「ウェルビーイングwell-being」という言葉を、最近よく耳にするという方は多いのではないでしょうか。日本でもここ数年で広まり、ビジネスシーンや行政、教育の場でも聞かれるようになりました。ところでこの言葉の意味を、皆さんはご存知ですか?
ウェルビーイングとは何か
厚生労働省の雇用政策研究会報告書(2019)によると、ウェルビーイングとは、「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念」とされています。また、ハピネスhapinessに比べて「長期的な」感覚であり、「主観的(幸福感、満足感、安心感、活力、熱意など)」なものと「客観的(平均寿命、賃金、GDP、失業率、労働時間など)」なものがあること、心理学者セリグマンの「PERMA」モデルや米ギャラップ社が定義した5つの要素などの指標があることが知られています。身近なところでは、近年すっかり定着したSDGsや、2025年開催の大阪・関西万博にもウェルビーイングの概念が関わっています。
一方、ウェルビーイングと似た言葉に、「メンタルヘルスmental health」があります。メンタルヘルスとは心の健康状態を指す言葉で、WHOは「すべての個人が自らの可能性を認識し、生命の通常のストレスに対処し、生産的かつ効果的に働き、コミュニティに貢献することができる健全な状態」と定義しています(国際看護協会,2020)。つまり、メンタルヘルスは心が健やかでストレスにうまく対処できているという「内面的な状態」であるのに対し、ウェルビーイングは心の健康も含めた、身体も社会的環境も全てが良好であるという「人生の全体像」を表す言葉であり、より包括的な概念であるようです。
このように調べてみると、大まかな意味は分かります。しかし肝心の「実感」が全くわかない−私は最初、そう感じました。
ウェルビーイングの社会的認知度
では、実際にウェルビーイングを「知っている」と言える人はどのくらいいるのでしょうか。パーソル総合研究所の調査(2025)によると、ウェルビーイングについて聞いたことがあるという人は51.9%にのぼります。しかし、その言葉の意味まで理解している人は27.5%に留まり、そのうち「人に説明できる」と答えた人は9.4%でした。言葉そのものは普及していても、実感を持って理解できている人はまだまだ限られている状況に、私は少し安心しました。その反面、本来は重要であるはずの言葉を、どこか他人事のように感じてしまうことへの居心地の悪さもありました。
実感のなさの背景にある「日常」
私は普段、大学の障害学生支援部署で、発達障害や精神障害のある学生の修学や社会移行に関する支援に携わっています。卒業後の社会生活を見据えながら、大学生活において自身のパフォーマンスを発揮できるよう、環境調整や自己理解のサポートなどを日々行っていますが、実際は現在の困りごとや不安に対処するのに精一杯である学生も少なくありません。目の前の生活を必死でやりくりする学生たちとの日常と、ウェルビーイングの豊かで余裕のあるイメージとの距離感こそ、私の実感のなさの要因でした。
そんな私が、ウェルビーイングの大切さを知るきっかけになった出来事を、これからお話ししたいと思います。

イギリスの大学における多様な学生支援とウェルビーイング
それは昨年、イギリスの大学をいくつか視察した時のことです。視察の主な目的は、障害学生支援を取り巻く環境や体制、システム等を知ることでした。
どの大学にも共通していたのは、「障害学生支援部署」の中に、役割ごとに多種多様なスタッフが配置されていることです。合理的配慮の調整を行う「アドバイザー」をはじめとして、「メンター」(主に自閉スペクトラム症や注意欠如多動症等のある学生のスケジュール管理等をサポートする)や「サポーター」(主に限局性学習症のある学生に学習方法のアドバイスなどを行う)、国民保健サービス(NHS)につなぐスタッフなどがいました(なお、日本の大学では「コーディネーター」と呼ばれるスタッフが、これらの役割を一括して担うのが一般的です)。
また、日本における学生相談室にあたる部署においては、一般的なカウンセリングを行う「カウンセラー」以外に、「ウェルビーイングアドバイザー(心理的な問題に対して、カウンセリングではなくアドバイスを提供する)」や「メンタルヘルスアドバイザー(学生の状態に応じて医療機関等につなぐ)」、性暴力や依存症にフォーカスしたサポートをするスタッフや、留学生や博士課程の学生を対象にしたグループセラピーを担当するスタッフなど、こちらも役割ごとに多様なスタッフが配置されていました。学生の困りごとの内容や程度に応じられるように、また、必要があれば外部の医療機関や地域リソースにつなげるように、スタッフの役割が細分化されているのです。
つまり、視点を変えると、学生一人ひとりが、それぞれのニーズに合った相談先を選ぶことができるように学生支援体制が整備されていると言えます。これはメンタルヘルスの概念を構成する「ストレスに対処できること」に当たると同時に、ウェルビーイングの概念に含まれている「社会とつながっている感覚」や「自分の意志で選択できる感覚」にもつながっています。このことから、部署名や役職名に「ウェルビーイング」を冠している大学もありました。
一方で、一つの部署だけでこれだけ役割が細分化されていると、スタッフ間の情報共有や連携が難しくなることは想像に難くありません。学生数が多い分、具体的な対応においては、ある程度割り切ってシステマティックに行われているのだろうか−そんな私の想像は、心地よく裏切られました。
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◆引用(WEBサイト)
厚生労働省 雇用政策研究会報告書(2019)
https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/001389999.pdf
国際看護協会 ICN所信声明(2020)
https://www.nurse.or.jp/nursing/international/icn/document/policy/pdf/health-22.pdf
パーソル総合研究所 はたらく人のウェルビーイング実態調査2025
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/worker-well-being/
ライター:吉田 朝香
京都大学 DRC(学生総合支援機構 障害学生支援部門)
コーディネーター / 臨床心理士・公認心理師