ひな人形は家の中にある小さな劇場~桃の花が連れてくる春の記憶~
赤い毛氈が敷かれる日 ― 家の中にだけ訪れる春
二月の終わり、まだ外は寒い日の午後だった。
母が押し入れから段ボール箱を引っ張り出している音が聞こえた。古新聞の匂いと、かすかに樟脳(しょうのう)の香りが混ざる。リビングのテーブルが端に寄せられソファも動かされる。そして居間の隅に、赤い毛氈が広がった。ひな祭りだ。
男の子である自分には直接関係のない行事だったが、毎年この時期になると家の空気が変わった。普段は家族がくつろぐ居間の一角が、突然別の空間に変わる。そこに段差のある台が置かれ、人形が並べられていく。姉はその作業を手伝いながら、嬉しそうにしていた。お内裏様とお雛様、三人官女、五人囃子。一つ一つの人形を丁寧に並べる母の手つきを、姉は真剣な顔で見ていた。自分はその様子を、少し離れた場所から眺めていた。
桃の花が飾られると、部屋の雰囲気が一気に華やぐ。外はまだ冬の気配が残っているのに、家の中にだけ春が立ち上がる。不思議な感覚だった。今思えばあれは劇場だった。家の中に突然現れる小さな舞台。そこで毎年同じ物語が上演される。男の子の自分は観客に過ぎなかったが、だからこそ見えたものがあったのかもしれない。
段差が語るもの、ひな壇という舞台装置

ひな壇には、段がある。
最上段には内裏雛。男雛と女雛が並んで座っている。きらびやかな衣装を纏い、穏やかな表情で前を見つめている。その下の段には三人官女、その下には五人囃子。左大臣と右大臣、仕丁(しちょう:雑役夫)たちも配置される。それぞれに役割があり位置が決まっている。
子どもの頃は、ただ綺麗だと思っていた。でも大人になって改めて見ると、そこには意味があることに気づく。段差は階層を表している。社会の構造であり、人生のステージでもある。
最上段の内裏雛は、理想化された夫婦像だ。調和があり、威厳があり、静かな幸福がある。それは家族が願う未来の姿でもある。姉が大人になったとき、こんな風に幸せになってほしい。そんな親の願いが、人形に込められている。
三人官女は女性の人生を象徴しているようにも見える。立っている者、座っている者、それぞれに役割がある。五人囃子は人生に彩りを与える存在だ。音楽があり、祝福があり、喜びがある。
地域によって、ひな飾りは違う。関東と関西では男雛と女雛の位置が逆だと聞いたことがある。家庭によっても、飾り方は様々だ。それぞれの家族が、それぞれの価値観で、幸せの形を表現している。
ひな壇は、家族が願う未来を可視化した舞台なのだ。
人形は語らない語り手。静かに見つめる存在

人形は毎年同じ場所に座る。
同じ表情で同じ姿勢で、前を見つめている。何も言わない。動きもしない。ただ、そこにいる。
でも、家族は変わっていく。姉は中学生になり、高校生になり、やがて大学生になった。ひな祭りに対する態度も変わった。幼い頃は人形を触りたがっていたが、思春期には照れくさそうにしていた。それでも母は毎年、変わらずひな壇を飾った。
父は亡くなり、母は白髪も増えた。姉は家を出て就職し、やがて結婚した。自分も家を出て、久しぶりに実家に帰ると居間のひな壇が目に入った。変わらない。人形たちは、何十年も前と同じ表情で座っている。
人形は動かないが家族は動く。その対比が、ひな祭りを特別なものにしている。
祖母から母へ受け継がれたひな人形だと後に知った。古い人形の顔には、時間が刻まれている。少し色褪せた衣装、わずかに欠けた装飾品。それでも毎年丁寧に飾られる。
今も実家では、母が毎年ひな壇を出しているという。姉は家庭を持っているが、それでも母は飾る。誰のためでもない。ただ、続けているのだ。
電話をすると、母は言った。今年も出したよ、と。その声には、何か安堵のような響きがあった。
桃の花と子どもの視線、春の予告編と成長の劇場
桃の花には、意味がある。
厄除け、再生、生命力。古くからそう言われてきた。ひな壇に桃の花を飾るのは、ただの装飾ではない。娘の健やかな成長を願う、親の祈りが込められている。
外の春より先に、桃の花は家の中で咲く。まだ寒い二月の終わり、三月の初め。ひな祭りは春の予告編のような行事だ。もうすぐ春が来る。そのことを家の中の小さな舞台が教えてくれる。
姉はひな壇を見上げていた。
幼かった頃の姉は、お内裏様とお雛様の顔を間近で見たくて、背伸びをしていた。母に抱っこされて、ようやく最上段の人形に触れることができた。弟である自分は、その様子を下から見上げていた。姉は嬉しそうで、それを見て自分も何となく嬉しかった。
その視線は、未来を見上げる視線でもあったのかもしれない。いつか自分も、あんな風に綺麗な着物を着て、幸せになれるだろうか。姉はそんなことを思っていたのかもしれない。やがて姉は大人になった。自分で働き、自分で生きている。ひな人形のような人生かどうかはわからない。でも、彼女は彼女なりの幸せを見つけたようだ。
ひな祭りは、成長の劇場でもある。
子どもは観客としてひな壇を見上げる。そして大人になり親になったとき、今度は自分がその舞台を作る側になる。友人の中には、娘のためにひな人形を買った者もいる。彼は言った。自分の家にもついに劇場ができたよ、と。男の子だった自分にはひな祭りは他人事だった。でも他人事だからこそ、客観的に見ることができた。傍観者として、家族の営みを静かに観察していた。そこには温かさがあった。
変わりゆく劇場、変わらぬ物語。時代と共に歩む春

ひな祭りは、毎年繰り返される。
同じ人形が、同じ場所に並ぶ。同じ赤い毛氈が敷かれ、同じ桃の花が飾られる。菱餅、雛あられ、白酒。毎年同じものが用意される。
でも、時代は変わった。今の若い家庭では、七段飾りのような大きなひな壇は少ない。住宅事情もあり、コンパクトなものが主流になった。親王飾りだけ、あるいはガラスケースに入った小さなひな人形。それでも飾られることに変わりはない。
SNSには、ひな祭りの写真が溢れる。手作りのちらし寿司、可愛らしい和菓子、娘の晴れ着姿。表現の仕方は変わった。でも、そこに込められた思いは同じだ。子どもの成長を祝い、幸せを願う。
価値観も変わりつつある。
内裏雛が象徴する理想の夫婦像も、昔とは違って見えるかもしれない。女の子だけの行事という枠も、少しずつ曖昧になっている。男の子のいる家庭でもひな祭りを楽しむ。それでいいのだと思う。
大切なのは形ではなく、その奥にあるものだ。
家族が集まり、春の訪れを感じ子どもの成長を喜ぶ。人形を飾り、桃の花を愛で、特別な食事を囲む。その営みが、家族をつなぐ。時代に合わせて形を変えながら、本質は残り続ける。文化とは、そういうものなのだろう。
固定されたものではなく、時代とともに呼吸するもの。変化を恐れず柔軟に姿を変える。だからこそ生き続ける。ひな祭りも同じだ。七段飾りでも、親王飾りでも、SNSに載せる写真でも、そこに家族の思いがあれば、それは劇場になる。人形は変わらない。それが大切なのだ。
世の中は変わり時代は流れ、家族も移ろう。飾り方も、祝い方も、価値観も変わる。でもひな人形だけは、何十年経っても同じ顔で座っている。その不変性が家族に安心感を与える。変わらないものがある。それは家族にとって大きな支えになる。

ふるさとを離れても、ひな祭りの記憶は残る。
赤い毛氈の色、桃の花の香り、人形の静かな表情。母が人形を並べる姿、姉が嬉しそうにしていた様子。それらは、心の中に刻まれている。今、自分は別の町に住んでいる。実家に帰ることも少なくなった。でも、三月になると思い出す。今年も母はひな壇を飾っているだろうか。姉は元気だろうか。家族は変わらず、あの劇場を開いているだろうか。
ひな祭りは、家族の物語を毎年上演する行事だ。人形は役者であり、家族は観客であり、時には演出家でもある。舞台は小さいが、そこには大きな意味がある。形は変わっても物語は続く。
今はもう飾られていない家もあるかもしれない。あるいは、昔とは違う形で続いているかもしれない。でも記憶の中には確かに残っている。赤い毛氈、桃の花、静かに座る人形たち。それは、家族の時間を刻んだ舞台だった。
春は、家の中の劇場が静かに幕を開ける季節だ。外の桜が咲く前に家の中で春が始まる。それは小さな春だが、確かな春だ。そしてその春は、毎年必ず訪れる。形を変えながらも、人形が変わらぬ表情で座り続ける限り、その劇場は開かれ続ける。
時代に合わせて劇場は進化する。でも物語の本質は変わらない。それが、文化が生き続ける理由なのだろう。
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もっと知りたいあなたへ
一般社団法人日本人形協会「上巳の節句」
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。