なぜ、長く働けているのか?<職場の環境と内面の成長>
ここまでで、いいことばかり書いていましたが、これらは、周囲の理解があってこそです。この文章を書いていて改めて気付いたのですが、僕は、職場で合理的配慮の申請をしたことがありません。もちろん、周囲に手帳雇用であることや障害種などの事情は伝えています。
しかし、だからと言って、腫れ物のように扱われたり、サポートの対象として扱われたこともありません。みんなと同じように上司も同僚も接してくれます。何か困ったことがあれば、普通に相談し、普通に調整してもらっています。そうして、大学卒業以来、もう10年近くこの仕事を続けています。僕自身、こんなにこの仕事を続けるとは思ってもいませんでした。
最初は、いても3年程度の一時的な職場だと思っていたのです。しかし、やってみると、楽しかった。これは第1に上司との信頼関係が大きいと思います。今思うと、上司は、僕よりも早く、僕の強みを見出してくれていました。色んな仕事を振って、僕の強みを見いだし、引き出してくれました。そして、僕も自身の得意不得意、本音を素直に伝えられる関係性があります。僕を理解して、いつも味方でいてくれています。この上司の存在は大きな安心感を生んでいます。
もう一つは、主導権をもって業務をできていることです。勤務5年目から、実質的に部署の事務運営の統括を任されるようになりました。最初は、プレッシャーを感じましたが、その立場が僕を成長させ、今までにない積極性を生みました。経験を重ねるにつれて、周囲から頼られ、認められていることを感じました。組織の中で、自分が必要な存在になっていることを感じたのです。自分の能力や凸凹が組織の中の歯車として機能している。それが嚙み合ったと感じる瞬間は、言葉にできない充足感がありました。それとともに責任感も芽生えました。
社会人になる前に恐れていた「責任」というものは、窮屈な重荷ではなく、自在に僕を動かす推進力なのだと気付いたのです。そして、それまで自分にとってほぼすべてと言えた芸術が、世界のすべてではない、と思うになりました。一見、きらびやかな世界ですが、苦悩も多く、知人の中にも命を絶った人がいました。
それに対して、僕は周囲から認めてもらえて、至って健康的に過ごせていました。それを考えたときに、好きなことや得意なことを仕事にしなくても、十分幸せなのだな、と実感しました。ありていに言えば、思春期に傷つき膨らんだ承認欲求が満たされたのでしょう。自分が願う形でなくても、承認が得られると、人間は案外、落ち着けるみたいです。
ただ、当然、すべてが順調だったわけではありません、対人不安が強いので、部署外の人と話すことに非常にストレスを感じました。電話をかけることも苦手でした。しどろもどろになったり、言葉が出なくなることもありました。今でも苦手ですし、話す前にはセリフも準備しています。
しかし、社会のマナーはAIに相談すれば教えてもらえますし、場数をこなすごとにパターンが見えてきました。それに、事務の人は、基本的にみなさん穏やかで、頭ごなしに怒鳴る人や否定する人はいませんでした。大学の先生も癖はありますが、みなさん基本的に論理的で理解が速い方がばかりです。それを体感していくことで徐々に不安感は和らぎ、つつがなく対人業務をこなせるようになっています。
大学は、公的機関に近い性質を持っているため、事務職員は期日や文書の体裁に厳密です。また、お金の扱いにも慎重さが求められます。ただ、ADHDである限り、ミスはどうしても付きまといます。1日に1回は必ずやらかすし、気づいてないものも含めれば数えきれないでしょう。
発達障害の有無にかかわらず、誰にでもミスはあります。ただ、僕の場合は、その頻度の多さに自分でも驚きます。それで、僕は、反省や対策はしても、極力、自分を責めないように心掛けています。過度に落ち込んでも、上司や同僚が指示をしづらくなりますし、何も改善しません。それは、自分にとって損です。それで、自分が許してもらっている分、人のミスも決して責めないように心掛けています。進んで人をフォローするようにしています。
世の中、ギブ・アンドテイクが全てではありませんが、基本的に職場はそれで成り立っているというのが僕の所感です。迷惑をかける分、役に立とう。その前向きさを得られたことが、勤労意欲の維持を助けているように思います。あとは、職場の物理的環境も地味に重要です。僕の場合、感覚過敏のため、物音や気温にストレスを感じます。それで、大人数の職場ではないことは助かりました。話し声もそれほどうるさくないし、エアコン等での気温の調整も自由が利きます。周囲の声が気になるときは、別室で作業させてもらっています。
それとワークライフバランスも大事です。週末は、思う存分、自分の時間に費やしています。知り合いから頼まれて編曲をしたり、楽器を弾いたり、詩を書いたりしています。また、海岸線の町に住んでいて、釣り場がたくさんあるので、土曜は家族と釣りに行き、日曜に魚をさばき、それを近所の人や職場の人に配っています。ラーメンが好きなので、友達と遠出して食べにいくことも多いです。ちなみに仕事のメールは一切見ません。業務についても全く考えていません。思い切り楽しみます。僕にとって趣味は人生の最高のスパイスであり彩りです。
ただ、難しいこともありました。その一つが、スマホゲームへの課金です。仕事をはじめて2年ほど、それが止まらなくなった時期がありました。それで、ある日、意を決して、ゲームを削除し、母に頼んでスマホにパスワードをかけ、アプリをインストールできないようにしました。それとSNSはメンタルに悪いので、インスタグラムとライン以外、すべて消しました。抵抗はありましたが、やってみればとても自由です。今でもアプリのインストールや課金は自由にできない設定にしています。己の自制心は信用していません。

自分の強みとは<自己理解は後から追いつく>
僕の強みは文章力です。まさか、そんなことを言える日が来るなんて思っていませんでした。結局あとから分かったことですが、僕の場合は、語彙力や表現力がないというよりは、自分の中のハードルが高いゆえに出力できない状態だったのです。
ASDから来るこだわりゆえに苦しんでいる人に対して「もっと自分に求めるハードルを下げていい」といったアドバイスをよく聞きますが、僕の意見は逆です。ハードルを越える実力を身に着けることが一番の解決策です。実際、言語に対する、僕のこだわりは強みでした。それはずっと僕にとって足かせでしたが、今は、それが僕を色んな場所へ連れて行ってくれる足になりました。
よく自己理解を育てるように、と世間では言われますが、定型発達の人に対して使われる自己理解と発達障害に対して使われる自己理解は少し文脈が違うように思います。定型発達の場合は、自分は何が得意で苦手か、どんな価値観をもってどんな人生を送りたいか、という自己実現や選択のための「内省」の意味が中心です。一方、発達障害における自己理解と言うのは、自分にはどんな特性があるのか、なぜうまくいかないのか、どんな環境調整が必要なのかといった、社会への適応のための対処と言う意味合いが強いと思います。
ある意味、オトナが言う、「自己理解を育ててほしい」という言葉は、どんなサポートをすればいいのか教えてくれ、という意味ともとれます。解決すべき努力が求められているのは当事者側である、という考えがどこかにあるのかもしれません。それが発達障害者に対して使われる自己理解という言葉の一つの正体だと僕は感じています。
発達障害とは、その名の通り、成長が人より遅いという意味だと僕は考えています。率直に言って、そういう人たちに自己理解を求める社会には違和感があります。まして、学生時代にそんな分析ができると思えません。僕も自分のことがわかりませんでした。けれど、周囲の理解や環境、何より経験によってそれは育ちましたし、業務もこなせました。発達障害だからといって何かができないというわけじゃない。人よりゆっくりなだけだと僕は捉えています。
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