クラフトリリース
2026.4.20

あらためて出会う、唐津(1)~フードスタイリストマロンと巡る旅・唐津~

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KURAFTレシピでお馴染みのフードスタイリスト、マロンは、長崎に生まれ、唐津で育ち、日本ではじめて「フードスタイリスト」という仕事をつくった人でもある。その時のお題や場に合わせて、その時にある食材で自在に料理をつくっていく。料理を「つくる」だけでなく、「魅せる」という視点を切り拓いてきたマロンにとって、唐津はただの故郷ではない。多感な時期を過ごした、まさにマロンの感性の原点ともいえる場所だ。

マロンと会話をしていると、唐津の話題がよくでてくる。力強い土から生まれる唐津焼の器、日本酒、海や山の豊富な食材――。九州や佐賀のことを多く語られることはあっても、なかなか唐津の魅力に触れるチャンスがない。
「ならば、一度はちゃんと案内をしたい。KURAFTらしい感性を持って唐津の新旧を体験してほしい」というマロンの言葉に誘われて、今回の取材の旅が実現した。

福岡空港から筑肥線で唐津へ

佐賀県唐津市を訪ねるには、飛行機で福岡に降り立つのが早い。福岡空港から地下鉄に乗り、そのまま単線の肥後線に乗り入れている。連絡がよければ、乗り換えなしでそのまま唐津まで1本でいける。

筑肥線鹿屋駅から越前前原駅までの車窓風景の写真

地下鉄から肥後線に変わり、姪浜(めいのはま)を過ぎたあたりから景色がぐっと変わり、今宿から筑前前原(ちくぜんまえばる)あたりは、トンネルを潜るたびに、異なる海の景色がひろがっていく。単線の線路を進む電車は、ゴトンゴトンとただ一定の速度で景色をつないでいく。

海、集落、山の気配。私たちが旅をした3月末には、やや肌寒いものの、景色の中には、黄色い菜の花や、蕾が揺れる桜や杏の木が春の気配を十分感じさせてくれた。1時間半ほど電車にゆられると、終点唐津に到着する。ひと気の少ない唐津の駅におりたつと、潮の香りと山の香りが混ざった少し湿った風が肌を撫でる。

マロンは、名護屋(なごや)出身。唐津からは、北西に15キロ離れたところで、高校時代の3年間は、名護屋から唐津の高校まで毎日バスで通っていた。子どもの頃から料理が好きで祖母がいる台所を離れず、料理の手ほどきは、祖母からだったという。
「当時は男が厨房に入るなんてまずなかった。けれど、私は、小さい時から祖母の料理や動きのひとつひとつを見ているのが楽しくて仕方なかったの。お菓子を作って、学校に持っていったこともあったけれど、男子がそんなことをする事はまずないので、相当ヘンな子だったと思う」とマロン。

今回の旅は、その原風景を辿る時間でもあった。

佐賀新聞で取材を受ける

佐賀新聞社の方に取材を受けるマロンの写真

まず向かったのは、日頃からお世話になっている佐賀新聞社の唐津支社へ。マロンが久しぶりに帰省すると知り、取材をしてもらうことになった。

かつては、唐津の観光大使を務めていたこともあり、料理イベントやトークショー、地元の新聞やテレビには随分とお世話になった。そのひとつが佐賀新聞で、思いがけないマロンの帰省を喜んでくれた。土地に根ざしたメディアの存在は、その街の温度を映す鏡のようでもある。古くから根付いている唐津のくんち文化や、時代の進化と共にできた、若い人たちの動きなども話題になり、まだ見ぬ新しい取り組みや出会いに旅の楽しみを重ねてみる。

唐津神社で旅の無事を祈願

唐津神社の鳥居の画像
唐津神社の本殿前で手を合わせるマロンの写真

唐津神社に足を運ぶ。この神社の創建は古く、奈良時代初期、神亀年間(8世紀)に遡ると伝えられている。唐津の歴史とともにあり、秋に行われる「唐津くんち」の中心となる守り神としても知られる存在だ。

鳥居をくぐると、凛とした空気に変わり、周りの木々と調和している風が不思議と心を整えてくれる。ここには、海の守り神である住吉三神をはじめ、この土地にゆかりのある神々が重ねて祀られている。鳥居を見上げると、その上にいくつもの小さな石が置かれている。願いを託すように、人々が積み上げてきたものだという。この旅の無事と、出会いに祈願をし、この場所を後にする。

太閤で酒好きの唐津っ子の歴史に触れる

地酒販売処「太閤」の看板の画像
地酒販売処「太閤」の扉を開けるマロンの写真

続いて訪れたのは「太閤(たいこう)」。唐津を代表する地酒であり、マロンの人生の中でも欠かせない存在だという。

豊臣秀吉が名護屋城を築いた歴史に由来し、「太閤」の名を冠したこの酒は、300年近くこの土地で愛されてきた。唐津の米と水を使い、派手さではなく、日々の食とともにあることを前提に造られてきた酒だ。穏やかな香りと、やわらかくふくらむ旨みは、飲み進めるほどに、料理と自然に溶け合っていくのだという。地元では、日常の食卓や祝いの席に、当たり前のように寄り添っている。

店内に一歩足を踏み入れると、変わらず丁寧に営まれてきた気配が、そのまま残っている。もともと角打ちとして使われていたというカウンターには、長年人の手に触れてきた温もりがある。古い灯篭や梁は、確かな存在感で空間を支えている。使い込まれた什器や、並べられた酒瓶、酒器のひとつひとつに、かつて酒を愛してやまなかった人たちの記憶が宿っているように見える。

かつて角打ちとして使われていた木のカウンターの画像
地酒販売処「太閤」の店主が試飲用の酒を注ぐ様子の画像

「こういう場所で飲む酒が、一番うまいのよね。ここは絶対に見てほしかったの」と話すマロン。この店での角打ちの形は今は残っていないが、酒屋の店先で立ち飲みをする文化は、港町の唐津の風土の中で自然に根付いてきたものだ。

かつてマロンは、「マロン角打ち」(講談社)という本を出版し、唐津の魅力と共に、つまみ65種類のレシピを紹介している。

試飲させてもらった酒を一口含むと、不思議と、作りたい料理が次々と浮かんでくる。
そのなかには、唐津でしか出会えない味もある。この旅で出会う「味わい深いもの」への期待が、一層ひろがっていく。

店頭に並ぶ「ぎょろっけ」の画像
ふじ川蒲鉾本店の店先の画像

商店街を歩きながら、「これは絶対に食べて!」とマロン。目に留まった店先に、揚げたての「ぎょろっけ」なるものが売られていた。魚のすり身に玉ねぎを混ぜ、衣をつけて揚げた、コロッケのような唐津のローカルフード。包まれたそれを手に取り、まだ温かいうちにひと口。外はさくっと軽く、中はふんわりとやさしい甘みが広がる。

マロンにとっては、懐かしい味の象徴。

新旧が共にある町の表情像

KARAE施設内のフリースペースの画像

唐津駅を中心に、商店街や市役所、公共施設が徒歩圏内に収まるこの町は、秋祭りのくんちの賑やかさの気配はなく、人の暮らしのサイズに寄り添った商いが静かに軒を連ねている。歩くことで、街の輪郭が少しずつ見えてくるような距離感なのがいい。

その道すがらに、近年整備された新しい複合施設 「KARAE(カラエ)」 は、カフェ、土産店、シェアオフィス、映画館などが入る開かれた空間で、これまでの唐津の風景に、重なるように新しい流れをつくりはじめている。

「くんちだけじゃない、古いだけじゃない、唐津の新しさに出会うとワクワクする」とマロン。この施設がこれから、どんな風に根付いていくのかが楽しみだ。

唐津駅前に広がる商店街を抜け、旧唐津銀行へと足を運ぶ。東京の駅舎を設計したことでも知られる、辰野金吾設計によるこの建物は、明治時代に建てられたもの。現在は一般公開されている歴史的建築だ。赤レンガと白い石のコントラストが美しい。中に入ると、高い天井と品格のゆとりの空間に驚かされる。大きく取られた窓からは、やわらかな自然光が差し込み、明るく穏やかな印象。この町の文化の層があることを静かに伝えている。

旧唐津銀行の外観の画像

唐津くんちの情熱に触れる

唐津くんち曳山(ひきやま)展示場へ。唐津を語る上で、唐津くんちを知らずして語ることなどできない、最も重要な資料館でもある。

館内に足を踏み入れると、目の前に現れるのは、圧倒的な存在感を放つ曳山の数々。漆や金箔で装飾されたダイナミックないでたちは、単なる祭りの道具を超え、工芸としての美しさを感じさせる。

曳山展示場内に曳山が並ぶ様子の画像

唐津くんちは、400年以上続く、唐津の人々にとって、特別な祭りであると同時に、生活の延長線上にあるものでもある。毎年11月の3日間の開催に向けて、6月頃から準備が始まるという。

赤獅子や鯛、武将の兜など、それぞれに異なる意匠を持つ曳山は、町ごとの誇りそのもの。各町がそれぞれの曳山を持ち、町ごとにチームとして動く。中心となるのは「若衆(わかしゅう)」と呼ばれる担い手たちで、世代を越えて受け継がれていく役割と責任が、この祭りを支えている。

秋が近づくと、町のあちこちで、くんちの練習の声が聞こえてくる。人が集まり、掛け声を合わせ、少しずつ呼吸を整えていく。その積み重ねが、本番の大きな祭りへとつながっていく。祭りと日常が、地続きであることが、この土地のエネルギーを支えているのかもしれない。

長い時間をかけて積み重ねてきた準備と練習の集大成が、3日間の祭りに凝縮される。唐津っ子の情熱が、一気に解き放たれる瞬間だ。

3日目の終わりに近づくにつれ、お囃子は次第に高まり、やがて最高潮へと達する。

終わってしまう祭りへの名残と、やりきった充足感。その複雑な感情は、汗と涙とともに感が極まっていく。

館内で流れる映像には、その瞬間が切り取られ編集されている。言葉にしきれない熱と余韻が、画面越しにも伝わってくる。

いつかこの場所で、この祭りを体感してみたい――そんな気持ちが、自然と湧き上がってくる。

唐津の記憶をたどる旅は、まだ終わらない。明日は、マロンのもうひとつの思い出の地、呼子へ。小さな港町にある新旧に触れる旅。マロンのより多感な記憶に触れることになる。

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もっと知りたいあなたへ

唐津観光協会
https://www.karatsu-kankou.jp/
フードスタイリスト マロン オフィシャルサイト
https://www.marons.net/

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