クラフトリリース
2026.10.13

海苔の価格上昇に見る海の変化。海藻文化を育んだ日本の海と食の未来

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和食の食卓を見渡すと、味噌汁の具材であるワカメ、おにぎりを包む香ばしい海苔、うま味豊かな出汁をとる昆布など、実に多種多様な海藻が日常的に親しまれています。世界的に見ると、海藻を日常的な食材として利用する文化は東アジアを中心に発達しており、なかでも日本人は歴史的に海藻を好み、独自の食文化として成熟させてきました。しかし現在、その「当たり前」の食卓が静かな変容を迫られています。近年の海苔をはじめとする海藻類の価格上昇や、各地で報告される海洋環境の変化は、一体何を物語っているのでしょうか。

日本人と海藻をつなぐ「歴史」と「腸内細菌」の不思議

日本人がいつから海藻を食べるようになったのか。その歴史をさかのぼると縄文時代の遺跡から、海藻を利用していたことをうかがわせる痕跡が見つかっており、非常に長い食文化の歴史があることが分かります。「大宝律令」(701年)においては、海藻類が地方から朝廷に納める「調」の対象に含まれ、「紫菜(ノリ)」などの名称も見られます。海藻を食文化として利用してきた地域は世界各地にありますが、日本では古くから多様な海藻が食用として利用され、独自の食文化が育まれてきました。

こうした食文化を科学的に考えるうえで興味深い研究があります。フランスの海洋生物学研究機関「Station Biologique de Roscoff」などの研究チームが2010年に発表した論文では、日本人由来の腸内細菌に、海苔に含まれる多糖類「ポルフィラン」の分解に関わる酵素遺伝子が存在することが報告されています。この遺伝子は海洋性細菌に由来すると考えられており、海藻を食べる食文化との関連が示唆されています。この研究は、食文化が腸内細菌の構成や機能とどのように関係するのかを考えるうえでも、興味深い事例といえるでしょう。

また、「海藻を食べると髪の毛が黒く艶やかになる」という言い伝えを、聞いたことがある方も多くおられるでしょう。これは、海藻に含まれるミネラルや食物繊維などの栄養価が、髪の健康を連想させたとも考えられますが、言い伝えが生まれた正確な理由は明らかではありません。
海藻には食物繊維やミネラルなどさまざまな栄養素が含まれていますが、「海藻を食べれば髪が黒くなる、増える」といった直接的な効果が確認されているわけではありません。髪の健康には、特定の食品だけでなく、たんぱく質やビタミン、ミネラルなどを含むバランスのよい食事が重要です。

加工技術の進化がもたらした「海藻の価値向上」と地域文化

焼き板海苔をざるに盛った画像

単に生で採集して食べるだけでなく、保存性を高め、うま味を引き出す「加工技術」の発達は、日本の海藻文化の発展を支える重要な要素となりました。生ものである海藻は収穫後の劣化が極めて早い食材ですが、これを長期間保存可能にしたのが乾物加工の知恵です。

例えば、昆布の乾燥や熟成、ひじきの煮熟・乾燥などの加工技術は、保存性を高めるだけでなく、それぞれの素材の風味や食感をいかし、料理に利用しやすくしました。こうして保存性を高められた海藻は、遠隔地への流通も可能になりました。北前船によって北海道の昆布が日本海側の各地を経て大阪へ運ばれるようになると、大阪は昆布流通の一大拠点となりました。さらに昆布は琉球を経由した交易などを通じて広域に流通し、日本各地の食文化に影響を与えていきました。
さらに、板海苔の製造技術の確立も大きな転換点でした。江戸時代中期には、浅草周辺で紙漉きの技術を応用した板海苔の製法が広まり、「浅草海苔」と呼ばれる海苔が知られるようになりました。四角く均一な板海苔が広く流通するようになったことで、巻き寿司など海苔を使った食文化も発展し、現在の日本の食卓へとつながっていきました。

また、加工の知恵は保存目的だけにとどまりません。オゴノリやトサカノリなどは、刺身の「つま」としても親しまれてきた海藻です。加工によって独特の食感や色合いがいかされ、さまざまな料理に利用されています。海藻から抽出される多糖類を利用した「寒天」の発明も含め、水産資源を多様な食品形態へと変換させる技術力は、日本各地の風土と知恵が生み出した高度な食文化の結実といえます。

「磯焼け」と海水温上昇が変える沿岸の生態系

ガンガゼにより磯焼けが起きている海底の画像

しかし、長く続いてきたこの豊かな海藻文化は、現在かつてない構造的な危機に直面しています。その象徴的な現象が、沿岸部で海藻が減少し、藻場が衰退する「磯焼け」です。磯焼けの原因は地域によって異なりますが、海水温の上昇や植食性生物による食害、海況の変化など、複数の要因が関係しています。
気象庁によると、日本近海の年平均海面水温は2025年までのデータで、100年あたり約1.36℃の割合で上昇しています。これは世界平均の約0.63度と比べて、2倍を超える上昇率です。この海水温の上昇は、海藻の生育環境にも影響を及ぼします。例えば、昆布やアラメ、カジメなどの大型褐藻類では、高水温によって生育が阻害されたり、枯死・衰退につながったりするケースがあります。また、海水温が高く推移すると、ウニやアイゴ、ブダイなどの植食性生物の活動が活発になり、海藻への食害が強まる場合もあります。つまり、海水温の上昇は、海藻そのものへの直接的な影響だけでなく、植食性生物を介した間接的な影響によって、藻場の衰退を促す可能性があります。

藻場は単なる海藻の生産現場にとどまりません。魚類が産卵し、稚魚が隠れ家として育つ「海のゆりかご」であり、微生物から大型魚類に至るまでの複雑な生態系ピラミッドの底辺を支えるインフラです。したがって、磯焼けによる藻場の消失は、海藻の生産量だけでなく、魚類などの産卵・生育環境にも影響し、沿岸の生物多様性や漁業資源にも影響を及ぼす可能性があります。

海苔の生産を左右する海の変化と食卓の構造変化

近年、スーパーの店頭やコンビニエンスストアのおにぎりなどで実感する機会が増えた「海苔の価格上昇」。その背景には、生産量や品質に影響する海況の変化に加え、燃料費や資材費などの高騰もあり、複数の要因が重なっています。なかでも海水温の上昇や栄養塩環境の変化は、海苔の生育や品質に影響を及ぼす要因の1つとして指摘されています。
農林水産省の統計を見ると、海苔の生産量は長期的に減少傾向にあります。近年も海況や天候などによって、生産量や品質は変動しています。とりわけ、全国有数の産地である有明海や瀬戸内海などでは、海水温の上昇や栄養塩環境の変化が海苔の生育や品質に影響を及ぼすことが指摘されています。栄養塩が不足すると、海苔の色落ち(本来の黒色が薄くなり、赤褐色などになる現象)が生じ、品質や商品価値に影響することがあります。

生産量の減少や品質の低下は、入札価格や流通価格にも影響を及ぼします。こうした変化を受け、加工メーカーや販売店では価格改定が行われています。これまで「安価で手軽な日常食」として親しまれてきた海苔も、価格上昇によって、その価値や価格を意識する機会が増えています。

また、海苔だけでなく、昆布やワカメなどの海藻類についても、海洋環境の変化が生産や品質に影響を及ぼすことが指摘されています。こうした環境変化を背景に、安価な海外産への依存度が高まる一方で、日本の海で育まれた独特の風味や品質をどのように維持していくのかという根本的な問いが、私たちの食卓に突きつけられています。

豊かな海を取り戻す取り組みと、地域創生の新たな可能性

海で育つワカメの画像

変化する日本の海の環境を守り、豊かな海を未来へつないでいくためには、従来の「採るだけ」の漁業から脱却し、科学的アプローチに基づく包括的な海洋管理へと舵を切る必要があります。
その具体的な処方箋として現在、全国各地で推進されているのが「ブルーカーボン(海洋生態系によって取り込まれる炭素)」を活用した藻場再生プロジェクトです。高水温環境に適応できる海藻の選抜・育種技術の研究、陸上での環境制御型養殖技術の開発、一部地域では、増えすぎたウニを捕獲し、キャベツなどの未利用資源を餌として育てる「ウニ畜養」の取り組みも行われています。これらは単なる環境保護運動ではなく、衰退する沿岸地域の新たな産業や雇用につながる取り組みとしても期待されています。

縄文時代から長い年月をかけて培われてきた海藻文化と、それを育む豊かな海の生態系は、日本にとって大切な自然・文化資源といえます。この貴重な資源を環境変化によって失うのではなく、最新のテクノロジーと地域社会の情熱をもって再生させていくこと。そして、私たち一人ひとりが日常の買い物で海藻の産地や生産方法に目を向け、その背景にある海の課題を知ることも、豊かな海と食卓を未来へつなぐ一歩になるのではないでしょうか。

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もっと知りたいあなたへ

水産庁
https://www.jfa.maff.go.jp/j/gyoko_gyozyo/g_zyoho_bako/mobahozen_sozo_isoyaketaisaku.html
環境省 ブルーカーボン
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/blue-carbon-jp/top.html

本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。

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