日本の味覚を再発見!「日本三大魚醤」が紡ぐ地域の食文化と熟成の物語
「魚醤(ぎょしょう)」と聞くと、タイのナンプラーやベトナムのニョクマムなど、東南アジアの調味料を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、実は日本にも古くから地域特有の魚醤文化が存在します。魚介類に塩を加えて仕込み、じっくりと発酵・熟成させて作られる魚醤は、魚由来のアミノ酸などのうま味成分を含み、古くから各地の食卓を支えてきました。
中でも「秋田県のしょっつる」「石川県奥能登のいしり(いしる)」「香川県のいかなご醤油」の3つは「日本三大魚醤」と称され、それぞれの土地の気候や獲れる魚の種類に応じた独自の発展を遂げてきました。醤油の普及とともに一時衰退の危機に瀕した時期もありましたが、近年その歴史的価値や奥深い味わいが再評価されています。風土の恵みと職人の知恵が詰まった日本三大魚醤の魅力と、各地の食文化を現代につなぐ取り組みについて紐解いていきます。
秋田県「しょっつる」――ハタハタと塩が奏でる澄んだうま味

日本三大魚醤の中でも高い認知度を誇るのが、秋田県の沿岸部に伝わる「しょっつる(塩汁)」です。その歴史は江戸時代初期までさかのぼるとされており、一説には魚を塩漬けにして保存する過程で染み出した液体を利用したのが始まりとされています。
しょっつるの主原料として最も有名なのが、秋田県の県魚でもある「ハタハタ」です。伝統的にはハタハタと塩を主原料とし、1年以上の年月をかけてじっくりと発酵・熟成させます。熟成が進むと魚のタンパク質が分解され、アミノ酸などのうま味成分が生まれます。
しょっつるの大きな特徴は、魚醤特有の風味がありながら比較的クセが少なく、琥珀色から黄金色の澄んだ色合いをしている点です。魚を塩漬けにして長期間熟成させ、魚のうま味を液体に引き出していることが、しょっつる独特の味わいにつながっています。熟成された汁を丁寧に漉(こ)すことで、魚のうま味だけが綺麗に抽出された上質な調味料へと仕上がります。
伝統的な料理としては、しょっつるをベースにした出汁にハタハタや季節の野菜、豆腐などを入れて煮込む「しょっつる鍋」が有名です。また、現代では和食だけでなく、パスタの隠し味やスープのベースとして活用するなど、洋風レストランや家庭料理でも重宝されています。地域の資源を余すことなくいかす先人の知恵は、まさに北国の冬を温めてきた貴重な食文化といえます。
石川県奥能登「いしり・いしる」――海の恵みが生むコクと深み

能登半島の奥能登を中心とする地域には、「いしり」または「いしる」と呼ばれる魚醤が今もなお深く根付いています。地域や生産者によって呼び名や原料が異なり、一般的にはイカの内臓(ゴロ)を主原料とするものが「いしり」、イワシやサバなどを主原料とするものが「いしる」と呼ばれる傾向があります。こうした地域による違いも、この調味料の興味深いところです。いずれも、海産物が豊富な能登半島ならではの原料をいかした魚醤といえるでしょう。
製法は地域や原料によって異なりますが、魚介類に塩を加え、桶などで1年以上かけて発酵・熟成させるのが基本です。熟成が進むことで独特の風味と濃厚なうま味が生まれます。イカを原料とする「いしり」は特にうま味が強く、濃厚な風味が特徴です。
地元では、貝殻を鍋代わりにして季節の野菜や魚介をいしりで煮込む「貝焼き(かいやき)」や、大根や甘エビの漬物、汁物の隠し味として日常的に親しまれてきました。発酵によって生まれる豊かなうま味が、料理に深いコクと奥行きを与えます。能登の厳しい自然環境と海の恵みが融合したこの味覚は、能登の食文化を代表する調味料として、現在も受け継がれています。また、「能登のいしる・いしり製造技術」は、長期発酵・熟成による伝統的な製造法が評価され、国の登録無形民俗文化財にも登録されています。
香川県「いかなご醤油」――幻となった味の復活

かつて瀬戸内海の沿岸部、特に香川県で盛んに作られていたのが「いかなご醤油」です。かつて瀬戸内海で多く水揚げされた小魚「イカナゴ」を主原料とし、塩とともに熟成させて作られます。
いかなご醤油は、香川県で古くから作られてきた魚醤です。新鮮なイカナゴに塩を加えて仕込み、半年以上発酵させて作られてきました。かつては地域の食卓で醤油の代わりに使われていましたが、戦後、大豆を原料とする醤油が広く普及すると、製造に手間と時間がかかるいかなご醤油は次第に姿を消していきました。その後、地元の人々の努力によって復活への取り組みが進み、平成10年頃には再び作られるようになりました。
復元されたいかなご醤油は、イカナゴ特有のうま味と、魚醤ならではの風味が特徴です。刺身のつけ醤油としてはもちろん、うどんの出汁や煮物などに少し加えるだけで、瀬戸内海の恵みを感じさせる深い味わいに仕上がります。途絶えかけた歴史を地域の人々の手で繋ぎ止めたこのストーリーは、伝統文化の継承という意味でも非常に大きな価値を持っています。
魚醤が秘める可能性と現代の食卓での活用
秋田のしょっつる、奥能登のいしりやいしる、香川のいかなご醤油。これら日本三大魚醤に共通しているのは、それぞれの土地で、海産物を保存し、余すところなく活用する生活の知恵と結びついて発展してきたという点です。流通が現在ほど発達していなかった時代、地域で得られる海産物を塩漬けにして発酵・熟成させることで、保存性を高めながら、うま味のある調味料として活用する知恵が育まれました。
こうした地域固有の調味料や食文化を見直し、現代のニーズに合わせて発信していく取り組みは、地域振興の観点からも非常に重要な意味を持っています。地域のアイデンティティともいえる食の歴史を再評価することは、地域ブランドの確立や観光資源としての活用にも繋がります。
また、魚醤に含まれる豊かなうま味成分も、その魅力の1つです。現代の食卓において、魚醤は単なる伝統調味料にとどまりません。カレーの隠し味、炒め物の風味付け、さらには洋食のドレッシングや隠し味など、少量でも料理に深いコクを加えられるため、和食に限らず、さまざまな料理に活用できる調味料としての可能性を秘めています。
私たちがこれらの魚醤を手に取り、日々の食卓で味わうことは、単においしいものを食べるというだけでなく、日本の豊かな海と歴史、そして各地域で伝統を守り続ける人々の営みを応援することにも繋がっています。
日本三大魚醤である「しょっつる」「いしり・いしる」「いかなご醤油」。それぞれに異なるストーリーと味わいを持つこれらの魚醤は、日本の食文化の多様性と奥深さを象徴する存在です。いつもの料理に少量加えるだけで、普段の食卓が少し贅沢で味わい深いものへと変わります。ぜひ一度、各地のこだわりが詰まった魚醤を手に取り、その豊かなうま味とそれぞれの土地で育まれてきた歴史や食文化にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
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もっと知りたいあなたへ
一般社団法人 大日本水産会 魚食普及推進センター
https://osakana.suisankai.or.jp/s-preserved/7117
本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。