている間に仕事が入ることが多いのだ。ありがたいことだし、なんというのか、ちゃんと余白を作らないと逆に仕事は入ってこないというような示唆のようなものも感じる。遊ばねば仕事は遠ざかる。そういう気がしている。
徐々に自分の心とからだがほぐれていくのがわかる。穏やかで、気分のいい時間がやってくる。
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もっと知りたいあなたへ
やすらぎの里
https://y-sato.com/
本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。