今治の山林火災から1年~KURAFTが見つめる復興と、続ける社会貢献~
2025年3月23日、今治市で発生した大規模な林野火災は、多くの人の記憶に深く刻まれました。481.6ヘクタールを焼損し、平成以降の愛媛県内では最大規模となったこの火災は、山の景色だけでなく、地域に暮らす人々の心にも大きな影響を残しました。発災から1年。今治市では、災害の記憶を風化させることなく、復旧・復興と再発防止の歩みを着実に重ねています。
今治に本社を置くKURAFTとしても、この出来事を単なる過去のニュースとしてではなく、自分たちの足下で起きたこととして、あらためて書き残しておきたいと思います。
私たちが日々目を向けているのは、土地に根ざした文化や営み、その場所で受け継がれてきた時間などです。どんな地域にも、その土地ならではの風景があり、人の手があり、積み重ねられてきた暮らしがあります。山もまた、その一部です。だからこそ、今治の山で起きた出来事は、自然災害という言葉だけでは括れない、地域の基盤に触れる出来事だったと感じています。
今治市の山林火災から1年、地域はいま何を見つめているのか
山林火災は、火が上がっている時間だけが災害ではありません。鎮火したあとにも、山肌の色は変わり、見慣れた景色は少し違って見え、地域のなかには見えない緊張感が残り続けます。
あの日の出来事は、ニュースの見出しとして消えていくものではなく、暮らしの近くに長くとどまる記憶になったのだと思いました。
今治市がこの災害を「風化させてはいけない出来事」として位置づけているのも、そのためでしょう。発災からちょうど1年となる2026年3月23日には、防火巡回広報出発式が行われ、市民とともに「二度と大規模な林野火災を発生させない」という決意が共有されました。節目の日を、ただ振り返るための日にするのではなく次の備えへとつなげていく。その姿勢に、今治市の強い意志が表れています。
この1年の歩みを見ていると、今治市が進めてきたのは単なる復旧ではなく、教訓を地域の力へ変えていく取り組みだったことがわかります。林野火災の記録と検証を残し、防火意識を高め、再発防止の視点から備えを組み立てていく。その積み重ねは、災害対応を「過去の整理」ではなく「未来の準備」として捉えていることの表れでもあります。
復旧・復興の合言葉は「元に戻す」ではなく「未来へつなぐ」
今治市は、学識経験者や国・県・市の関係機関、地域代表らによる検討を経て、「令和7年今治市林野火災復旧・復興計画」を取りまとめました。その基本理念として掲げられたのが、「市民と共に未来へつなぐ森づくり」です。目指されているのは、被災前の姿をそのままなぞることではありません。災害に強く、親しみやすく、市民が関わりながら守り育てていける森へと再生していくことです。
計画では、「二次災害を防止する森づくり」「林野火災に強い森づくり」「自然と景観に配慮した森づくり」「市民が訪れるレクリエーション機能を持つ森づくり」「地域で守り育てる森づくり」という5つの基本方針が示されています。ここにあるのは、失ったものを埋め合わせるという発想ではなく、次の世代にとってよりよい地域環境を育てていこうとする視点です。
この考え方には、どこかKURAFTが大切にしてきた感覚とも重なるものがあります。受け継ぐということは、ただ昔の姿に戻すことではなく、その土地に必要なかたちへと手を入れながら未来へ渡していくこと。森の復興もまた、そうした営みの延長線上にあるのかもしれません。失われた風景を惜しむだけでなく、その経験を踏まえて、これからの風景をどう育てるかを考える。そこに、この復旧・復興の本質があるように感じます。
ボランティア植樹が示した、今治の復興は「みんなで育てる」ものだということ

2026年3月12日、今治市朝倉地域の被災地では、「令和7年今治市林野火災復旧・復興ボランティア植樹」が行われました。地元の朝倉小・中学校の児童生徒、自治会、消防団、愛媛県などの関係機関に加え、日本財団「HEROs」に参加するアスリートも集い、約350人で1,350本の苗木を植えたとされています。植えられたのは、ヤマザクラやウバメガシ、コバノミツバツツジなど、地域性や防火性、景観への配慮を踏まえて選ばれた7つの種類の樹木でした。
この日の光景には、数字では表しきれない意味があったのではないでしょうか。子どもたちが一本一本の苗木に手を添える姿。地域の人たちが同じ斜面に立ち、同じ方向を見つめる姿。そこには、「復興は誰かが与えてくれるものではなく、自分たちで育てていくものだ」という静かな意思がありました。
森は、すぐには元に戻りません。今日植えた苗木が、山の景色として根づいていくまでには長い時間がかかります。だからこそ、その時間を引き受けるように、人の手が土に触れていることに深い意味があるのだと思います。災害のあとに必要なのは、大きな言葉よりも、こうして手を動かす人がいることなのかもしれません。
KURAFTが惹かれるのも、こうした「時間をかけて育っていくもの」です。すぐに形にならないもの。目立たなくても、手をかけ続けることでしか残らないもの、残せないもの。植樹の風景には、そんな地域の力が確かに宿っていました。
KURAFTが今治の山林火災を書き残す理由
KURAFTの運営会社であるサンブロードバンド株式会社の本社は、愛媛県今治市にあります。
つまり私たちにとって、今治の山林火災は遠くの土地の出来事ではなく、自分たちの暮らしの地続きに起きた現実です。地域の文化、ものづくり、人の営みを伝えていくメディアである以上、その土地で起きた大きな出来事に目を向けないわけにはいきません。
山や森、地域の景観、そこで守られてきた暮らしの基盤もまた、かけがえのない地域の財産です。
だからこそ、今治市の復旧・復興の歩みを言葉として残し、その記憶と教訓を広く伝えることも、KURAFTにできる大切な役割のひとつだと考えています。
地域に根ざすメディアだからこそ、出来事だけを切り取るのではなく、その背景にある時間の流れも見つめていたい。何が起きたのかだけでなく、そのあと地域がどう立ち上がろうとしているのか、どんな未来を描こうとしているのかまでを丁寧に追いたいと考えます。
KURAFTらしさとは、そうした視線の置き方にこそ宿るのではないか、という思いがあります。
KURAFTとして今できる社会貢献と、その先に続けていくこと
私たちKURAFTに、火を消す力があるわけではありません。山を一気に元通りにすることもできません。けれど、私たちだからこそできることがあります。
ひとつは、地域で起きたことを丁寧に取材し、背景や文脈ごと伝え続けることです。災害は時間の経過とともに風化しやすくなりますが、記録し、伝え、考えるきっかけを生み続けることは、地域に根ざすメディアにできる確かな社会貢献だと考えています。
もうひとつは、現場に寄り添い、実際の行動を続けていくことです。今後KURAFTとして、植樹活動や地域清掃、防災啓発、復興に関わるイベント参加など、今の私たちにできるボランティアや社会貢献を、無理なく、しかし継続的に行っていきたいと考えています。
大切なのは、一度きりで終わらせないこと。記事を書くことに加え実際に足を運ぶこと。その両方を大事にしながら、今治の復興に長くしっかりと関わっていきたいと思っています。
KURAFTが伝えたいのは、災害の大きさだけではありません。
そのあとに地域がどう支え合い、どう立ち上がり、どんな未来をつくろうとしているのかということ。
今治の山林火災から1年。この出来事を忘れないこと。そして、記憶を行動へ変えていくこと。
その積み重ねこそが、これからの地域の力になっていくはずです。
KURAFTもまた、今治に本社を置くメディアとして、書くこと、伝えること、関わることを通じて、これからも地域とともに歩んでいきます。
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もっと知りたいあなたへ
今治市ホームページ:令和7年今治市林野火災関連情報
https://www.city.imabari.ehime.jp/rinyakasai/