「手持ち花火」の歴史とは?小さな火花に宿る日本の心と技
夏の夜空を鮮やかに染める花火大会。腹の底まで響く重低音とともに広がる大輪の花火は、一瞬で人々の心を魅了します。夏になると日本全国、毎週末のようにどこかの街で打ち上げ花火が夜空を彩り、多くの人々が会場や穴場スポットへ足を運びます。
以前、当メディアでも全国各地で催される大規模な花火大会の魅力や歴史について詳しく紹介しました。
見上げるような大規模な花火大会の迫力は間違いなく夏の醍醐味ですが、その一方で、家族や親しい友人たちと庭先や河原で囲む「手持ち花火」も捨てがたい魅力を持っています。指先で握る小さな竹ひごや紙管から、パチパチと音を立てて弾ける繊細な火花。終わった後に漂うほんのり甘く香ばしい火薬の匂い。そこには、大仕掛けなショーとは一味違う、身近で愛おしい時間が流れています。
日常のすぐそばにあるこの小さな夏の文化は、いつ頃生まれ、どのように発展してきたのでしょうか。
手持ち花火の起源と歩み〜江戸の夜を照らした玩具花火〜
日本に花火が伝来した時期には諸説ありますが、記録として有名なものの1つに、1613年(慶長18年)にイギリス人のジョン・セーリスが駿府城で徳川家康に花火を披露したというエピソードがあります。この頃の花火は主に鑑賞用や合図用のものでしたが、やがて国内での火薬製造技術の向上とともに、観賞用から「遊ぶため」の花火へと変化を遂げていきました。
江戸時代中期にあたる1716年〜1736年頃になると、庶民の間で玩具花火が広く親しまれるようになりました。当時の玩具花火は、葦(よし)の管に火薬を詰めたシンプルなもので、現在の吹き出し花火や手持ち花火の原形とされています。大川(現在の隅田川)で涼を取る江戸っ子たちが、両国橋のたもとで手持ちの花火を買い求め、夜の川べりで楽しんでいた様子は、数々の浮世絵にも描かれています。
当時の手持ち花火は、現代のものに比べると火花は控えめで、色も単色(和火と呼ばれる橙色の火花)が中心でした。しかし、暗闇の中にポッと灯る小さな火花は、当時の人々にとって夏の夜を彩る人気の娯楽でした。明治時代に入ると、欧米から化学薬品が輸入されるようになります。これにより、赤や緑、青といった鮮やかな色彩を放つ「洋火」が作られるようになり、手持ち花火のバリエーションが一気に広がりました。
伝統的な「和火」の静けさと、明治以降に加わった「洋火」の華やかさ。2つの要素が融合しながら、日本の手持ち花火は独自の進化を続けてきたのです。
地域に根差す技と伝統〜職人が紡ぐ小さな光の産地〜

スーパーやコンビニエンスストアに行けば、夏にはたくさんの国産・外国産の手持ち花火がセットで並んでいます。一見するとどれも同じように見えるかもしれません。しかし、国内には職人の手によって一つひとつ丁寧に作られている手持ち花火の名産地が存在します。
例えば福岡県みやま市にある「筒井時正玩具花火製造所」は、伝統的な「スボ手牡丹」と呼ばれる線香花火を製造する国内唯一の工房として知られています。藁(わら)の先に火薬を練り付けたこの花火は、豊かな自然の恵みと職人の緻密な手作業によって今日まで守り伝えられてきました。
また、愛知県岡崎市周辺は、三河手筒花火に代表される花火文化が息づく地域であり、古くから火薬製造や花火づくりが盛んな地域として知られています。
国産の手持ち花火は、火花の散り方の美しさや、火が消えるまでの時間の長さ、そして煙の量や香りに至るまで、細部にまで職人の工夫が息づいています。地域ならではの素材をいかし、代々受け継がれてきた技術を守る。私たちが夏に遊ぶ1本の手持ち花火の背景には、技術を継承し地域文化を後世へ残そうとする職人たちの情熱が息づいています。
多様な花火の種類と、安全に楽しむためのルール
手持ち花火とひと口にいっても、その種類は実に多様で、大きくは以下のような種類に分けられます。
- ススキ花火(変色花火):紙管の先からススキの穂のように勢いよく火花が吹き出すタイプで、途中で火花の色が変化する仕組みが施されており、子どもたちに大人気の定番花火です。
- スパークラー:金属や竹の棒に火薬を塗りつけたもので、パチパチと雪の結晶のような白い火花が全方向に散るのが特徴です。
- 絵形花火:キャラクターなどの形をした台紙に花火が取り付けられているもので、見た目にも楽しめる工夫が凝らされています。
- 線香花火:日本独特の情緒を感じさせる花火です。
このように魅力あふれる手持ち花火ですが、火薬を扱う以上、安全への配慮は欠かせません。
遊ぶ際は必ず水の入ったバケツを用意し、燃えやすいものがない広くて平らな場所を選びましょう。公園や海岸などでは事前に利用ルールを確認しておくことも大切です。また、風が強い日は使用を避け、風上を背にして先端に斜め下から火をつけます。決して人に向けたり覗き込んだりせず、遊んだ後はすぐに水につけて完全に消火するまでが大切なマナーです。マナーと安全を守ることで、手持ち花火の思い出はより一層素晴らしいものになります。
世界の手持ち花火事情〜文化が生む「観る」と「遊ぶ」の違い〜

ところで、「手持ち花火で遊ぶ」という習慣ですが、日本ほど広く日常的に親しまれている国は多くありません。海外における花火は、基本的に「鑑賞するもの」または「大型イベントの演出」として扱われます。例えばアメリカの独立記念日やヨーロッパのカウントダウンなど、限られた祝祭日に打ち上げられるのが一般的です。
個人が使う手持ち花火も存在しますが、その多くは「スパークラー」と呼ばれる金属棒タイプに限定されます。これも日本の夏の夕涼みのように個人でじっくり楽しむというよりは、結婚式の演出やパーティーのケーキなどを彩る小道具として使われることが多いです。さらに海外では、防災や治安上の理由から、個人による花火の購入や使用に厳しい規制を設けている国や地域も少なくありません。
誰もが気軽に手持ち花火を手に入れ、夏の夜に身近な人と静かに火花を楽しめる日本の環境は、独自の治安の良さと火災予防意識、そして何より「季節の移ろいを楽しむ心」が生んだ特有の文化といえるでしょう。
やっぱり日本人はこれ。「線香花火」に宿る独自の美意識

様々な手持ち花火がある中で、私たちが最後にたどり着くのは、やはり「線香花火」ではないでしょうか。パチパチと勢いよく咲き誇る花火とは異なり、線香花火の魅力はその「静けさ」と「儚(はかな)さ」にあります。実は、線香花火の一生には人の生涯になぞらえた4つの名が付いているのをご存じでしょうか。
- 蕾(つぼみ):点火とともに、酸素を吸い込みながら火の玉が大きくなっていく様子
- 牡丹(ぼたん):点火直後、力強い火花が散り出す状態
- 松葉(まつば):勢いを増し、激しい火花が四方に飛び出す、最も華やかな全盛期
- 散り菊(ちりぎく):最後の一花を咲かせ、火花が1本、また1本と落ちていく様子
わずか数十秒の間に繰り広げられるこのドラマに、私たちは無意識のうちに人生の移ろいや四季の美しさを重ね合わせています。
散り際を惜しみ、儚いものの中に美を見出す感覚は、古くから日本人に受け継がれてきた「侘び寂び(わびさび)」の心そのものです。消えゆく小さな光にじっと目を凝らし、静かに心を寄せる。線香花火は、私たちが大切にしてきた美意識をそっと思い出させてくれる存在なのです。
夜空一面を焦がす大輪の打ち上げ花火が「動」の魅力だとすれば、手の中で小さな光を育てる手持ち花火は「静」の魅力といえます。江戸時代から続く歴史と、地域の職人たちが守り続けてきた伝統の技。安全に配慮しながら楽しむ知恵や、1本の線香花火に心を重ねる日本ならではの情緒。小さな手持ち花火の中には、私たちが誇るべき素晴らしい文化と歴史が詰まっています。
夏が終わる前に、ぜひ大切な人と一緒に手持ち花火を手に取ってみてください。夜風の心地よさとともに小さな火花を見つめる静かな時間は、きっと心の中にじんわりと温かい思い出を残してくれるはずです。
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もっと知りたいあなたへ
公益社団法人 日本煙火協会
https://www.hanabi-jpa.jp/omocha/fun.html
筒井時正玩具花火製造所
https://tsutsuitokimasa.jp/senkohanabi-tokimasa
本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。