新潟県・長岡の郷土の香り「醤油おこわ」探訪記~茶色い赤飯の魅力に迫る

「醤油おこわ」という郷土料理をご存じでしょうか?
初めてその名を聞いたのは、当メディア〈KURAFT〉の記事をご覧になった取引先の方が、「ぜひ、私の地元・新潟の『醤油おこわ』も取り上げてほしい」と話してくださったのがきっかけでした。聞き慣れないその名前。調べてみると、これは新潟県長岡市周辺で親しまれている、醤油で味付けをしたおこわで、地元では「赤飯」として食べられているのだとか。
その話を一緒に聞いていた新潟県十日町市出身のスタッフが、後日、帰省土産として持ち帰ってくれたのが「醤油赤飯」。越後湯沢駅で購入したそうで、パッケージには「新潟県長岡市周辺でのみ愛される『醤油赤飯』」と明記されています。
これはぜひ、実際に食べてみて紹介すべきだ——。そんな思いからの今回のレビュー、始まります。
「醤油おこわ」とは何か
醤油おこわとは、長岡市を中心に新潟県中越地方で古くから食べられてきた郷土料理です。最大の特徴はその名の通り、醤油で色と味をつけたおこわであること。そして、小豆やササゲの代わりに「金時豆」が使われている点も見逃せません。
「醤油赤飯」あるいは「長岡赤飯」とも呼ばれますが、興味深いのは、同じ県内でも長岡周辺以外では「赤飯」としては認識されておらず、「醤油おこわ」として扱われているということ。呼び名一つからも、長岡におけるこの料理の特別な存在感がうかがえます。
実際に食べてみた
包装はお土産仕様でしっかりしており、温め方の説明も丁寧に記載されています。表記通りに温めて、お茶碗に盛ってみると、まずふわりと立ちのぼるのは醤油の香ばしい香り。そして目に入るのは、しっかりと色づいた茶褐色のもち米と、ところどころに顔を出す金時豆。艶やかな見た目が、すでに食欲をそそります。

一口食べてみると、まず感じるのはやさしい甘み。醤油のうま味と相まって、どこか懐かしさを覚えるような、まろやかで奥行きのある味わいが口いっぱいに広がります。塩気は控えめで、出汁のような深みが感じられるのも特徴。モチ米の甘さが噛むほどに引き立ち、素朴ながらも飽きのこないおいしさです。
驚いたのは、冷めてもおいしさが損なわれないこと。むしろ味がなじみ、よりしっくりとまとまってくるようにも思えました。おにぎりやお弁当にもぴったりな一品といえるでしょう。
醤油おこわのレシピと家庭の味
基本の材料は、モチ米・金時豆・醤油・みりん・和風出汁など。もち米は一晩水に浸し、金時豆はやわらかく煮てから味付けに使います。一般的にはモチ米を蒸し器でじっくりと蒸し、調味料と金時豆を加えてさらに蒸すという、手間のかかる工程を経て仕上げられます。
家庭によっては、みりんの代わりに甘酒を使ったり、醤油の種類を変えたりと、細部にわたってこだわりがあるようです。甘さや香りのバランスにそれぞれの「家庭の味」があり、それもまた郷土料理の魅力だと感じました。
醤油おこわは「ハレ(非日常)とケ(日常)」をまたぐ料理
長岡において、この醤油赤飯は「ハレの日」の定番料理として知られています。入学や卒業、成人式、還暦などの人生の節目に欠かせない一品で、結婚式の引き出物に選ばれることもあります。
ところが面白いのは、こんなに格式ばったシーンで提供される料理であるにもかかわらず、日常の食卓にも自然と登場するという点です。スーパーの惣菜コーナーには一年を通して並び、お盆や年末年始、地域の行事があるときなどには特に多く販売されるそうです。
子どもの頃から慣れ親しんだ味であり、地元の人々にとってはソウルフードともいえる存在。日常と非日常をまたぎながら、世代を超えて食べ継がれているのです。
醤油味の赤飯は、なぜ長岡に生まれたのか
この独特な醤油赤飯がなぜ長岡に根付いたのか——。これにはいくつかの説があります。
一説には、長岡地域ではかつて小豆の栽培が少なかったため、代わりに醤油を使って色付けを行ったという話。しかし、新潟県全体で見れば小豆の生産地も存在していたため、これが唯一の理由とは考えにくいでしょう。

より有力なのは、長岡が「醸造のまち」として栄えてきた歴史的背景から唱えられる説です。特に注目すべきは、長岡市摂田屋(せったや)地区。この地域は江戸時代から続く醸造の中心地で、味噌・醤油・日本酒といった発酵食品の製造が盛んに行われてきました。
信濃川の水運を活用して原料や製品を輸送し、良質な雪解け水に恵まれた長岡の風土は、まさに発酵文化の繁栄には理想的な環境。こうした背景から、日々の食事に醤油を使うことがごく自然になり、お祝いごとの赤飯にもその延長で醤油が使われるようになったのではないかと考えられます。
発酵文化の中核地・摂田屋の力

では、なぜ長岡・摂田屋でこれほどまでに発酵食品が発展したのでしょうか?
まず、気候の影響が大きいとされています。新潟県は国内でも有数の豪雪地帯で、冬の寒さが厳しい地域。こうした環境は微生物の動きをゆっくりと保ち、時間をかけた発酵・熟成に適しています。
さらに、豊富な雪解け水は仕込み水として活用され、信濃川の舟運により原料の入手も比較的容易でした。摂田屋は物資や文化の流通の拠点であり、多様な技術や知恵が集まりやすい土地だったのです。
こうした自然環境・地理的要因、そして長年にわたる人々の工夫と努力が、長岡を「発酵のまち」へと育て上げました。そして、そこで生まれた「醤油おこわ」は、その結晶のような存在といえるでしょう。
郷土に根ざす、唯一無二の味わい
長岡の「醤油おこわ」は、決して珍しさだけが魅力の食べ物ではありません。
それは、長岡の自然、歴史、そして人々の営みの中から生まれた、かけがえのない郷土料理です。起源は諸説あるものの、少なくとも昭和初期から「赤飯」として家庭や地域の祝い事に寄り添ってきたことは確かです。
現在でも、長岡の人々の生活と密接に結びつき、日々の食卓を彩りながら、地域のアイデンティティを象徴する存在として愛され続けています。
このようなローカルフードの存在は、日本各地に残る食文化の奥深さと多様性を改めて実感させてくれます。地元の人にとっては幼い頃から慣れ親しんだ郷土愛を感じるものも、他地域からは新鮮なものに映ります。
現代の物流や保存技術の進化を通じて、こうした地域の味が広く知られるようになることは、郷土料理の新たな可能性を示すものといえるでしょう。
近いうちに新潟・長岡へ旅行に行き、地元のスーパーをいくつか巡って「醤油おこわ」を探してみようと思います。そして醸造文化の根付くまちに思いを馳せながら、改めて「醤油おこわ」を味わうことで、より深く長岡を感じたい、そんな風に思わせてくれる素敵な郷土料理でした。
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もっと知りたいあなたへ
農林水産省ホームページ(うちの郷土料理:新潟県しょうゆおこわ)
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/shouyu_okowa_niigata.html