阿蘇くまもと空港の出発ロビー。搭乗を待つ人々の手元に目を向けると、ある共通点に気づかされます。遠くからでも目を引く、温かみのある鮮やかな柿色(オレンジ色)の手提げ袋。表面には、昔の活気あふれる店先の風景が描かれています。筆者の体感では、搭乗客の10人に6人は、この「お菓子の香梅」の手提げ袋を手にしているのではないかと感じるほどです。
熊本には数多くの名産品がありますが、なぜこれほどまでに「香梅」のお菓子は選ばれ続けるのでしょうか。今回は、熊本が誇る老舗の看板商品である「誉の陣太鼓(ほまれのじんだいこ)」と「武者がえし」を徹底レビュー。その歴史から、震災を乗り越えた絆、そして現地でしか味わえないスイーツまで、その魅力を深掘りします。
熊本の誇りを包む「お菓子の香梅」の歩みとこだわり

お菓子の香梅は、1949年(昭和24年)に熊本市で創業しました。以来、「くつろぎのごちそう」を合言葉に、熊本の文化や歴史を反映した菓子作りを続けています。
香梅の最大の特徴は、徹底した素材へのこだわりと水への敬意です。阿蘇にある工場は、世界有数のカルデラを誇る阿蘇の麓、熊本県西原村(にしはらむら)に位置しています。お菓子の命ともいえる「餡」を作るために使用されるのは、阿蘇の伏流水。地下深くから汲み上げられる清冽な水が、雑味のない、小豆本来の風味を引き出しています。
また、代表銘菓である「誉の陣太鼓」は、紙缶詰製法と呼ばれる独創的なパッケージで包装したり、日本で初めて紙製のナイフを開発したりと、伝統を守るだけでなく技術革新にも余念がありません。熊本の歴史を象徴する「加藤清正公」の精神や、熊本城の石垣といったモチーフを菓子に昇華させる姿勢が、地元の方々から「熊本を贈るなら香梅」と絶大な信頼を寄せられる理由となっています。
唯一無二の食感と風味。「誉の陣太鼓」実食レビュー
まずは、香梅の代名詞ともいえる「誉の陣太鼓」を手に取ってみましょう。金色の紙缶に包まれたその姿は、まるで小さな太鼓そのものです。
儀式のような「開封」の楽しみ

陣太鼓を食べる際、欠かせないのが付属の紙ナイフです。円筒形のパッケージを十字に切り裂く瞬間は、これから贅沢を味わうための心地よい「儀式」のよう。密封されているため、開けた瞬間に小豆のみずみずしい香りがふわりと広がります。
厳選された「大納言小豆」の力強さ
一口食べると、まず驚くのが小豆の粒立ちです。最高級とされる「北海道産大納言小豆」を使用しており、皮が破れずふっくらと炊き上げられています。砂糖、大納言小豆、水飴、もち粉、麦芽糖、寒天、食塩という、驚くほどシンプルな原材料のみで作られているからこそ、素材の良さがダイレクトに伝わります。
秘められた「求肥(ぎゅうひ)」の魔法

餡の中に鎮座するのは、とろけるように柔らかな求肥です。この求肥が、力強い小豆の甘さを優しく受け止め、食感にリズムを与えてくれます。「甘すぎず、しかし満足感はしっかり」。この絶妙なバランスこそが、老若男女に愛され続ける理由でしょう。夏場は冷蔵庫で少し冷やして食べると、寒天の喉越しがさらにきわ立ち、格別の味わいになります。
現地でしか味わえない至福 。「陣太鼓ソフト」の衝撃

熊本を訪れたなら、ぜひ探していただきたいのが、一部の店舗で提供されている「陣太鼓ソフト」です。これは、濃厚なバニラソフトクリームの中に、「誉の陣太鼓」を丸ごと1個投入し、その場で専用のミキサーで混ぜ合わせて絞り出すという、なんとも贅沢なスイーツです。
最初はバニラの冷たさが勝りますが、食べ進めるうちに細かく砕かれた陣太鼓の小豆と求肥が顔を出し、味わいの変化が楽しめます。この冷えて少し固まった求肥が、柔らかいけれどモチっとした独特な食感を生み出し、極上の時間を演出してくれます。
幾重にも重なる職人技 。「武者がえし」実食レビュー
陣太鼓と双璧をなす人気商品が、「武者がえし」です。名前の由来は、熊本城の美しい曲線を描く石垣。敵を寄せ付けない険しさと美しさを併せ持つ、その名を冠したパイ菓子です。
100層が織りなす「サックリ」の極致

このお菓子の真骨頂は、そのパイ生地にあります。バターをたっぷりと練り込んだ生地を、なんと100層も折り重ねているとのこと。実際に口に運ぶと、薄い層がハラハラとほどけるような軽快な食感。バターの芳醇な香りが鼻を抜け、洋菓子のような華やかさを感じさせます。
皮を剥いた「あずき餡」の繊細さ
中に入っているのは、小豆の皮を丁寧に取り除いた「こし餡」です。陣太鼓の力強い小豆の粒感とは対照的に、武者がえしの餡はどこまでも滑らかで上品。パイ生地のバターの塩気と、餡の控えめな甘さが混ざり合い、和洋折衷の見事なハーモニーを奏でます。
焼きたての武者がえし?
一部店舗やイベントで、もし運良く「焼きたて武者がえし」の香ばしい香りに出会えたなら、それは最高の幸運です。購入を即決してください。
しかし、店舗で出会えなくても諦める必要はありません。自宅のトースターで数十秒、軽く温めてみてください。バターがじゅわっと溶け出し、サックリとした層がさらにきわ立つ温かい武者がえしは、お取り寄せや持ち帰りでも味わえる、至福の裏メニューなのです。
震災を越えて。待望の「復活」が教えてくれたこと
2016年4月。最大震度7を2度観測した熊本地震は、熊本の風景を一変させました。この時、香梅の心臓部である阿蘇工場も甚大な被害を受けました。建物は損壊し、断水によってお菓子の命である「水」が絶たれ、生産ラインは沈黙。熊本県内の店頭から、あの陣太鼓や武者がえしが姿を消したのです。
奪われた「日常」の味と「金色の輝き」が店頭に戻った日
地震直後の混乱の中、多くの熊本県民が「いつものお菓子がない」ことに、言葉にできない寂しさを感じていました。お祝い事、お見舞い、あるいはお茶の間の団らん。香梅のお菓子は、熊本の人々の人生の節目や日常に深く根ざしていたからです。SNSや店頭には「いつまでも待っています」「またあの味が食べたい」という応援の声が殺到しました。
震災から約3カ月後の7月。ついに阿蘇工場のラインが一部動き出しました。再び「誉の陣太鼓」の金色のパッケージが店頭に並んだあの日、多くのファンが「おかえりなさい」「待ってたよ」と声を詰まらせながら手に取る姿が各所であったと、熊本在住の方から聞きました。
ある人はお仏壇へ、ある人は家族の団らんへ。その金色の太鼓は、単なるお菓子ではなく「日常が少しずつ戻ってきた」という希望の灯火として、熊本の人々に笑顔を取り戻す一つのきっかけになったといいます。
10年目を前に想う、復興の証
震災からまもなく10年という歳月が流れようとしています。今では全国どこからでも注文できるようになった香梅のお菓子ですが、その裏には、泥にまみれた工場を文字通り手作業で片付け、伝統の味を守り抜いた従業員の物語があります。
困難を乗り越え、変わらぬ味を届けてくれるその姿勢は、まさに崩れてもなお立ち上がる熊本城の石垣「武者がえし」そのもの。今、私たちが手にする柿色の手提げ袋の中には、震災からの歩みをともにしてきた熊本の不屈の精神と、支え合う人々の温かな絆が、ずっしりと詰まっているのです。
熊本の記憶を、柿色の袋に詰めて
熊本には、あか牛や馬刺し、からし蓮根など、魅力的な「食」が溢れています。しかし、旅の締めくくりに多くの人が香梅の商品を手に取るのは、そこに従業員の方々の温かな接客と、震災を乗り越えて守り抜かれた「誠実な甘さ」が詰まっているからではないでしょうか。
10人に6人が持っている、と体感するほどに支持されている、あの柿色の手提げ袋。その中には、単なるお菓子以上の「熊本の記憶と希望」が収められています。「誉の陣太鼓」の力強さと、「武者がえし」の優雅さ。どちらを選んでも間違いはありません。
もしどちらか一方に決め切れないときは、両方の醍醐味を愉しめる詰め合わせセットをどうぞ。柿色の袋を手に、旅の余韻とともにその封を切る。その瞬間、あなたはもうすっかり熊本の虜になっているはずですから。
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もっと知りたいあなたへ
お菓子の香梅
https://kobai.jp/
本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。