「とちおとめ」VS「あまおう」~ブランドいちごが示す地方プライド~
スーパーのいちご売り場で、始まった戦争
スーパーの青果コーナーで、僕たちは気づかぬうちに「選択」を迫られている。パックに詰められた赤いいちごたち。「とちおとめ」と「あまおう」。どちらも甘くどちらも美しい。そして、どちらも東京のスーパーでたやすく買える。しかし2026年、この二大巨頭の戦いに、新たな勢力が侵攻してきた。
その名は「あまりん」。
埼玉県が満を持して投入した、糖度18〜20度という規格外の甘さを誇る刺客だ。大会では2023年から最高金賞を連続受賞。2026年もその座を譲らず、いちご界にその名を知らしめた。これは、ただの果物の話ではない。地方が生き残りをかけて磨き上げた「ブランド戦略」の物語であり、農家と研究者が何十年もかけて積み上げてきた「誇り」の結晶だ。
いちごに、派閥がある。いちごに、戦略がある。いちごに、プライドがある。
この記事では、「とちおとめ」「あまおう」という2大ブランドに加え、2026年に旋風を巻き起こす「あまりん」を軸に、日本のいちご業界を支配するブランド戦争の全貌を解き明かす。

「とちおとめ」の栄光。58年間君臨し続ける、いちご王国の誇り
栃木県、苺生産量58年連続日本一の重み
栃木県のいちご生産量は、1968年(昭和43年)から2025年まで、58年連続で日本一を維持している。
この数字は偶然ではない。計画された「勝利」だ。
- 2023年の生産量:24,600トン(全国シェア約15.2%)
- 作付面積:533ha(19年連続日本一)
- 産出額:257億円(24年連続日本一)
栃木県は、日本で唯一の「いちご専門研究機関」である栃木県いちご研究所を2008年に設立。品種開発から栽培技術まで、すべてを一元管理する体制を構築した。そして1996年、満を持して投入されたのが「とちおとめ」である。
「とちおとめ」のスペック。バランスの美学
「とちおとめ」は、「女峰(にょほう)」×「栃の峰」の交配から生まれた。
- 糖度:9〜10度(バランス型)
- 酸味:適度に残し、甘さを引き立てる
- 果肉:しっかりしており、輸送に強い
- 色づき:鮮やかな赤、見た目の美しさ
「とちおとめ」の最大の特徴は、「完璧なバランス」にある。甘すぎず、酸っぱすぎず、柔らかすぎず、硬すぎず。ケーキに載せてもそのまま食べても、どちらでも映える。この「万能性」こそが、とちおとめを日本全国に広げた理由だ。
栃木の戦略「安定供給」と「品質管理」
栃木県の強みは、ブランドを「守る」戦略にある。
- 栽培マニュアルの徹底:農家への技術指導を一元化
- 安定供給体制:促成栽培技術で12月〜5月まで長期出荷
- 市場信頼の構築:品質のバラつきを最小化
「とちおとめ」は、派手さより信頼性を選んだ。そして、その選択は正しかった。現在は、「とちあいか」へのシフトも進められており、栃木の変容は油断できない。

「あまおう」の逆襲。福岡が仕掛けた、ブランド革命
福岡県、屈辱からの再起
福岡県もまた、いちごの名産地だった。1973年に開発された「とよのか」は、一世を風靡した。しかし、寒さに弱く病気にも弱い。そして何より、「とちおとめ」の登場でシェアを奪われた。
福岡県のいちご生産量は全国2位(2023年:16,000トン、シェア9.89%)。かつての栄光を取り戻すため、福岡県農業総合試験場は次の一手を練った。
「厳寒期にも赤く色づく、大きくて美味しいいちごを作る」2005年、ついに完成したのが「あまおう」である。「とちおとめ」が「バランス」なら、「あまおう」は「インパクト」だ。
福岡の戦略「栽培限定・販売全国」という革命
「あまおう」の最大の戦略は、「栽培を福岡県内に限定し、販売は全国展開すること」である。
これは、いちご業界では異例の決断だった。通常、優良品種は全国に広がり産地間競争が激化する。ところが、福岡県はあえて「栽培地を絞り込んだ」。栽培は福岡県内の認定農家のみ、しかし販売は東京・大阪など全国へ。この戦略により、以下の効果を実現した。
- 品質の均一化:県が直接栽培指導を行い、バラつきを防ぐ
- ブランド価値の維持:「福岡県産あまおう」という明確なアイデンティティ
- 価格安定:過剰供給を防ぎ、適正価格を維持
- 全国流通:東京のスーパーでも「福岡県産あまおう」として購入可能
この戦略により、「あまおう」は「福岡県産=プレミアム」というイメージを確立した。

「あまりん」の侵攻。2026年、埼玉が放った最終兵器
19年ぶりの新品種、その衝撃的な糖度。
2026年、いちご業界に激震が走った。
埼玉県が19年ぶりに開発したオリジナル品種「あまりん」が、大会で最高金賞を受賞したのだ。「あまりん」は2017年にデビューした品種だが、その真価が発揮されたのは2026年だった。
一般的ないちごの糖度が10度前後、「とちおとめ」が9〜10度、「あまおう」が11度以上。それに対し、「あまりん」は完熟メロンに匹敵する甘さの18〜20度を実現した。
埼玉の戦略。「高級イチゴ県」への野望
埼玉県は、「あまりん」を軸に「高級イチゴ県」への転換を図っている。
- 栽培限定:埼玉県内の生産者のみが栽培可能
- 食味向上運動:県下全域で糖度測定と品質管理を徹底
- 都心からのアクセス:最も熟した状態で出荷できる地の利
埼玉県は、福岡県の「あまおう」戦略を研究し、同じ「栽培限定・販売全国」モデルを採用。そして、糖度という絶対的な武器で市場に殴り込みをかけた。
ブランドいちごが教えてくれたこと、地方創生の3つの教訓
教訓1:「オリジナル品種」は、地方の武器になる
「とちおとめ」も「あまおう」も「あまりん」も、地方が独自に開発した品種である。これは単なる農業の話ではない。「地方が独自の価値を持つことで、中央に依存しない経済圏を作る」という、地方創生の本質を示している。
栃木県いちご研究所は、「とちおとめ」以降も「とちひめ」「スカイベリー」「とちあいか」と次々に新品種を開発。2024年産の「とちあいか」は出荷量の8割を占めるまでに成長した。
教訓2:「ブランド保護」は、農家を守る
「あまおう」と「あまりん」の栽培限定戦略は、一見、機会損失に見える。しかし、これにより県内の農家は安定した利益を確保できた。全国に広げて価格競争に巻き込まれるより、限定することで価値を守る。これは、知的財産戦略の勝利だ。
福岡県は、品種登録に加えて商標登録を行い、「あまおう」という名称そのものを保護している。埼玉県も同様の戦略を採用している。
教訓3:「継続的な研究開発」が、王座を守る
栃木県は、「とちおとめ」に満足せず、その後も新品種を開発し続けている。福岡県も、「あまおう」の次を見据え、研究を続けている。埼玉県は、「あまりん」に加えて「べにたま」「かおりん」と新品種を投入し、「高級イチゴ県」への道を歩んでいる。
現状維持は、衰退の始まり——地方が生き残るには、進化し続けるしかない。
他の挑戦者たち。いちご戦争は、まだ終わらない
いちごのブランド戦争は、栃木・福岡・埼玉だけではない。
- 紅ほっぺ(静岡県):酸味と甘みのバランス、ジャム向き
- スカイベリー(栃木県):超大粒、高級ギフト特化
- 淡雪(奈良県):白いちご、希少性でプレミアム化
- いちごさん(佐賀県):2018年デビュー、後発組の挑戦
- ならあかり・古都華(奈良県):2026年グランプリ金賞受賞
各県が独自のブランドを開発し、しのぎを削っている。
これは、日本の農業が「価格競争から価値競争へ」シフトしている証拠だ。
いちごに込められた、地方のプライド
スーパーでいちごを手に取るとき、僕たちは何を選んでいるのだろうか。
ただの果物ではない。ただの甘さではない。その地方が何十年もかけて磨き上げた誇りを、僕たちは手にしている。
「とちおとめ」には、58年間譲らなかった栃木県のプライドが詰まっている。
「あまおう」には、逆転を狙った福岡県の執念が込められている。
「あまりん」には、19年ぶりの新品種で逆襲を狙う埼玉県の野望が宿っている。
そして、どの品種のいちごも東京のスーパーで買うことができる(ただし、あまりんは一部の高付加価値店舗のみなど取り扱いが限られていることがある)。それは「栽培地を絞り込みながら、販売は全国へ」という、地方ブランドの新しい戦略が成功した証だ。
2026年、いちご戦争は新たな局面を迎えた。
「あまりん」の侵攻は、この戦いがまだ終わっていないことを示している。
いちごは、地方創生の最前線だ。
いちごは、ブランド戦略の教科書だ。
いちごは、日本の未来を映す鏡だ。
次にスーパーでいちごを選ぶとき、少しだけ立ち止まってほしい。その赤い粒の中に、どれだけの努力と戦略と誇りが詰まっているか。いちごは、ただ甘いだけではないのだ。
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。