佐賀県唐津市。玄界灘に面したこの港町は、古くから大陸と日本をつなぐ交易の要衝として栄えてきました。海が運んできたのは、物資だけではありません。文化も、技も、そして食も、この土地に根を下ろしてきました。松露饅頭はそのひとつです。
今回は、佐賀県唐津市の老舗「大原老舗」が手がける銘菓「松露饅頭」を実際に食べてご紹介します。創業は1850年(嘉永3年)、175年以上にわたって唐津の味を守り続けてきたお店です。味わいはもちろん、松露饅頭に込められた唐津の歴史や文化もあわせてご紹介します。
豊臣秀吉と唐津、そして饅頭の歴史
まず唐津という土地について触れておきましょう。
唐津は、16世紀末に豊臣秀吉が朝鮮出兵の拠点として名護屋城(なごやじょう)を構えた地です。大陸との往来が盛んになる中、高麗から陶器とともに伝わった文化のひとつが「焼饅頭」です。当時の焼饅頭は蒸し饅頭や牡丹餅と比べて製法が難しく、各家庭での伝承は次第に廃れていったといいます。
そんな中、江戸時代末期に大原家初代・惣兵衛の妻カツ子が、内職として松露饅頭づくりを始めました。すぐに評判をとり、本業になったそうです。
屋号は「阿わび屋」。明治時代には炭鉱業で唐津が栄え、菓子への需要もともに伸びていきました。昭和には唐津を代表する和菓子として広く親しまれるようになり、現在に至ります。
包みを開ける、その瞬間から始まる体験

実際に手に取ってみると、まず包装紙の存在感に気づかされます。
「松露」という名前は、唐津の景勝地・虹の松原に自生するキノコ「松露(しょうろ)」に由来しています。包装紙にはその松露の絵が描かれ、箱には唐津を代表する秋の神事「唐津くんち」が鮮やかな色彩で描かれています。饅頭ひとつの中に、土地の自然と祭りが詰め込まれているのです。
蓋を開けると、うずらの卵ほどの大きさの丸い饅頭がみっちりと並んでいます。食べる前から生地の香りがふわりと漂う、カステラ特有の甘い焼き香です。丁寧にひとつひとつ個包装されているせいか、開ける手が自然と慎重になります。

いよいよ実食。ひとつを割ってみると、驚くほどあんこがぎっしりと詰まっています。生地は薄め。でも口に入れると、その薄さからは想像できないほど、しっかりとした食感があります。カステラ生地は香ばしく、噛むたびに風味が広がります。こしあんはしっかりと詰まっていて、甘さは控えめ。上品な仕上がりです。
そしてよく見ると気づくことがあります。ひとつひとつ、微妙に違うんです。焼き目の濃淡、生地の線のつき方、まんまるでないわずかな歪み。すべてが「手作り」の証です。工場で作られた均一な菓子にはない、生きた個性がそこにあります。保存料も着色料も使用されていないので、子どもから年配の方まで安心して食べられるのも、うれしいポイントです。
機械に委ねられない、職人の手仕事
大原老舗の製法には「手焼き」へのこだわりがあります。それは伝統を守るためだけではありません。この製法だからこそ、手作業が欠かせないのです。
地鶏の卵と小麦粉と砂糖で作ったカステラ生地を型に流し込み、丁寧に丸めたこしあんを入れていきます。焼き加減を見極めながら、型を斜めに傾ける。そこへすかさず、生地を足す。こしあん全体を生地でまとわせるための、繊細な作業です。焼き具合の判断も、傾けるタイミングも、生地を足す量も、すべて職人の経験と感覚にかかっています。これは機械には任せられない。長年積み重ねた熟練の技があってこそ成り立つ工程なのです。
だから1個ずつ顔が違う。食べるたびに、少しずつ表情も違う。それが大原老舗の松露饅頭です。
賞味期限は製造から6日間(脱酸素剤封入のパック商品は12日間)。長期保存を前提にしていません。毎日各店舗に発送し、できるだけ新鮮な状態で届ける。その短さこそが、誠実さの証ともいえるのではないでしょうか。
唐津の秋を彩る祭り「唐津くんち」

松露饅頭の箱には、印象的な絵が描かれています。これは唐津を代表する秋の神事「唐津くんち」の曳山(ひきやま)です。
唐津くんちは、唐津神社の秋季例大祭として毎年11月上旬の3日間にわたって開催されます。300年以上の歴史を持つ、佐賀県最大のお祭りです。江戸時代から受け継がれてきた14台の曳山が、笛や太鼓の音とともに唐津の町を練り歩きます。曳山はそれぞれ獅子や鯛、兜など異なるモチーフをかたどっており、国の重要有形民俗文化財にも指定されています。
3日間だけ燃え上がる情熱。終わってしまうとわかっているからこそ、より美しい。唐津くんちには、そういう「儚さの中の熱さ」があります。松露饅頭の箱にこの祭りが描かれているのは、唐津という土地への愛情が込められているからなのでしょう。
大原老舗について

大原老舗は、佐賀県唐津市本町に本店を構えています。唐津城や虹の松原からも近く、観光の合間に立ち寄りやすい場所なので、唐津を訪れた際にはぜひ足を運んでみてください。お土産としても喜ばれる一品です。
今回のレビューでは15個入りを実食し紹介していますが、10個入りや30個入りもあり、詰め合わせなど用途に合わせて選べるのも魅力です。
さらにオンラインショップも充実しており、全国どこからでも唐津の味を楽しめます。贈り物としてはもちろん、自宅用としても入手のしやすさはうれしいところです。
こうして手に取ってみると、小さな饅頭ひとつに、土地の歴史と職人の誠実さ、そして祭りの熱が詰まっていることに気づきます。それを知ってから味わうと、そのひと口が少し特別に感じられます。
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。