あらためて出会う、唐津(5)~「使うための美しさ」唐津焼・隆太窯の器~
地方を旅していると、ときどき時間の流れがゆるやかになる場所に出会う。
佐賀県唐津市・呼子(よぶこ)での取材を終えた私たちが次に向かったのは、唐津の山中にある「隆太窯(りゅうたがま)」だった。
車で山あいへ入るにつれ、海の気配は少しずつ遠のき、代わりに木々の匂いが濃くなる。視界の色も、青から深い緑へと移ろっていく。
距離にして30分ほどだが、体感としてはもっと遠く、日常からどこかへ連れていかれるような感覚があった。
到着してまず思ったのは、「窯元」という言葉だけでは言い表せない場所だということ。敷地には建物が点在し、小川が流れ、小さな里のような佇まいがある。
ものづくりの場であると同時に、ここには確かに「暮らし」が息づいていた。
暮らしの延長にある窯
隆太窯は、陶芸家・中里隆(なかざと たかし)さんが開いた窯で、現在は太亀(たき)さん、健太(けんた)さんと三世代で作陶が続いている。中里家は唐津焼の名門として知られ、隆さんの父・十二代中里太郎右衛門は人間国宝にも認定された人物だ。
けれど、ここで出会う器は、いわゆる「古唐津」の印象にはとどまらない。実際に目にすると、その違いは説明を待たずに伝わってくる。
迎えてくださったのは、二代目の中里太亀さん。今回の訪問は、フードスタイリスト マロンとのつながりから実現した。以前、イベントで太亀さんの器に料理を盛り付けたことがきっかけだった。
今回の取材には、そのマロンも同行していた。
この場所に足を踏み入れるなり、ふとこんな言葉をこぼした。
「この場所には、優しいエネルギーを感じる」
その言葉どおり、初めて訪れたはずなのに、どこか落ち着く。人を迎えることも、器をつくることも、ここでは同じ流れの中にあるように感じられた。

器が語る、整いすぎない美しさ
最初に案内されたのは、作品を購入できる展示棟だった。
高床式のこじんまりとした日本家屋で、外付けの木階段を上がり、入口で靴を脱いで室内へ。
一歩足を踏み入れると、木のぬくもりに満ちた空間にやわらかな光が差し込んでいる。ステンドグラスの色彩がさりげなく添えられ、窓際には畳敷きの展示スペース。和と洋が、静かに溶け合っていた。

その畳の上に並ぶのは、親子三代による器たち。
同じ窯の作品であっても、それぞれに微妙な違いがある。形はぴたりと揃いすぎず、よく見ると小さなゆらぎが残っている。
だが、そのゆらぎは決して不均一によるものではなく、むしろ手に取ったときの馴染みやすさにつながっている。土の質感もそのままいかされていて、整えすぎていない。
作り込まれた美しさというより、使われる中で立ち上がってきたような形。そんな印象が残った。

「使うための器」という考え方
「唐津焼にこだわっているわけではないんです」
太亀さんは、穏やかにそう話す。
「作れるものは、なんでも作る」
自由にも聞こえる言葉だが、その奥にははっきりとした軸がある。
それは、「使うための器」であることだ。
中里家の皆さんは、食べることもお酒を楽しむことも好きだという。太亀さん自身も料理が好きで、「知り合いは陶芸家より料理人のほうが多い」と笑う。
器は飾るものではなく、食べる時間の中で使われるもの。
その前提が、この場所には自然に根付いている。

「美味しい料理を、きちんと美味しく食べてもらいたい」
その言葉どおり、器の形や重さ、口当たりにいたるまで、使うことを前提に考えられている。
話を聞きながら、マロンがふと口にした。
「料理と器って、切り離せないんですよね。一つの世界というか」
その一言が、この場所のあり方を静かに言い表しているように思えた。
手の中で整えられる「使い心地」
次に案内されたのは、ろくろ場だった。
建物のあいだを歩く途中、太亀さんが敷地の桜を指して「もう少しで満開です。来週は花見の予定です」と教えてくれる。器づくりもまた、季節の営みの中にあるのだと気づかされた。
ろくろ場には、壁一面の窓からやわらかな自然光が差し込んでいた。整然と並ぶ作陶スペースの一角で、健太さんがろくろに向かっている。
足でろくろを回しながら、静かに土と向き合う姿。無駄のない動きに、つい見入ってしまう。
やがて隣に太亀さんが腰を下ろし、同じように作業を始めた。静かな中にも、やわらかな空気が流れていた。

この日行われていたのは「削り」の工程。
持ちやすさや安定感を整えるための作業で、削りすぎれば軽くなりすぎ、残しすぎると重くなる。ほんのわずかな差が、手にしたときの感触を大きく左右するのだという。
健太さんは、ろくろの技法についても話してくれた。唐津焼は朝鮮半島から伝わった技術を背景に持ち、足でろくろを回す方法もその一つだという。
目の前にある手の動きが、そうした歴史の延長にあると思うと、時間の奥行きが感じられる。

床に落ちた土も無駄にはせず、再び使われる。
このとき使われていたのは、玄界灘に面した玄海町の土だった。海を隔てて朝鮮半島へと続く土地の土、と聞くと、器の背景にも広がりが生まれる。
土の性質によって焼き方も変わり、適した温度でなければ形が崩れることもある。
形をつくって終わりではなく、焼き上がるまで結果はわからない。
その不確かさも含めて、器づくりなのだと知った。
継がれていくもの
健太さんは、最初から焼き物の道を志していたわけではなかった。
むしろ「若い頃は絶対にやりたくなかった」と笑う。
けれど、実際に向き合ってみると、その面白さに引き込まれていった。
「やってみたら楽しかったんですよね」

同じように作っても、同じ仕上がりにはならない。だからこそ違いに気づき、次にどうするかを考える。その繰り返しが、この仕事の奥行きをつくっている。
手仕事に向き合いながらも、機械でつくられる器にも関心を持ち、工場見学に足を運ぶこともあるという。工程の制約の中で安定した品質を保つ技術にも、深い敬意を抱いていた。
その上で語られた、手仕事の魅力。
少しずつ違いを見極めながら調整できること。試行錯誤の過程が、手の中で確かに感じられること。
時間も手間もかかるが、それでも続いてほしいと思える仕事。
その言葉には、静かな確信がにじんでいた。
器は、使われて完成する
「理想の器とは何か」
その問いに対する太亀さんの答えは、とても具体的だった。
料理が美味しく見えること。口当たりがよいこと。醤油差しなら、液だれしないこと。
どれも、実際に使う場面を思い浮かべれば、自然と腑に落ちるものばかりだ。
「使う道具なので、使いやすいことが大事。それでいて、美しいもの」
器は、つくり終えた時点で完結するものではない。
使われてこそ、その良さが立ち上がる。

健太さんは以前、東京の友人から還暦祝いの湯呑を頼まれたことがあるという。
まだ独り立ちする前のことだった。
当時は、自分のつくる器にそこまでの価値があるとは思っていなかったそうだ。
それでも依頼を受け、その思いに応えたくて、いつも以上に手をかけて仕上げた。
その器が実際に使われ、喜ばれた経験は、今も強く残っているという。
話を聞きながら、「使われて完成する」という言葉の意味が、少しずつ具体的な輪郭を帯びてくるのを感じた。
展示の場では、こんなこともあるという。
じっくり悩んで器を選び、一度帰宅したお客様が、夕方になって戻ってくる。
「使ってみたら、とてもよかったので、あと5客ください」
その一言が、ここで生まれる器のあり方を、何よりも端的に物語っているように思えた。
「ばらばら」であることの豊かさ
太亀さんは、日本の器文化についても話してくれた。
ヨーロッパや中国では同じデザインで揃えることが多いが、日本では異なる器を組み合わせる楽しみがあるという。
丸い器だけでなく、四角や花びらのような形。
揃っていないのに、なぜかしっくりくる。
展示棟で見た光景が、そのまま食卓へと続いていくように感じられた。
静かな場所で、ふと思うこと

取材を終え、車に乗り込む頃。
最初に感じていた印象が、少しずつ言葉として輪郭を持ちはじめていた。
ここは、ただ器をつくる場所ではない。
暮らしの延長に、器が生まれている場所なのだと思う。
次に器を手に取るとき、重さや口当たりの奥に、ここで流れていた時間をふと思い出すかもしれない。
あの山の空気や、土に触れていた手の動きまで。
隆太窯で過ごした時間は、そんな感覚を、静かに残していくものだった。
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。