2026.10.21
真面目に不真面目な地方論「地方の『やっといて』の曖昧な指示」
地方で「これ、やっといて」と言われたとき、何をどこまでやればいいのか、誰も教えてくれない。
「適当にやっといて」「いい感じにしといて」「去年と同じようにやっといて」
去年を知らない人に、去年と同じようにと言う。
この矛盾に、誰も気づいていない。
でも不思議なことに、みんな何となくできる。
「適当に」の基準が、暗黙知として共有されているからだ。
長年の積み重ねで、「このくらい」という感覚が、地域全体に染み込んでいる。
「やりすぎ」も、「やらなさすぎ」も、すぐにわかる。
「ちょっとやりすぎたね」「もうちょっとやった方が良かったね」事後評価は、的確だ。
新しく来た人は、この「適当に」が一番難しい。
基準がわからない。前例も見たことがない。
「どうすればいいですか?」と聞くと、「まあ、適当に」と返される。
結局、失敗して学ぶ。
「ああ、そうじゃなくて、こうね」と言われて、初めて基準がわかる。
都会ではマニュアル、地方では体感。言葉にできないノウハウが、そこら中に転がっている。
「やっといて」は、丸投げではなく、信頼の表現だ。
「あなたならわかるでしょ」という期待が込められている。
わからなくても、何となくやる。
そして何となく、それで回っている。
この曖昧さが、地方の柔軟性を生んでいる。