クラフトリリース
2026.8.25

利根川を5分で渡る100年以上の時間旅行〜群馬・赤岩の渡し(後編)

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橋ではなく船で利根川を渡る、群馬県千代田町の「赤岩の渡し」を体験するためにやってきた私。前編では、辿り着くまでの暑さや、利根川と渡し船の歴史などについて紹介しました。

いよいよ乗船!の後編をお届けします。

「あと少し待ってね」から始まった5分間の船旅

午後1時を迎えると、いよいよ船に乗せてもらえることになりました。

赤岩渡船では「千代田丸」と「新千代田丸」の2隻が使われています。千代田町が公表している定員は、千代田丸が23人、新千代田丸が20人。自転車も一緒に載せることができますが、原付バイクや自動二輪車は乗船できません。

船が岸を離れると、エンジン音とともに川面がゆっくり遠ざかっていきます。ほんの数分前まで立っていた群馬県側の船着き場が、少しずつ小さくなっていきました。真夏の午後、そしてライフジャケットを着用しているので涼しいとは言いがたいものの、水面の上では陸地とは違う風を感じます。「天気がよくて、気候のいい日はやっぱり気持ちがいいよ」と、船頭さんが話してくれました。

春や秋の穏やかな日なら、自転車を載せて川を渡るだけでも、さぞ心地よいことでしょう。国土交通省も、赤岩渡船を自転車で利用できる場所として紹介しており、利根川周辺ではサイクリングを生かした地域交流の取り組みも行われています。

船頭さんによると、利用者は平日なら1日30人程度。一方、土曜・日曜にはサイクリストが増え、多い日には300人ほどを運ぶこともあるそうです。年間利用者数などの公式統計とは別に、これは日々利用者を迎えている船頭さんが実感として教えてくれた数字です。生活の足として始まった渡しが、現在ではサイクリングや小旅行を楽しむ人にも親しまれていることが伝わってきます。

昔は、対岸の学校へ通う子どもたちも船に乗っていたそうですが、現在は以前よりも運航時間が短くなり、学校の始業時刻には間に合わないため、通学に利用する子どもはいなくなったとのこと。

かつての赤岩渡船は、観光名所というより、通勤や通学、買い物など、日常生活の一部だったのでしょう。子どもたちが毎朝船に乗り、川を渡って学校へ向かう。雨の日も、風の強い日も、川の状態を見ながら船頭さんが船を出す——。そんな暮らしが、少し前までここにあったのです。生活様式が変われば、渡しを利用する人の顔ぶれも変化します。
それでも船は、昔と同じように群馬と埼玉を往復しているのです。

川の状態を読みながら進む

埼玉側の船着場で船と船頭さんたちを撮った画像

船は、単純に対岸へ向かって一直線に走るわけではありません。「この辺りは浅瀬が多いし、藻もたくさん生えているから、慎重に航路を選んでいるんだよ」船頭さんはそう教えてくれました。

広い川面を眺めているだけでは、どこが深く、どこが浅いのかはわかりません。しかし、川は常に同じ姿をしているわけではなく、水量や流れ、川底の状態、植物の生え方も変化します。毎日川を見ている船頭さんは、その日の利根川の表情を読みながら、安全に進める場所を選んでいるのです。
何気なく乗っている数分間の裏側に、長年の経験と判断がありました。

現在の運航時間は、千代田町の公式案内では4月1日から9月30日までが午前8時45分から午後4時45分、10月1日から3月31日までが午前8時45分から午後4時30分です。増水や強風などで危険と判断された場合は運休となり、その際は群馬県側に赤い旗が上がります。

なお、今回の訪問時には正午過ぎに船頭さんが休憩を取っていました。休憩の取り方や当日の運航状況は変わる可能性があるため、時間に余裕を持って訪れるのがよさそうです。

黄色い旗を揚げて船を呼ぶ

赤岩渡船の特徴の一つが、埼玉県側から乗船するときの船の呼び方です。
群馬県側では船頭さんのいる小屋へ直接声をかけますが、埼玉県側には船頭さんも船も常駐していません。そのため、旗を使って「こちら側に乗客がいるよ」と知らせます。

千代田町の公式サイトには、群馬県側の船頭さんが気付くまで黄色い旗を使って知らせるよう案内されています。以前は旗を手に持って振る方法をとっていたようですが、船頭さんによると、現在は旗竿に付いた黄色い旗を、上の方へスルスルと揚げて知らせる方式になっているとのこと。

黄色い旗が揚がると、対岸の船頭さんがそれを見つけ、船で迎えに来てくれます。電話でもアプリでもなく、川の向こうへ旗で合図を送る。シブ過ぎませんか。それを見るだけでも、赤岩の渡しを訪ねる価値があるように思えました。

対岸にはグライダー滑空場

グライダー滑空場の表示の画像

埼玉県側へ近づくと、河川敷に広々とした空間が見えてきます。
ここには妻沼(めぬま)滑空場があり、グライダーの飛行拠点として利用されています。公益財団法人日本学生航空連盟が開催する「全日本学生グライダー競技大会」、通称「全国大会」も、毎年3月に妻沼滑空場で開かれています。各地区の大会を勝ち抜いた学生たちが集まり、指定されたコースの周回時間を競う全国規模の大会です。

動力を持たず、上昇気流を捉えて空を飛ぶグライダー。その足元を、渡し船がゆっくりと進んでいく光景を見てみたかったのですが、あいにくこの日はグライダーはいませんでした。

空を渡るグライダーと、川を渡る船。
まったく異なる乗り物でありながら、どちらも自然の状態を読み、風や流れと向き合って進むところに共通点があります。船頭さんから全国大会の話を聞かなければ、目の前の滑空場が学生航空の重要な舞台であることを知らないまま通り過ぎていたでしょう。

旅先で土地の人と話すことには、地図や案内板だけでは見つけられない場所への入口を開いてもらう楽しさがあります。

堤防の下で食べる2種類のカレー

カレーの2種盛りとカトラリーの画像

再び群馬県側へ戻った後は、渡船場近くの堤防下にある「赤岩ベース」へ向かいました。

周辺ののどかな風景の中に、白を基調とした建物とウッドデッキが現れます。渡し船の歴史ある風景とは少し趣が異なり、カレーやスイーツを楽しめる、明るく現代的なスポットです。
こちらは、千代田町のまちづくり戦略事業の一環で、赤岩宿周辺の賑わい創出と、関係人口の拡大を目的として設置されたもの。災害時には炊き出し等の支援を行う避難所支援施設として活用する目的もあるそう。

さて、ランチをするべく、curry shop mosso(カリーショップ モッソ)へ。店内には大きな窓から光が入り、木の質感を生かしたテーブルや椅子が並んでいます。サイクリングの途中に立ち寄って休憩するにもよさそうな爽やかな空間で、肩の力を抜いて過ごせます。大阪の名店で修行した店主が満を持してオープンしたそう。

注文したのは、「グリーンカレー&バターチキンカレーの2種盛り」。
鮮やかな緑色のグリーンカレーと、コクのある色合いのバターチキンカレーが2種盛り付けられています。中央にはごはんと副菜が彩りよく添えられ、見た目にも楽しい一皿です。
グリーンカレーはハーブの香りと刺激のある辛さが印象的。一方のバターチキンカレーは、スパイスの複雑さがありながらも甘口、そして程よい酸味があり食べやすい味わいでした。

外は立っているだけでも体力を奪われそうな暑さです。それでも、涼しい店内でスパイスの効いたカレーを食べると、不思議と元気が戻ってきました。おいしいもののパワーは本当に偉大ですね。ランチタイムだったこともあり、近隣で働く方々などが次々と訪れていて、笑顔の素敵な店主やお店のスタッフが気さくに声をかけていました。今年(2026年)の春にオープンしたばかりですが、すでに地元でも愛されているお店のようです。

赤岩の渡しだけを目的にすれば、乗船体験は短時間で終わりますが、近隣で食事やスイーツを楽しみ、川辺を歩き、対岸の風景を眺めれば、この地域で過ごす時間はもっと豊かになるのではないでしょうか。私は暑過ぎてカレーショップから出るのが嫌でしたが、季節の良い時には、のどかな周辺の散策や土手に座ってぼーっとするのも良さそうです。

歴史ある渡船と、若い世代やサイクリストも立ち寄りやすい新しい店。異なる時代のものが無理なく隣り合っていることも、赤岩の魅力だと感じました。

旅の終わりは、友人おすすめの焼酎「花山」

龍神酒造の麦焼酎「花山」の画像

赤岩の渡しを後にした帰り道、館林市にある龍神酒造へ立ち寄りました。
龍神酒造といえば、日本酒好きの間では「尾瀬の雪どけ」の蔵元として知られています。けれど、今回のお目当ては有名な日本酒ではありません。太田市に住む友人はお酒が好きなのですが、彼女が「これがおすすめ」と教えてくれた焼酎、「花山」です。

店頭で見つけた「花山」を手に取り、旅の土産として購入しました。商品案内(と友人の解説)によれば、さとうきび糖蜜を原料として、すっきりした香りでさらりと仕上げられた焼酎なのだそう。まだ飲んではいませんが、日本酒の蔵が作る焼酎、ちょっとツウ好みなセレクトとして喜ばれそうですね。

旅先で、その土地の最も有名な商品を選ぶのも楽しいものです。
しかし、土地をよく知る友人から「これがおいしいよ」と勧めてもらったものには、観光案内とは違う魅力があります。帰宅後に封を開ければ、真夏の利根川や、黄色い旗、船のエンジン音、2種類のカレー、船頭さんとの会話まで一緒によみがえってきそうな気がします。

橋を使えば、川はあっという間に渡れます。
車に乗っていれば、県境を越えたことに気付かない場合さえあるでしょう。それでも、あえて船を待ち、船頭さんと言葉を交わし、川面を眺めながら対岸へ向かう。その5分間には、速さや効率では測ることのできない時間が流れていました。

かつては年貢米や生活物資を運び、通学する子どもたちを乗せ、今では地域の人々やサイクリスト、旅人を運ぶ赤岩の渡し。利用する人や役割が変わっても、この船は群馬と埼玉、人と人、昔と今を静かにつなぎ続けています。

「あと少し待ってね」の後に川辺で過ごした時間も含めて、赤岩の渡しの旅だったのだと思える、そんな旅でした。
利根川を渡り、土地の人と言葉を交わし、おいしいカレーを味わい、友人おすすめの焼酎を抱えて帰る——目的地を急いで巡るだけでは出会えない、ゆったりとした1日を過ごしたい方におすすめです。

前半はこちら

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もっと知りたいあなたへ

群馬県千代田町ホームページ「赤岩渡船」
https://www.town.chiyoda.gunma.jp/kankyo/doboku/doboku002.html
群馬県千代田町ホームページ「赤岩ベース」
https://www.town.chiyoda.gunma.jp/kikakuzaisei/kikaku/machidukuri/43.html
龍神酒造
http://www.ryujin.jp/

本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。

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