千葉・佐原、老舗洋食店のインディアンライス〜店名の出ない旅するグルメ9〜
インディアンという名の店と食べ物
旅先で偶然出会ったうまいものを食べるのが好きな私だが、たまに偶然とかではなくそのうまいものを食べるために遠方へ足を伸ばすことがある。食べることありきの遠出というのは少々気恥ずかしいが、その気恥ずかしさを圧してでも食べに行きたい、という食べ物がある。
なんで急にそう思ったのだろうか。「インディアンライス」が食べたいと少し前から思っていた。インド、インディアン、インデアンなどの屋号の店は全国津々浦々に点在する。同じくメニューにも同様の名前がそれこそ星の数ほど散見される。下町を中心とした大衆ステーキのチェーン「ビリーザキッド」の焼肉プレートの名前はインディアン。蓮沼のラーメン専門店の名前も「インディアン」。大阪のカレーチェーン「インデアン」と帯広の同じく「インデアン」。例を上げれば枚挙にいとまがない。ここらへんを調査、まとめると文学フリマで売れそうなZINができるんじゃないかと思っている。
そんな「インディアン」系の名前を持つ洋食の中でわたしが食べたいのは「佐原のインディアンライス」である。これ、実は、ローカルフードなのだ。
ご当地グルメと千葉・佐原のローカルフード

作られた「ご当地グルメ」というのがある。町おこし、地域おこしで考案されるものが多く、楽しいもの、よくできたものも多々ある印象だ。そしてより好ましいのはちゃんとその土地に根を張った上でのストーリーと長い歴史を持つ、ごく狭い範囲でのご当地メシ。栃木県益子町のローカルフード「ビルマ汁」などはいい事例だろう。千葉・佐原の町には「インディアンライス」というローカルフードがある。
千葉県香取市・佐原はちょっと感じのいい町だ。「北総の小江戸」など呼ばれているそうで、趣ある街並みがそこここに見て取れる。水郷の町であり香取神宮の門前町としても栄えてきた。関東一円を中心とする地域にある香取神社の総本宮がここなのだ。小野川の川縁には趣のある建物が残り、川を見ながらの散歩はことのほか気分が良い。「重要伝統的建造物群保存地区」となっているそうだ。どうりで風情がある。
インディアンライスとは
そんな佐原のローカルフード「インディアンライス」。一見すると肉添えのカレー炒飯の風情。小さな範囲のローカルフードであるがちゃんと特色もあり、さかのぼるとその誕生は大正時代か昭和に入ったころという歴史をもつ。
その元祖ともいえる店がある。古い店で、なんでも大正15年(1926年)創業。同年12月25日、大正天皇が崩御され、同日元号が大正から昭和に改元された。年末の改元で昭和元年となる。つまり創業100年。折しも昭和100年と呼ばれる現在。そんな老舗で食べるのが「インディアンライス」。私の好物なのだ。
インディアンライスの祖と思われる1軒目
さて、この老舗店で「インディアンライス」以外の選択肢を私は持っていない。惚れ込んでいるといってもいい。「インディアンライス」はざっくりと説明すると洋食メニューであり、ごはん部分はカレーチャーハン、ドライカレー的仕立て。黄色いカレー味炒めご飯という感じのところに、甘辛の醤油だれで焼いたポークソテーが乗るというもの。グリンピースなど添えられるのもクラシックな洋食らしさがあって好ましい。
これがひと皿に盛り付けられているところがミソで、ポークソテーの醤油だれ、甘さが勝っているそれがごはんの方に下からまわって染み込み、実にいい塩梅になる。この染み込んだたれ部分が大切な味の柱となっており、この融合で初めて「インディアンライス」としての味の完成となる。そう考えている。シンプルなカレーチャーハンに甘うまいタレをかけたものを想像してほしい。こんなの辛抱たまらん、となるわけである。
この日はせっかくだから、と絶食して佐原にやってきたのだ。店のハシゴと洒落こもう。「インディアンライス」巡りである。佐原には「インディアンライス」を食べられる店が3軒ある。1軒目に行ったここ、創業100年の老舗がおそらく「インディアンライス」の出どころとなった店。元祖なのではと想像している。
2軒目は食堂。インディアンライスのハシゴ

2軒目に行こう。2軒目は町の食堂らしさあふれる店。昔ながらの家族経営の定食屋という風情を醸し出す。昼時で活気があって、そんな中にリラックスできる空気が満ちている。
はじめに出かけていって「インディアンライス」に出会った最初の老舗洋食店。何度か出かけては食べを繰り返したがある時、ふと、たまには違う店に行ってみるかとやってきた町の食堂。偶然だった。入り口の壁に「インディアンライス」の名前があったのだ。正確には外壁のメニューには「インディアン」とあった。ピンときて店に入ってメニューを見せてもらうと「インディアンライス(肉付き)」とあった。驚いた。「インディアンライス」はある特定の店のオリジナルメニューではないのかもしれない、と気がついた。古くから商いを営むあの老舗店がオリジナルだったとして、そこの人気メニューが同地区に波及しても不自然ではない。
そんなことを考えながら食堂のイスで食べる「インディアンライス(肉付き)」は大変おいしいものだった。ここの「インディアンライス」はグリンピースが4つぶ2列で整然と並んで盛り付けられており、店主の生真面目さが透けて見える。大変好ましい。ごはん、結構な盛りである。洋食店でよく出会う、チキンライスやオムライスに使うごはん型でポンっと抜いたドライカレーの横に「もっと食うか?」といわんばかりにもうひとしゃもじ分、乗っかる。私のでっぱった腹と大きなカラダを見てのサービスか。いや、これがスタンダードらしい。そういえばこの盛り付け、先ほどの老舗店でも同じであった。
そしてこういう店ならではの、味噌汁や漬物などがどうにもうまい。かぶとほうれん草の味噌汁がいい。薄味とまではいかないがどこか上品な感じ。それが良い。漬物、糠漬けのきゅうりの浅めの漬かり具合も好み。両方ともぞんざいなものではない。ここらへんのメシ屋は漬物がうまいな、と感じる。
3軒目はスナック風
さて、ちょいと頑張って3軒目。ここはわりと新し目のモダンな店だ。地方に行くと出会うスナック風の店内外の造作に思わず頬が緩む。居抜きで食堂に仕立てたのであろう。こういう感じがいいではないか。カウンターに腰掛けてメニューを確認。おや、ここでは表記が「インデアンライス」になっている。店主のこだわりであろうか。
ここでは店主の心意気、おかずのサービスがある。小鉢に幾つかの副菜が作ってあり、そこから自由に自分の小皿におかずを足してやってね、というもの。優しさ気遣いが嬉しい。「インデアンライス」はグリンピースなしで、味の調整の違いが面白い。ポークソテーのタレがちょいと濃いめでパンチがある。ドライカレーは色も味も少し控えめ。例のタレがしみたごはんという完成形がタレの方に少し寄せてバランスしており、これまたいい。
本当に小さな差異であるが各店ちゃんと個性を出してきていると感じる。逆に共通項もあって、まずひと皿完結の料理であり、タレが染みたごはんとなるのが前提であること。ごはんの盛り付けがチキンライスやオムライスの型を使って皿に盛り付け、その上でもうすこし、ごはんが足してあること。これは大きな特徴だ。グリンピースは2対1で任意というところか。実に面白い。
1軒目の店がオリジナルの正統派「インディアンライス」。ひと皿で完成させたその姿に「インディアンライス」の名をつけた。2軒目は「インディアンライス」とはドライカレー部分のことを指しており、そこに肉がついているという捉え方でこの名前「インディアンライス(肉付き)」とつけたのではなかろうか。3軒目は「インデアンライス」。ほかの2軒との差別化をしたいのでちょっと拘って「インデアンライス」と小さい「ィ」をあえてとったのではなかろうか。そんな考察も楽しい。
もうひとつのローカルフード「ジクセル」とはなにか
冒頭、「インディアンライス以外の選択肢を私は持っていない」なぞと書いたのだが、実は気になっているメニューがもう1つある。各店いろいろと魅力的な洋食メニューがたくさんあるのだが、そのなかに「ジクセル」という見かけない名前のメニューがある。ポークピカタに似た料理らしい。なぜその名前になったのか、語源がどこからか、気になって仕方がないのだがこれもまた「インディアンライス」と並ぶ千葉県佐原のごく限られた店で提供されるメニューなのだそう(例外が少しあるようだが)。千葉県佐原、奥深い。
その後、色々と調べてもなかなか見えてこないものがある。「インディアンライス」というメニュー、今回私がまわった佐原駅前の3軒で提供されているようだが佐原地区の他の店で提供されている店はないようだ。3軒でコンプリートなのだろうか。たった3軒というべきか、それとも町のサイズを鑑みて3軒もあるというのが正解か。
ただ、思うのはこういうところからローカルフードというのが広がるのであって、その芽吹きを見た感があるのだ。
観光にグルメの決定打が欲しい千葉・佐原

千葉・佐原はちゃんと見どころがある。千葉北東部に当たる香取市佐原は「北総の小江戸」とも呼ばれ、水郷のまちとして知られる。小野川沿いの土蔵造りの商家や町屋など見るべきところがあり「さわら舟めぐり」など、水路を船で行くツアーも楽しい。その水路や治水事業はこの地にゆかりのある伊能忠敬の手になるところもあると聞いた。実は伊能忠敬が17歳から約33年間を過ごしたのが千葉県香取市佐原であり、旧宅前には伊能忠敬記念館などもあって観光スポットも多い。
そこにちょっと欠けるのが食。何もないわけではなく、水郷のまちということで古くから川魚料理が盛んであり、うなぎの蒲焼は名物だ。創業300余年と歴史あるうなぎ割烹の店もある。麺に昆布を練り込んだ黒切りそばなども面白い。が、もう少しハードルの低い、失礼ながら少し下世話というか親しみやすい食の目玉が足りないと感じる。そこで「インディアンライス」、目玉になり得るのではないか。
新しいご当地グルメとしてのインディアンライス
先ほど食べてきた老舗店は大正15年創業、2026年現在「インディアンライス」を食べられる店が3軒。規模は小さいが個性的な料理だと感じる。時代や流行でなにかのタイミングから爆発的に増え、町おこしなどの市政に見出されてスポットライトを浴びるメニューになり得る料理なのでは、と可能性を感じるのだ。他の地域でそういうものを見たこともある。
「インディアンライス」はおいしい良いものだ。せっかくある食の資産を放っておくのは勿体無い。「インディアンライス」と「ジクセル」で作る「洋食の町」など面白いのではなかろうか。「北総の小江戸」であり「江戸優り」と呼ばれた賑わい。「お江戸みたけりゃ佐原へござれ、佐原本町江戸優り」と里謡が広まるほどの繁栄があった佐原の町。商才に長け、佐原の町を飢饉から守った「九十九里生まれ、佐原育ちの伊能忠敬」そのゆかりの地にある地元食「インディアンライス」を見守り続けたい。
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もっと知りたいあなたへ
伊能忠敬記念館(千葉県香取市)
https://www.city.katori.lg.jp/sightseeing/museum/
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。