誰もが関われる農業~ホンダ太陽とENOWA FARMが描く、新しい挑戦~
「やろう、ホンダもこういう仕事をしなきゃだめなんだ!」
イベント冒頭、ホンダ太陽株式会社の代表である山口潤(やまぐちじゅん)氏が紹介したのは、本田技研工業株式会社創業者・本田宗一郎の言葉だった。その一言は、単なる事業説明以上に、このプロジェクトの本質を表していたように思えた。
今回取材で訪れたのは、大分県・由布市にある「ENOWA FARM(エノワファーム)」。ここで始まろうとしているのは、障がいのある人が力を発揮できる職場づくりやものづくりの知見を、農業分野へ応用していく挑戦だ。
障がいの有無や年齢、経験を問わず、多様な人が関われる農業とは何か。ホンダ太陽とENOWA FARMは、その可能性を実証という形で探ろうとしている。
障がい者雇用の先駆けとして歩んできたホンダ太陽

ホンダ太陽は、本田技研工業創業者の本田宗一郎と、太陽の家創設者である中村裕博士によって1981年に設立された会社だ。
「世の中に必要とされる存在でありたい」。そんな想いのもと生まれた同社は、日本における障がい者雇用の先駆的存在として知られている。オムロンやソニーなどに並び、早い時代から障がいのある人が働くことを当たり前としてきた企業のひとつだ。
現在、従業員は約400名。そのうち6割ほどが障がいをもつ社員だという。
ただの支援という言葉だけでは語れない空気が現場にはある。そこにあるのは、「できることを切り分ける」のではなく、「どうすれば力を発揮できるか」を考え続けてきた積み重ねだ。
その知見が、今、新たに農業分野へ向かおうとしている。
構想の原点と農業への可能性

「さかのぼること50年前に問題意識が芽生えていたんです」
そう語るのは、2026年3月までホンダ太陽の代表取締役を務めた鎌田雅仁(かまだまさひと)氏だ。
三重県出身で実家はお茶農家という鎌田氏は、幼い頃から農業を身近に見て育つなかで「農業はもっと楽にならないのか」という思いがずっと根っこにあったという。
2020年のコロナ禍にホンダ太陽の代表取締役に赴任し、大分へ来たとき、どこかふるさとに似た風景を感じた一方で、目についたのは増え続ける休耕地だった。
自給率や高齢化の問題を抱える日本に問題意識を改めて感じ、「優しい農業で、自給率を上げたい」との想いを抱いた。しかし、当時のホンダ太陽には、農業のノウハウもなければ、収益性という壁もあり、理想だけでは前に進めなかった。
大分でつながる縁の輪

大きな転機となったのが2022年の出会いだった。元ラグビー日本代表キャプテンの廣瀬俊朗(ひろせとしあき)氏はラグビーを通して大分にゆかりがあり、ホンダ太陽を過去に訪れていた。
廣瀬氏はもともとつながりのあったENOWA YUFUIN(エノワユフイン)ファウンダーの平川順基(ひらかわじゅんき)氏から、「農業を通じて、障がいのある方とも一緒に仕事ができないか」と相談を受けた際、「これはきた!」と思い、すぐにホンダ太陽を紹介し、工場見学に出向いた。
「いっしょにやりましょう!農業で多様な人が働き、多くの人が見てくれる循環型のツーリズムをつくっていきましょう」と声をかけた平川氏に対し、鎌田氏も「一緒にならできる、お互いにそう思った」という取り組みが今日につながっている。
農業を、育てるだけで終わらせない場所

このプロジェクトの実証の場が、なぜENOWA FARMだったのか。その理由は、単に栽培技術を検証する場所だったからではない。
ENOWA FARMには、育てるだけで終わらない循環がある。畑で育った作物は、レストランへ届き、食体験となり、宿泊を通じて訪れた人へとつながっていく。そして、その背景にある「どう育てられたのか」というストーリーごと届けることができる場所でもある。
ただ収穫量や品質だけを検証するのであれば、作業効率や数値が中心になっていたかもしれない。しかしENOWA FARMには、その先がある。
農業を起点に、食、人、地域がゆるやかにつながり、雇用や教育、地域循環へと広がっていく可能性。
誰が育てたのか、どんな工夫があったのか——そうした背景まで含めて価値に変えていけるENOWA FARMが、ホンダ太陽が目指す「誰もが関われる農業」の実証拠点「Honda Sun × ENOWA FARM LAB」として進める大きな意味があるように思えた。
ユニバーサル治具を農業へ応用する

ホンダ太陽が長年培ってきたもののひとつに、ユニバーサル治具(じぐ)の考え方がある。
健常者も障がい者も、どちらかが特別なのではなく、「ひとりの人間として一緒に作業できる」環境を設計すること。その思想を、農業へ応用していく。
実際にENOWA FARMのハウス内では、車椅子でも作物の近くまで視線を持っていける高さ設計がなされていた。
さらに印象的だったのが、栽培棚の構造だ。ホンダ太陽の設計担当者によると、収穫量を優先した場合、上下2段構造になっていた栽培棚は、実際に検証していく中で、上段は車椅子では作業が難しいことがわかった。
そこで生まれたのが、可動式という発想だった。
農業の知見があったわけではない。だからこそ、既存の常識に縛られず、「どうすれば誰でも作業できるか」という視点から試行錯誤を重ねていくことができるのだ。

また、ハウス栽培であることも重要な意味を持つ。農業は天候に左右されやすいが、ハウス内であれば雨の日でも作業ができる。結果として安定したシフトが組め、採算性にもつながっていく。
持続可能性まで見据えている点に、このプロジェクトの現実感がある。
ENOWA FARMが育てる、高付加価値作物
ENOWA FARMが掲げるコンセプトは、「日本のどこにもない、ここにしかない美味を育てる」だ。
この場所では、季節ごとの野菜やハーブを、どう育てれば感動を呼ぶ食材になるのかを追求している。
協力しているのは、京都石割農園の石割照久(いしわりてるひさ)氏。地元農家とも連携しながら、由布院だからこそ生まれる作物づくりに挑戦している。
育てる作物はイチゴをはじめとし、ライチ、ヘーゼルナッツ、ブラッドオレンジ、アテモヤ、果肉がピンクのリンゴ、バニラ——日本ではまだ珍しい高付加価値作物が並ぶ。
「食べる人だけでなく、作り手も笑顔になれたらよりいいものが作れる」
石割氏のその言葉が印象に残った。

イベントでは、イチゴの植苗セレモニーが行われた。登壇者たちは、苗植えの繊細さを教わりながら、丁寧に苗を植えていく。
未来の農業について語る場のなかには、実際に土に触れる時間があった。
「人が作業に合わせる」を逆転させる
鎌田氏への取材で、特に印象的だった言葉がある。
「これまでは、人が作業に合わせるのが農業だったと思うんです」
たしかに農業には、作物を収穫するときの高さ、姿勢、力加減など、「こうしなければならない」が多い。効率を求めるほど、人が作業へ適応することを求められてきた。
しかし、このプロジェクトが提案するのは、その逆だ。
「作業が人に寄り添う農業」
ホンダ太陽では、それを「作業工程を分解する」と表現していた。
全員がすべて同じ工程をするのではなく、Aさんにはこの作業、Bさんにはこの作業といった体力や特性に応じて工程を分解し、組み合わせていく。
効率だけを追えば、人が無理をしなければならないところを「少しでもできることを増やす」という発想で見れば、農業の形は変えられる。
現在の農業スタイルを否定するのではなく、「こういうやり方もあるよね」という提案をすることで、より多くの人が作業に楽に従事することができるのではないだろうか。
さらに鎌田氏は、農業を「正解のない世界」だとも語る。
気候、環境、個人の体調。農業は常に変化する。だからこそ、可視化が必要になる。
AIやセンシング技術、動画マニュアル、検知機器など、ホンダグループが持つ技術を活用しながら、変化を見える化し、人それぞれに合った作業へ調整していく。
障がいのある方の体調変化も含め、「今日はこの作業が合っている」という判断が自然にできる未来を思い描いているという。
LABからはじまる未来の構想

まずはこの「Honda Sun × ENOWA FARM LAB」で実証を重ね、その先には「Honda Sun Farm」の構想も描いているという。そして将来的には、その場所がホンダ本体の実証フィールドになっていく未来も見据えている。
「障がいのある人を、社会に支えられる側ではなく、社会を支える側へ。自ら収益を生み出し、納税者になっていくことは、いずれ国の力になると信じている。」
その言葉には、福祉でも慈善でもない、産業としての強い覚悟があった。
取材の最後、鎌田氏はホンダに伝わる「三現主義」という言葉を教えてくれた。
「現場」「現実」「現物」。現場へ行き、現実を知り、現物を見て学ぶ。
実際に、可動式の栽培棚も、車椅子での導線も、作業工程の考え方も、ハウスに足を踏み入れて、現地で見ることで初めて理解できることばかりだった。
誰が働くのかではなく、どうすれば誰もが働けるのか。
「人が作業に合わせる」のではなく、「作業が人に合わせる」。ホンダ太陽がENOWA FARMと始めた挑戦は、障がいのある人のためだけの仕組みではない。
年齢や経験、身体的な違いに関わらず、それぞれが力を発揮できる場をどうつくるか——その問いは、これからの働き方そのものにつながっているように思えた。
多様な人が関わりながら育てる、新しい農業がこの由布院から始まっていく。
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もっと知りたいあなたへ
ホンダ太陽株式会社
https://honda-sun.co.jp/
ENOWA FARM
https://enowa-yufuin.jp/enowa-farm