散歩のススメ(5)都会の峰・愛宕山~徳川の守護から近代放送の原点へ~
超高層ビルやガラス張りのオフィスが立ち並ぶ東京都港区。その現代的な都市風景の真ん中に、青々とした木々に覆われた小さな山が佇んでいます。標高25.7メートル。「愛宕山(あたごやま)」と呼ばれるこの場所は、自然地形の山としては東京23区内で最も標高が高い山として知られています。最寄駅は、虎ノ門ヒルズ駅、虎ノ門駅、神谷町駅となり、新橋駅からも徒歩圏内です。
一見すると見過ごしてしまいそうな都会の一角ですが、一歩足を踏み入れれば、そこには江戸から明治、大正、そして現代へと続く歴史が残されています。武士が馬で駆け上がったと伝わる急勾配の石段、幕末の勝海舟と西郷隆盛にまつわる逸話、そして日本のラジオ本放送が始まった場所。愛宕山は、時代の転換点と深く結びついてきた場所なのです。
江戸を守る火除けの神と「出世の石段」の由来
散歩の起点となるのは、愛宕山の山頂に鎮座する「愛宕神社」です。大鳥居をくぐると、目の前には空に向かって伸びるような急勾配の石段が現れます。「男坂」と呼ばれるこの石段は、全部で86段あり、傾斜角は約40度ともいわれています。
愛宕神社の創建は、江戸幕府が開かれた1603年(慶長8年)にさかのぼります。徳川家康の命により、防火の神である火産霊命(ほむすびのみこと)を祀ったのが始まりとされています。江戸の町では火災が大きな脅威となっていたことから、愛宕神社は江戸の防火を願う神社として信仰を集めました。
1634年(寛永11年)、三代将軍徳川家光が将軍家の菩提寺である増上寺からの帰り道、愛宕山に咲く満開の梅を目にし「誰か馬で梅を折って参れ」と命じたとされます。あまりの急勾配に誰もが尻込みする中、讃岐高松藩の家臣・曲垣平九郎(まがきへいくろう)が馬で石段を駆け上がり、梅の枝を献上したという逸話があります。この故事から、曲垣平九郎は馬術の名人として知られるようになり、石段は現在「出世の石段」と呼ばれています。
実際に石段を上ってみると、その急勾配に驚かされます。手すりにしっかり手を添えながらこの石段を1段ずつ上りきると、息が切れるとともに強い達成感を覚えます。上りきった先には三角点が置かれており、愛宕山の山頂に到達したことを実感できます。
幕末の転換点——勝海舟・西郷隆盛にまつわる愛宕山の逸話
社殿でお参りを済ませたら、静かな木立が広がる境内の広場へと向かいます。現在は周辺に高層ビル群が立ち並んでいますが、ビルが建設される以前の江戸時代の愛宕山は、江戸の街並みだけでなく、東京湾や房総半島まで見渡せる眺望の名所として知られていました。
そんな愛宕山には、幕末の歴史にまつわる逸話も残されています。
1868年(慶応4年)、旧幕府側の勝海舟と新政府軍側の西郷隆盛が愛宕山を訪れ、眼下の江戸の町を眺めたというエピソードです。ただし、勝と西郷の会談場所については複数の説があり、港区史では、愛宕山で会談した可能性は低いとされています。
それでも、江戸の町を一望できるこの場所に立ち、当時の人々がどのような思いで江戸の行く末を見つめていたのか、さまざまな想像をめぐらせるのは、歴史散歩ならではの楽しみ方といえるでしょう。
日本のラジオ本放送の原点——「放送のふるさと」とNHK放送博物館

愛宕神社の境内を奥へと進むと、隣接して佇むモダンな建築物「NHK放送博物館」が見えてきます。ここ愛宕山は、日本のラジオ本放送の歴史を語るうえで欠かせない場所です。
1925年(大正14年)3月、東京芝浦の東京放送局仮放送所から、日本のラジオ第一声が流れました。その後愛宕山の放送局が完成し、同年7月12日、ここからラジオの本放送がスタートしたのです。愛宕山では1939年に東京放送局が内幸町へ移転するまで、東京のラジオ放送を支える拠点となり、現在も「放送のふるさと」と呼ばれています。
1956年に開館したNHK放送博物館は、世界で初めての放送専門博物館として、放送を支えてきた機器や資料、テレビ放送の技術的変遷、過去の番組に関する展示など、日本の放送文化の歩みを紹介しています。
文化や情報がどのように人々に届けられ、生活を豊かに変えてきたのか。放送というメディアが培ってきた歴史の足跡をたどる展示の数々は、技術の進歩だけでなく、時代の空気を生き生きと伝えてくれます。入館無料でじっくりと見学できるため、散歩の途中で立ち寄る文化的なスポットとして非常に魅力的です。
愛宕隧道とエレベーター――歴史の山を支える都市のインフラ

放送博物館の見学を終えたら、愛宕山の反対側へと下る道を歩いてみましょう。愛宕神社には、男坂のほかに比較的緩やかな女坂もあります。さらに山の足元まで下りると、山を東西に貫く「愛宕隧道(あたごずいどう)」が姿を現します。
愛宕隧道は1930年(昭和5年)に竣工したトンネルです。愛宕山の山頂に愛宕神社があるため、山を東西に行き来するための通行路として掘削されました。石造りの門構えには、完成当時の面影が残されています。

そして現在、トンネル脇には愛宕山の上部へアクセスできるエレベーターも整備されています。東京都のバリアフリー情報でも、エレベーターを利用して愛宕神社の境内へアクセスできることが案内されています。急な男坂を利用せずに山上へ向かえるルートがあることで、愛宕山はさまざまな人が歴史や文化に触れられる場所となっています。
江戸時代から残る神社と石段、その足元を通る昭和初期のトンネル、そして現代のエレベーター。小さな山の周囲には、それぞれの時代の都市の姿が重なっています。
時を紡ぐ都会の峰——地域に受け継がれる物語
愛宕山を中心に、急峻な石段から静かな社殿、近代放送の発祥地、そして足下を貫くトンネルまでを歩いてみると、わずかな距離の中にさまざまな時代の記憶が残されていることに気づきます。
東京という大都市では、再開発によって街の姿が変わり続けています。その一方で、愛宕山のように、江戸から現代までの歴史を伝える場所も残されています。
オフィス街の昼休みにふと聞こえる風の音や、石段に落ちる木漏れ日、静かに佇む社殿。
普段は何気なく通り過ぎてしまう街の一角にも、知れば知るほど面白い物語があります。身近な街角に残された歴史を知ることは、普段見慣れた都市の景観を新たな視点から眺めるきっかけにもなるでしょう。
都市の真ん中にたたずむ歴史の峰・愛宕山へ、新しい発見を探す散歩旅に出かけてみませんか。
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もっと知りたいあなたへ
愛宕神社
https://www.atago-jinja.com/
NHK放送博物館
https://www.nhk.or.jp/museum/
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。