「環境が個人のウェルビーイングを高める」という発想
前編では、イギリスの大学において、学生支援に関連する部署の中で役割が細分化されていることをご紹介しました。
これは学生にとって選択肢が増えるというメリットがある一方で、学生が大学内の様々な部署につながろうとする時に、何度も同じ説明をしなければいけないという状況が起きやすく、その結果学生の「つながってみよう」という気持ちが萎えてしまうことが予測されます。
しかし視察先の大学では、学生の情報を大学全体のシステムで共有しており、個人情報保護にも配慮した上で必要な情報を必要なスタッフが閲覧できるようになっていました。この中には事務スタッフや学生寮のスタッフも含まれており、日常レベルの周囲の気づきが学生へのケアやサポートにつながる仕組みになっています。
視察先の大学はいずれも中〜大規模大学(約2万人〜5.6万人)でしたが、それぞれの部署が情報を共有し、大学全体で学生のことを見守っている、そんな印象を受けました。これは何気ないことのように見えますが、そこには新しい発想があります。つまり、学生のウェルビーイングが、大学の用意した「環境としての専門的リソース」によっても高まるという考え方です。これは、ウェルビーイングは「個人のあり方や努力」などによって達成される状態であるという漠然としたイメージとは異なるもので、私にとって新鮮な視点でした。
自分に合ったつながり先の選択とウェルビーイング
このようなイギリスの大学体制の背景には、大学という「環境」が個人のメンタルヘルスやウェルビーイングにボジティブにもネガティブにも影響を与えるという考え方があります(≒社会モデル)。そのため、大学は学生に限らず教職員を含む大学全体のメンタルヘルスを促進するという視点がベースにあり、その中で特にケアや支援を必要とする人々に対して、個別の介入やサポートを行うという考え方があるようです。
また、ケアや支援を必要とする対象は、神経発達症や精神疾患のある学生だけではありません。留学生や社会人、LGBTQ+の学生、BAMEと呼ばれる人種・民族マイノリティの学生、経済的困難のある学生なども含まれています。
さらに、メンタルヘルスに関する偏見や文化的背景によって相談先にアクセスできないケースや、メンタルヘルスの基準や重要性が学生によって異なるために相談が遅れるケースがあることなど、メンタルヘルスをめぐる人々の価値観などが障壁になることも課題として認識されています。
このように多様なバックグラウンドを持つ人々の、困りごとの内容や程度の多様性にも応じられるように考えられた結果、役割や機能が細分化されていると言えそうです。心身の調子を崩すことは誰にでも起こり得るという前提のもと、自分に合う場所や人を自分で選んでつながり、相談するというのはとてもポジティブな考え方ではないでしょうか。
さらに、周囲とつながりにくい背景のある学生でも相談先につながりやすいよう、バリアを除去する工夫がなされています。この「つながり」の感覚こそがウェルビーイングなんだ——多様な学生が行き交うイギリスの大学のキャンパスで、私はようやく腑に落ちました。そして、つながりを持つことで学修や研究に取り組めるようになることもまた、ウェルビーイングなのだと実感を得ることができました。

包摂性と個別性−2つの視点の往復
ここまで、イギリスの大学における学生支援の取り組みを通して、ウェルビーイングについてお話ししました。こうしたイギリスの大学における学生支援の考え方は、障害の「スペクトラム」の概念に通じるものがあるように思います。どのような人にも悩みや困りがあり、その程度や色彩がそれぞれ異なっているのにすぎないという考え方があれば、学内の部署や教員、友人に相談するハードルは少し低くなり、困った時の対処の幅も広がるかもしれません。
一方で、「誰もが環境の影響を受け」、「誰もがそれぞれに悩みを抱えている」という包摂的でマクロな視点は、危うさも孕んでいるように思います。それは、一人ひとりの「個人」の異なる切実な悩みや苦しみを一般化し、薄めてしまうという可能性です。イギリスの大学における部署やスタッフの多様性は、そのような個別性にも対応するものであると考えられます。私自身、心理学というバックグラウンドを持ちながら仕事をする中で、こうした包摂性について考える時、一人ひとりの個別具体的な思いや悩みを見落としていないか、自己点検を心がけています。
個人−環境、個別性−包摂性というミクロとマクロの視点を行き来しながら考え続ける。このことが、より豊かなウェルビーイングにつながるのではないか。ウェルビーイングについて考える入り口にたった今、少しずつ理解を深めながら、この場でも共有していければと考えています。
前編はこちら
ライター:吉田 朝香
京都大学 DRC(学生総合支援機構 障害学生支援部門)
コーディネーター / 臨床心理士・公認心理師