クラフトリリース
2026.4.30

真面目に不真面目な地方論「地方で『お裾分け』が循環する仕組み」

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地方では、野菜をもらう。大量に、もらう。食べきれないほど、もらう。

「うちで採れたから」と言われて、断れない。

断ると、相手が困る。捨てるわけにもいかない野菜を、受け取るしかない。

そして自分も、誰かに渡す。

もらったものを、別の誰かに。

この無限ループが、地方の見えない経済を支えている。

スーパーで買った野菜より、もらった野菜の方が冷蔵庫を占領する。

きゅうり、トマト、ナス、ズッキーニ。

夏は特に、野菜が家に集まってくる。

生産には確かなコストがある。

けれど、このやり取りの中ではお金は動かない。

価格ではなく、関係性で価値が測られる世界。

それもまた、地方の豊かさの一つだ。

「これ、〇〇さんからもらったやつだから」

と言いながら、また別の人に渡す。

誰が最初に育てたのか、もはや誰も覚えていない。

でもそれでいい。

野菜は巡り、関係性は続く。

お裾分けは、感謝の交換ではなく、

つながりの確認なのだ。

都会では消費、地方では循環。

冷蔵庫の中に、その違いが詰まっている。

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