クラフトリリース
2026.6.25

地方、「そこんとこ」に迫る 地方の『みんな』、そこんとこ

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地方で「みんな、そう言ってる」と言われたとき、その「みんな」は、だいたい3人だ。

「みんな賛成してる」の「みんな」は、声の大きい5人くらい。

残りの20~30人は、黙っている。

黙っているのは、反対だからではない。

「まあ、別にいいんじゃない」という、積極的な無関心だ。

地方の「みんな」には、幅がある。「町のみんな」と言ったら、全住民かと思いきや、

実際には「いつも集まるメンバー」を指していたりする。

「若い人、みんな来るよ」と言われて行くと、40代と50代しかいない。

地方の「若い人」は、そういうことだ。

逆に「誰も来ないと思う」と言われても、行ってみたら、意外と人がいる。

「誰も」は、文字通りの「ゼロ」ではなく、「いつもより少ない」という意味だ。

地方の言葉には、伸縮性がある。

「みんな」は、2人から200人まで、文脈によって自在に変化する。

都会では数字で語るが、地方では空気で語る。「みんな」は数ではなく、雰囲気なのだ。

だから、「みんな」と言われても、具体的に何人かは、聞かない方がいい。

聞くと、逆に困らせてしまう。

「そこんとこ」は、察する領域だ。数えない、確認しない、詮索しない。

この「そこんとこ」の感覚が、地方では、意外と大事なのだ。

地方の「みんな」は、曖昧で、優しい。

誰も排除せず、誰も強制しない。

「そこんとこ」でやんわり包む。

これが、地方の「みんな」の正体だ。

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