地方で「顔出すだけでいいから」と言われたとき、 それは決して、顔を出すだけでは終わらない。 顔を出す。 挨拶する。 「ま...
地方で「顔出すだけでいいから」と言われたとき、
それは決して、顔を出すだけでは終わらない。
顔を出す。
挨拶する。
「まあ、せっかく来たんだから」と座らされる。
座ったら、飲み物を出される。
飲み物を飲んだら、「もう帰るの?」と言われる。
「顔出すだけ」のはずが、気づいたら2時間いる。
そして帰ろうとすると、「ちょっとこれ、手伝ってくれない?」となる。
「顔出すだけ」で来たのに、労働力として、カウントされている。
地方の「顔出すだけ」は、参加のハードルを下げるための言葉だ。
本当に顔を出すだけでいいわけではない。
来てくれたら、やることがある。
でも最初から「手伝ってくれ」と言うと、来てくれないかもしれない。
だから「顔出すだけでいい」と言う。
この優しい嘘が、地方の動員術だ。
「顔出すだけ」で来た人が、結局は最後まで残って片付けまでやる。
この展開を、みんな知っている。
知っていて、それでも来る。
なぜなら、次に自分が誘う側になったとき、
「顔出すだけでいいから」と言える権利が、
ここで発生するからだ。
【取扱注意点】
・「顔出すだけ」は入場チケット。退場時刻は書いてない
・動きやすい服装で行く。作業が待っている
・1時間で帰る気なら、最初から行かない方がいい
・帰るタイミングは、誰かが帰り始めたとき。一人目は難易度が高い
・次回、自分が「顔出すだけでいいから」と言う権利を得る
地方の「顔出すだけ」は、関係性を確認する儀式だ。
呼ばれて行くこと自体が、
「あなたを仲間だと思っています」というメッセージであり、
行くことが、
「私もそう思っています」という返信になる。
顔を出すだけでは終わらないけれど、顔を出さないと、始まらない。
地方の「顔出すだけ」は、入口は軽く、出口は重い。
でもその重さが、信頼の重さなのだ。