断食あるいはファスティング体験で見えた景色4〜結果と気づき〜
断食またはファスティング——気になってはいるものの、イマイチよくわからないため、なかなか一歩を踏み出せない人もいるかもしれません。静岡県・伊豆高原の施設「やすらぎの里」で4泊5日のファスティングプログラムを受けたフードジャーナリスト/カレーライターの「はぴい」こと飯塚 敦が、その体験を全4回にまとめてお伝えする、ガチの自腹の体験記コラムです。
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5日間はあっという間だった。実際はそこに準備期間の自宅での数日間もあったので約10日間、断食というテーマに向き合ってみた。大変面白かったのだ。自分に向き合う時間でもあり、客観視する時間でもあったようだ。きちんと結果が出た。驚くべき結果だったのだ。「痩せるなんて無理だよ」と思い込んでいたわたしだが、愕然としてしまった。思った以上の結果が出てしまったからだ。
まずは数字で書き出してみよう。目に見える数字での結果というものは強く説得力を持つものだと思い知った。はずかしながら、赤裸々に数字を披露する。
記録と結果
1回目計測は施設の担当が計測したメモをくれた。そのため1回目の記録は、内臓脂肪レベルや基礎代謝、BMIなどのデータは端折られている。以下は表にしてみたものだ。

驚くべきことに約8キロの減量をたった5日で達成できてしまった。1回目の計測が着衣であったこと(薄着であったが)、入館の1週間前から簡単ではあるが準備をしていたことを差し引いても大きな結果が出たと感じている。そして数字以上に得たものが大きかったのだ。
プログラムを終え、東京に帰ってのわたしのおなか
断食に行って、そして帰ってきて、お腹が丸から平らに変わった。それは実は小さな事で、大事なのは「お腹がものを言うようになった」気がしていること。そんな感覚は今まであまりなかった。意識していなかったというのが正解か。ちょっとしたこと、つまり体調や刺激物でお腹がゴロゴロしたり、違和感を感じたり、そういうことに気がつくようになった。いい意味でそれらを敏感に感じられる。お通じの爽快感も手に入れた。短時間でズドンと終わる。そしてちゃんと「からっぽになった」という感覚が確かに残る。気分がいい。
「お腹の声を聞け」そういうことなのだと思う。お腹が、からだが話しかけてくるのだ。からだの状態を自分でちゃんと把握・認識することが大事。そういうことだ。気づかされることが多い。
そして意識。ちゃんと噛んで、よく噛んで食べよう。口の中のものをきちんと咀嚼して全部飲み込んでから次の食べ物に行こう。そういう当たり前を意識できるようになったと感じる。今までのように乱暴に口に放り込んでどんどん飲み込んでいく行為をしていることに気づくことが多くなった。自分でそういうものに気づき、ブレーキをかけられるようになった。
からだの軽さや動きのキレのようなものは東京に戻ってきて、以降徐々に失われると思う。しかし想像よりも自分のからだが動くこと、動けるようになったこと。自分のからだでも「再生」が起こり得るという気づきと可能性をもらった。再チャレンジやからだをもとに戻そうという思いがあればそのハードルは越えられる確証を得たのだ。成功体験はその可能性への気づきにつながっていた。
得たものと気づき〜からだ~

まず、当たり前すぎて書くのも躊躇われるが、からだが軽い。朝起きる時に自分の腹筋だけで起きられる。大した腹筋、筋肉ではない。ファスティング中も取り立てて積極的な運動らしいものはしていなかった。そんなよわよわの腹筋でも上体が上がる。階段も上り下りともにスピードと安定感が上がっている。なにしろ先週までは現在の体重に米袋1袋と水のペットボトル2本を背負って歩いていたようなものなのだ。
外出の億劫さが薄れているのも大きい。これは物理的に体重が減ったからというだけではなく、顎が上がって前を向く、とでも言うのだろうか。外に向かって気持ちがひらけたという心の部分が大きいと感じている。
ちゃんと朝、腹が減ることもうれしい変化。これはとても大事なことだと思う。「空腹の時間を作る」という目的が達成されたこともあるが、からだのなかのサイクル、体内時計が正常に戻ってきているのを感じる。これをクセとして体と頭に覚えさせなければいけない。せっかくのリセットであったのだからチャンスをいかさねばもったいない。
ひとつ前の章で書いたがお腹がものを言うようになったのも大変に大きな変化だ。からだの状態をちゃんと把握することが大事。たぶんそういうことだ。
得たものと気づき〜こころ〜
からだの軽さ、汗をかく楽しみを思い出せたこと、フィジカルな部分での成功体験は大きかった。しかしそれ以上に一番大きく得たもの、もらって帰ってきたものは「食べなくても意外に大丈夫」という気づき。インストラクターの先生もおっしゃっていたが、たとえば災害などの時にこの気づきを持っているといないとでは食べずに耐えられる時間や心持ちが変わってくるだろう。日常でも余計な間食をせずとも落ち着いていられるという気づきがあった。断食を経験していない人よりもずっと自信を持って精神的な安定、安心感を保てる。
体重が減ったのもただの減量という話ではなく、トータルのからだと心の調整があったからこそ得られたのだと今は理解できる。
それと「やったら結果が出た。やれば自分の体をコントロールできるのだ」という成功体験からくる自信と可能性。普段の生活に戻って徐々にまた体重が戻ったり食生活が乱れたりもしよう。しかし成功した体験を今は持っている。思いひとつでまた戻せる可能性を手に入れたことは自信につながっている。今では自宅で自分で、注意深く気遣いながら小さなファスティングをやることも考えている。自分で自分の心とからだの調整をかけるきっかけがもらえた。やればできる。だったらやろうか、という軽やかさを得た。
その後

いろいろとすごいものだなあ、と思った。まず体重という話に限って言えば、インストラクターの先生がおっしゃっていたように日常生活に戻ると数キロ体重が戻るという話だった。その通りになった。当然だと思う。しかし腸内環境の整えからお通じの快適化、汗をかく楽しさと体を動かすきっかけ、歩くことの億劫さの解消、利尿作用が大きいお茶の銘柄を覚えてきたことやよく噛むクセの継続、環境を変えるということの効果やデジタルデトックス、自分のからだを見つめ、いたわる方法。いろいろと有用なものをたくさんもらって帰ってきた。
一番体感できたのは目覚めが違うということ。やはり6時にぱちっと目が覚める。目覚めにすごくキレがある。あいだに朦朧とする時間などはない感じ。それとやはりからだを持ち上げるときの軽さ。起き上がりが楽。やはり変わったのだ。トータルで頭もからだも整理された感じ。生きるのが楽、という感じか。いろいろとすごい。
不思議なもので、からだが循環するようになると気持ちが晴れやかになる。前を向こうという気持ちになるのだ。今考えているのは自宅での小さなセルフファスティング、それと地道なストレッチ。可能性が見えたことによってもう一歩先に行きたいという気持ちが芽生える。服のサイズをワンサイズ落として、低山トレッキングなどもやりたくなっている。
わたしの仕事柄、外国人の食にフォーカスすることも多いので、ラマダーンのことをもう少し調べてみたい。からだに有用であったら宗教の教義は関係なく、ムスリムの彼らとの時期と合わせて同じようなことをするのも悪くない、などと思っている。
最後に

個人的な体験記ではあるが「自分をどうにかしたい」という思いさえあれば、ある程度の成功は手に入れることができると思う。気持ちをちゃんと寄り添わせて疑いなくプログラムを受け入れ過ごせるかどうか。ここが分かれ目かもしれない。しかし気負いすぎてもいけない。全ては自分の内面のリラックスから。信じた方に顔を向ける力があれば、得られる成果は必ずある。
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もっと知りたいあなたへ
やすらぎの里
https://y-sato.com/
本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。