散歩のススメ(6)食とアートと城下町を丸ごと味わう1日〜石川県・金沢〜
加賀百万石の歴史と美意識が色濃く残る城下町・金沢。この街の大きな特徴は、主要な観光地や歴史的遺産が中心部にぎゅっと集約された「コンパクトシティ」である点です。歴史・文化・食のスポットが心地よい距離感で配置されており、徒歩でめぐることも十分に楽しめるほどです。もちろん街中を網羅する路線バスや周遊バスなどの公共交通機関も充実しているため、徒歩とバスを組み合わせながら、効率的かつ自分のペースで街の表情を堪能できるのが、大きな魅力といえるでしょう。
今回は散歩のススメとして、金沢駅から出発し、近江町市場、ひがし茶屋街、兼六園と金沢城、金沢21世紀美術館、そして夜の片町までを網羅する散歩コースを紹介します。歴史と現代が心地よく交差する城下町の魅力に触れてみましょう。歩く速度を少し落として街をめぐることで、古くから受け継がれてきた伝統の手仕事や建築美、そして現代の賑わいが自然に調和する空間の豊かさに気づかされます。
金沢の玄関口から「市民の台所」へ——鼓門と近江町市場の活気
散歩のスタート地点は、モダンなガラスドームと伝統建築が融合した金沢駅の東広場です。駅前でひときわ目を引く木造の「鼓門(つづみもん)」は、加賀宝生(かがほうしょう)の能楽で用いられる鼓をイメージして作られた美しい建築物で、訪れる人々を温かく出迎えてくれます。
金沢駅からは、徒歩で15分ほど、あるいは頻繁に発着する路線バスに乗ればわずか数分で「金沢市民の台所」として親しまれる「近江町市場」へと到着します。享保6年(1721年)から約300年の歴史を刻んできたこの市場には、鮮魚店や青果店、飲食店など約170件の店舗が軒を連ねています。

アーケードの下を進むと、日本海で水揚げされた新鮮な魚介や、カニ、甘エビ、のどぐろをはじめ、加賀太きゅうりや源助だいこんといった伝統的な「加賀野菜」が所狭しと並んでいます。活気ある店員さんの威勢の良い声が飛び交い、市場内は熱気とやさしい潮の香りに包まれています。
市場内の食事処では、新鮮な魚介類を贅沢に盛り付けた海鮮丼や握り寿司を味わうことができます。地元の人々と観光客が行き交う、金沢の食文化を身近に感じられる空間です。名物の味覚でお腹を満たしたら、金沢の伝統美が息づく茶屋街エリアを目指して北東へと歩を進めましょう。
浅野川の風と木虫籠の情緒——ひがし茶屋街に宿る職人技

近江町市場から浅野川の方向へ向かって15分ほど散策を楽しんでいると、情緒あふれる街並みが広がる「ひがし茶屋街」へと辿り着きます。1820年(文政3年)、加賀藩の許可を得て茶屋町が創設されたこのエリアは、主計町(かずえまち)やにし茶屋街と並ぶ金沢の茶屋街の1つであり、国の重要伝統的建造物群保存地区として大切に保護されています。
メインストリートに入ると、左右に整然と並ぶ木造2階建ての町家に目を奪われます。町家の1階部分を彩る「木虫籠(キムスコ)」と呼ばれる細い出格子は、外からは中が見えにくく、中からは外が見えるという高い意匠性と機能性を誇っています。夕刻が近づくと格子戸の隙間から温かな明かりが漏れ出し、往時の華やかな花街の風情が蘇るようなしっとりとした情景に包まれます。
ひがし茶屋街とその周辺は、金沢が世界に誇る伝統工芸「金沢箔(金箔)」の歴史と技術に触れられる重要な拠点でもあります。日本の金箔生産量の99%以上を占める金沢。1万分の1ミリメートルという極限の薄さまで金を延ばす職人の技「縁付金箔製造」は、国の選定保存技術であり、ユネスコ無形文化遺産へ登録された「伝統建築工匠の技」を構成する技術の1つにも位置づけられています。
伝統ある町家を活用したクラフトショップやギャラリーでは、金箔を用いた繊細な工芸品や和雑貨が展示・販売されているほか、金箔貼り体験を楽しめる店舗もあります。また、格調高い茶屋建築をいかした和カフェでは、金箔を大胆にあしらったスイーツやお茶を味わうことができ、古い歴史空間と現代の新しい感覚が心地よく調和しています。職人たちが継承してきた手仕事の温もりに触れながら、石畳の小道をのんびりと歩いてみてください。
大名庭園と漆黒の威容——兼六園から金沢城公園を歩く

ひがし茶屋街の歴史情緒を堪能したあとは、浅野川大橋を渡り、城下の中心部に位置する緑豊かな「兼六園(けんろくえん)」と「金沢城公園」へと向かいます。ひがし茶屋街からは徒歩で15分ほど、周遊バスを利用してもスムーズにアクセスできます。
兼六園は、岡山市の後楽園、水戸市の偕楽園と並ぶ「日本三名園」の1つであり、国の特別名勝に指定されています。加賀藩の歴代藩主によって長い年月をかけて造営された回遊式庭園であり、広大な敷地には池、曲水、築山、茶室などが巧みに配置されています。
四季折々の表情も見事で、春の桜、夏の青葉、秋の艶やかな紅葉、そして冬には積雪から枝を守る伝統の「雪吊り」の風景が広がります。庭園のシンボルである「徽軫灯籠(ことじとうろう)」の傍らに立ち、静かな池の波紋や周囲の木々を眺めていると、自然と人間の造形美が見事に調和した深い癒しの空間を実感できます。
以前KURAFTでは「日本三名園」で兼六園を紹介しておりますので、あわせてご覧ください。
兼六園の桂坂口で隣接する金沢城公園へと渡ると、目の前に広大な金沢城の城郭風景が姿を現します。加賀藩主前田家の居城であったこの場所では、復元された菱櫓(ひしやぐら)、五十間長屋(ごじゅっけんながや)、橋爪門続櫓(はしづめもんつづきやぐら)といった壮麗な木造建造物を見学できます。伝統的な木造軸組工法を用い、柱と梁などの接合部分には釘などの金物を用いない仕口・継手が使われています。白壁と鉛瓦の美しさも、加賀藩の城郭建築の美しさと、伝統技術の粋を今に伝えています。
ガラスの円環と光のモダンアート——金沢21世紀美術館の開放感

金沢城公園の目の前、兼六園の真弓坂口を出てすぐの南側に広がる広坂エリアに佇むのが、現代アートの発信地として知られる「金沢21世紀美術館」です。歴史的な社寺や庭園が集まる都市空間の中に、先進的なアート空間が自然な形で溶け込んでいます。
2004年に開館したこの美術館は、「まちに開かれた公園のような美術館」をコンセプトにしており、誰もが気軽に立ち寄れるオープンな造りが特徴で、館内外には、さまざまな現代アート作品が展示されています。建物自体が周囲の景色や光を透過する構造となっており、芝生広場では近隣の住民や家族連れが憩う姿が見られます。歴史ある街並みの中で新しい感性に触れられるこの場所は、伝統と現代性が境界なく共存する金沢らしさを象徴しています。
夜の街を彩る大人の食彩——片町で味わう地酒と北陸の夜
美術館でアートの余韻に浸ったあとは、本コースの締めくくりとして街の南西部に位置する「片町(かたまち)」エリアへと向かいましょう。美術館からは徒歩10分ほどで到着でき、夕暮れ時から夜にかけて散策するのに絶好のロケーションです。片町は北陸有数の繁華街として知られ、昼間の静かな歴史情緒とは一味異なる、活気あふれる夜の表情を見せてくれます。
片町から犀川(さいがわ)にかけての一帯には、伝統的な料亭からアットホームな居酒屋、割烹、バーに至るまで多種多様な飲食店が集積しています。出汁が染み込んだ名物の金沢おでんや、日本海で獲れた旬の魚介、地元の蔵元が醸す日本酒など、金沢の豊かな食文化を夜のひとときとともに存分に味わうことができます。
路地裏の「木倉町(きくらまち)」や「柿木畠(かきのきばたけ)」といった小路に足を踏み入れると、赤提灯が灯る趣のある居酒屋が並び、地元の人々と旅行者が杯を交わす温かい交流が生まれています。洗練された都市生活の利便性と、昔ながらの人情味が共存する片町の夜は、旅の締めくくりや1日目の夜を飾るのにふさわしい深い満足感を与えてくれるでしょう。
歩くほどに深まる街の魅力——金沢が教えてくれる旅の豊かさ

金沢駅を起点に、金沢駅から近江町市場、ひがし茶屋街、兼六園、金沢城公園、21世紀美術館、そして片町の夜へと至る今回の散歩道。実際に自分の足で歩いてみると、このコンパクトなエリアの中に、江戸時代の城下町文化から明治以降の手仕事、現代アート、そして活気ある食文化に至るまで、驚くほど多層的な魅力が凝縮されていることを実感できます。
金沢の街並みがこれほどまでに人々を惹きつける背景には、江戸時代から続く文化遺産や建造物を単なる過去の遺物として閉じ込めるのではなく、人々の暮らしや観光の場として生き生きといかし続けてきた地域の努力があります。伝統工芸を現代のデザインにアップデートし、古い町家をカフェやショップとして再生する姿勢は、持続可能な地域活性化の観点からも多くのヒントを与えてくれます。
遠方からのアクセスに多少の移動時間をかけたとしても、ひとたび玄関口である金沢駅に降り立ってしまえば、そこには旅行者にとって非常に魅力的な体験ができる街が広がっています。時にはバスも上手く活用しながら、自分の足で歩いてみることで、車窓からでは見落としてしまう路地裏の美しい風景や風の音、人々の温かい営みに触れることができるでしょう。
1日で主要スポットを駆け抜けるも良し、1泊2日で夜の街並みや早朝の静けさまで余すことなく味わうも良し。歩く速度を少し緩めるだけで、街は私たちに豊かな物語を語りかけてくれます。歴史と現代が美しく交差する金沢の街で、自分だけの特別な散歩コースを見つけてみてはいかがでしょうか。
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もっと知りたいあなたへ
金沢市観光公式サイト
https://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。