「スキルギャップ」という課題
現代の企業変革において、テクノロジーの導入そのものは、すでに前提となりつつある。その一方で、世界経済フォーラムが指摘するように、AIやデータ活用を含む専門スキルをめぐるスキルギャップは深刻であり、事業変革を阻む主要なリスクの一つとされている。
2025年7月にEY(アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッド)が公表した『EY Global Neuroinclusion at Work Study 2025』は、スキルギャップという課題を、ニューロダイバーシティをどう捉えるかという理念的な議論や、人材の属性や人数の問題としてだけでなく、職場における経験や環境とスキル熟達度との関係から検討している。
調査の設計
本調査は、22か国・8セクターのプロフェッショナル2,111人を対象に実施された。
回答者には、注意欠如・多動症(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)、限局性学習症(SLD)などの特性のある1,603人のニューロダイバージェント(以下、ND)と、508人のニューロティピカル(以下、NT)が含まれていた。
分析には、「今後需要が高まるスキル」に関する自己申告による熟達度と、ニューロインクルージョンの指標が用いられた。
ND人材が示す「今後重要性が高まるスキル」への高い熟達度
報告書では、ND人材はNTの同僚と比べて、仕事のなかでAIを利用している割合が55%高かった。加えて、ND人材は、AIやデータ分析、サイバーセキュリティといったテクノロジー関連のスキルだけでなく、リーダーシップや創造的思考、レジリエンス、知的好奇心、学び続ける力など、変革期に重要とされるスキルでも高い熟達度を示した。
この結果が示しているのは、「特定の診断名が特定の職務適性を決める」という見方ではない。従来しばしば見られた「自閉症=IT向き」といった単純化ではなく、ND人材の強みは多様であり、組織内の幅広い役割で発揮されうることが示されている。
さらに報告書は、職場で真に受け入れられていると感じているND人材ほど、今後重要性が高まるスキル群で高い熟達度を示すことも報告している。こうした結果は、変革を進める組織にとって、個人の特性だけでなく、職場環境のあり方そのものが重要であることを示唆している。
インクルージョンが成果差として現れる理由

―スキルの熟達は「個人」ではなく「環境」で分かれる―
ここで重要なのは、スキルの熟達度が、個人の資質そのものよりも、どのような職場環境で働いているかという条件と強く結びついている点である。
報告書では、職場で真に受け入れられていると感じているND人材は、今後重要性が高まるスキル群において、NTの同僚と比べて最大31%高い熟達度を示した。また、そうしたND人材は、真に受け入れられているとは感じていないND人材と比べても、同じスキル群で平均10%高い熟達度を示した。
ただし、ここで示されている差は、「能力そのものの優劣」を意味するものではない。示唆されているのは、同程度の潜在力をもつ人材であっても、職場環境の違いによって、その力がどこまで発揮され、蓄積されるかが大きく左右されるという点である。
一方で、職場で真に受け入れられていると感じているND人材は、全体の25%にとどまっている。多くのND人材は、周囲に合わせるための過剰な自己調整や「マスキング」に多くのエネルギーを費やし、本来の力や強みが十分に発揮されにくい状況に置かれている可能性がある。
報告書は、こうした状況を、組織の仕組みや環境によって潜在力が抑え込まれ、スキルが見えにくくなっている状態として示唆している。言い換えれば、インクルージョンの不足は、個人の中にある力が欠けていることではなく、組織の中に「抑制された才能」や、まだ十分に活かされていない潜在力が存在していることを意味している。
インクルージョンは何によって決まるのか
―インクルージョンを左右する4つの主要な要因―
では、「真に受け入れられている」と感じる要因は何であるのか。
1. ラインマネジャーの行動(42%)
最も大きな影響をもつのは、ラインマネジャーの日常的な行動である。役割や期待を明確に伝えること、個々の強みを認識して評価すること、定期的に質の高いフィードバックを行うこと、会議の頻度や形式に柔軟性をもたせることなどが含まれる。これらはいずれも特別な制度ではなく、日々のマネジメントのなかで積み重ねられる具体的な関わりである。
2. 心理的安全性(29%)
次に大きな要因として挙げられているのが、心理的安全性である。ここでいう心理的安全性は抽象的な理念ではなく、質問や助けを求められるか、自分の意見を述べても否定されないか、リスクを伴う行動が直ちに不利益につながらないかといった、職場での具体的な経験として捉えられている。
3. 職務に関する要因(17%)
三つ目の要因は、職務との適合に関わる点である。自分の関心や能力に合った役割に就いているか、仕事の進め方や裁量に柔軟性があるかといったことが、インクルージョンの実感に影響を与えている。制度や仕組みそのものよりも、それが現場でどのように機能しているかが重要だとされている。
4. 同僚の行動(12%)
四つ目の要因は、同僚の行動である。互いの強みを認め合うこと、役割を尊重すること、排他的な言動や小さな排除が生じていないことなど、日常的な関わり方が、インクルージョンの感覚を左右している。
報告書は、インクルージョンのあり方が個々の上司や職場の関係性に大きく左右される状況を、「ラインマネジャー・ロッタリー」と表現している。
インクルージョンが偶発的なものにとどまる限り、組織として安定的にスキルを引き出すことは難しい。だからこそ、ニューロインクルージョンを理念や啓発にとどめるのではなく、ラインマネジャーを支える仕組みや、役割の明確化、対話の改善、働き方の見直しなどを通じて、職場で具体的に実装していく必要がある。インクルージョンの質が、スキルの発揮や熟達に結びついていることが、本調査の重要な示唆である。
戦略としてのニューロインクルージョンへ
本調査の大きな意義は、インクルージョンを理念として語るだけでなく、ニューロダイバージェントがもつスキルと職場環境との関係を可視化した点にある。
スキルは、個人の内側に固定的に備わったものとして自動的に現れるのではなく、どのような環境に置かれるかとの関係のなかで発揮される。こうした結果が示しているのは、ニューロインクルージョンが単なる価値観の表明ではなく、組織が戦略的に検討し、実装していくべき職場環境上の課題であるという点である。
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もっと知りたいあなたへ
EY Global Neuroinclusion at Work Study 2025
https://www.ey.com/content/dam/ey-unified-site/ey-com/en-gl/services/consulting/documents/ey-global-neuroinclusion-at-work-study-07-2025.pdf