2025.12.11

「さんふらわあ」がつなぐ人と地域の未来、太陽のマークに込めた半世紀の想い

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前回のコラムを通して、「さんふらわあ」というブランドの奥にあるストーリーをもっと掘り下げたい――そんな思いから、今回、経営母体である株式会社商船三井さんふらわあの本社を訪ね、日々の取り組み、ブランドの背景に流れる想いについて話を伺うことができた。

変わりゆく時代の中で受け継がれたもの

1972年、太陽のマークを掲げた初代「さんふらわあ」が名古屋-高知-鹿児島航路に就航した。その明るい意匠は、当時の旅人に新しい海の旅への期待と高揚感をもたらしたに違いない。

以来、運航体制や寄港地が移り変わる時代を経ても、この太陽のマークは一度も途絶えることなく、「さんふらわあ」を象徴するシンボルとして受け継がれてきた。
太陽マークを軸に、さんふらわあは海の道を広げながら地域や人々とつながり、その歴史のなかで、そのときどきに息づく人に寄り添った「さんふらわあらしさ」が育まれていった。

就航当時の1970年代、世界では「クイーン・エリザベス2」に代表される豪華客船が注目を集め、海の旅は「優雅な非日常」として憧れの存在だった。
そうした時代の空気の中で、初代さんふらわあは、デッキにプール、船内にディスコやラウンジを備えた当時国内最大級のフェリーとして登場し、日本の海に新しい華やぎをもたらした。

「初代さんふらわあ」の船舶スペック画像

しかし高度経済成長期の進展とともに、新幹線や飛行機、高速道路が急速に広がり、「いかに早く移動できるか」が重視される時代へ。フェリーは次第に「安価な移動手段」と見なされ、さんふらわあも、かつての華やかさを潜める時期を迎えた。

それでも、海を渡る旅には他にはない自由とゆとりがある。「船旅は移動だけではなく体験である」という初代の思いは、半世紀にわたり静かに受け継がれてきた。

太陽のマークに込めた想い 

長い年月を経て、その思いを現代の形で結実させたのが、最新鋭の「さんふらわあ くれない」と「さんふらわあ むらさき」である。優雅で快適な船内空間、地域食材を取り入れた食事、瀬戸内海を望む展望デッキ——。
それらすべてが、初代から受け継がれてきた「乗ること自体を楽しみにできる船旅」という精神を、いまの時代にふさわしい姿で体現している。

そして2023年10月。長年にわたり別々の運航会社によって継承されてきた「さんふらわあブランド」は、一つに統合された。統合後に最初に取り組んだのが、ブランドの理念とビジュアルの統一化である。これは単なるマークの整理ではなく、「すべての人を太陽のように照らし、愛されるブランドでありたい」という未来への決意表明でもあった。

長く受け継がれてきた太陽マークの精神は、いま現場でお客様と向き合う社員一人ひとりの中にも息づいている。
「入社当時は、船体に太陽マークがあれば『さんふらわあ』だと思っていた。しかし、すべてのサービスを踏まえてこそ『さんふらわあ』だと気づいた」と語るのは、関西~九州航路を担当する旅客営業部の社員。

太陽のマークが、いまどのように人々の旅を照らし、未来へつながっていくのか。
その答えは、さんふらわあが積み重ねてきた数々の取り組みの中にある。

移動を超えて、「海の時間」を楽しむ旅へ 

船の旅には、電車や飛行機にはない静かな情緒がある。ゆっくりと進む船が果てしない海を渡るその姿は、どこか懐かしく、心に穏やかな余韻を残す。

これまでフェリーといえば、目的地へ移動するための手段だった。しかし、さんふらわあの船旅には、どの航路にも共通して「クルーズとしての価値」が流れている。
海の上をゆっくりと進みながら移りゆく景色を眺め、地元食材を使った料理を味わい、音楽やショーに耳を傾ける――。
「移動時間」を「心の余白」へと変えてくれる、新しい旅のかたちがここにはある。

こうした船旅の魅力をより多くの人に感じてもらうため、さんふらわあでは「カジュアルクルーズ」という名のもと、移動の時間そのものを楽しめる工夫を積み重ねてきた。
なにより、ドレスコードは必要ない。普段着のまま、ほんの少し日常から離れてみる。その肩の力を抜いた贅沢こそが、「カジュアルクルーズ」の真髄といえる。

その象徴が、夜行が基本の大阪~別府航路をあえて昼間に航行し、瀬戸内海の美しい景観を堪能できる「昼の瀬戸内海カジュアルクルーズ」だ。

瀬戸内の穏やかな海を進み、明石・瀬戸・来島の三大橋をくぐり抜けていく風景は、外洋クルーズでは出会えない、日本ならではの「密度の高い海の時間」を演出する。まさに「海のホテル」という言葉が、ここで本来の意味を帯びはじめたかのようだ。

デッキから見た昼の明石海峡大橋の画像

船内では、ジャズやクラシックの生演奏、地元クラフトビールや特別メニューの提供など、その日ならではの催しが旅をいっそう彩る。

この年に10回ほどしかない「昼の瀬戸内海カジュアルクルーズ」には、全国から多くの参加者が集まり、絶景と多彩なイベントを味わう体験は満足度もきわめて高いという。気負わず楽しめる「非日常」が、こんなにも身近にある――それこそが、さんふらわあのカジュアルクルーズが持つ独自の魅力なのだ。

「移動手段」ではなく、「海の時間を味わう旅」へ。

通常運航の日も、特別な一日も――そのすべてが、さんふらわあが描くこれからの船旅を形づくっている。

さんふらわあが届ける安心と安全

そして「さんふらわあ」は、心の豊かさだけでなく、地球の未来も見据えている。最新船「くれない」と「むらさき」には、CO₂を25%、NOxを85%削減するLNG燃料を採用。国内フェリーでこの燃料を使う唯一の運航会社として、インフラ整備の遅れや燃料補給の難しさといった課題を越え、環境への責任を形にしてきた。

1隻でトラック約140台分の貨物を運べる輸送効率も、結果としてCO₂削減につながる。大量輸送の強みは、いま「モーダルシフト」の要として注目されている。深刻化するドライバー不足や物流の2024年問題を背景に、フェリーを「無人輸送」や「長距離ドライバー休憩の場」として活用する動きが加速しているのだ。

取材では、社員からこんな言葉があった。
「私たちのミッションは『青い海から人々の毎日を支え、豊かな未来をひらきます』です。社会インフラの一翼として、環境負荷への配慮や災害時の対応を重視し、海上からの支援を通じて安心と安全を届けたいと考えています。」
続けて、災害時には陸路とは異なる選択肢となり得る海上輸送の意義について語ってくれた。
「自然災害が増えるなかで、陸路は復旧までに時間を要するケースがあります。一方、海上の場合は被害状況にもよりますが、荒天の後に早期の運航再開が可能なこともあり、物資輸送や人員移動の面で力を発揮してきました。また、移動中にしっかり休息を取れるので、到着後すぐに活動できる点も大きな特長です。」
実際に、海の力は非常時にも発揮されてきた。2011年の東日本大震災では、苫小牧港から青森港へ、自衛隊員約2,700人と緊急車両約930台を運び届け、大規模な物流支援を担った。「海の道を、誰もが安心して使える手段に」。その想いは、いまも日々の運航に息づいている。

東日本大震災時に自衛隊車両を輸送する「さんふらわあ」の画像

海の道は、平時だけでなく、困難な時代にも人と社会をつなぐ。
その責任感こそが、さんふらわあが描く「これからの船旅」を支えるもう一つの柱となっている。

地域とともに――海がつなぐまち、人、未来

人と地域、そして文化をつなぐ「海上のプラットフォーム」として、「さんふらわあ」は新しい地方創生の形を描きはじめている。
発着地のある港町の自治体と連携し、学生団体のスポーツ合宿の誘致にも力を入れている。鹿児島県志布志市や大分県豊後大野市では、観光地としての知名度こそ高くないが、フェリーという大量輸送手段を活かし、学生たちが団体で訪れ、地元の宿に泊まり、地域の食材を味わうことで、その経済効果がまち全体へと広がっている。

その背景には、社員一人ひとりの「さんふらわあ」に対する想いがある。
現在は関西~九州航路の物流営業部長を務め、旅客にも長年携わってきた社員は、豊後大野市の出身だ。小学生のとき、県主催の交流事業で「さんふらわあ7」に乗って沖縄へ向かった。どこまでも続く青い海や巨大な船の迫力、並走するイルカに胸を躍らせたその体験は、今も鮮明に残っているという。

その「原点」が新卒での入社につながり、以来約31年、さんふらわあの歴史とともに歩み、数々の取り組みに挑んできた。

「自分の故郷に多くの学生たちが合宿で来てくれるのが本当に嬉しいのです。船が人を運ぶことで地域が動き、地元の経済に還元されていく。その循環をもっと増やしたいと思っています」と語る。彼のように、自身の原風景を重ねながら地域との連携に取り組む社員も少なくない。

大分県豊後大野市にある合宿施設の画像

九州だけでなく、北海道航路でも、地域と連携した新しい旅のかたちが広がっている。
2025年4月には、コロナ禍以降長らく中止していた船内の定期イベントが再び動き出し、茨城の落語家ユニット「いばらく」による船上落語会が開催された。船内ではラジオ番組の公開収録も定期的に行われ、海の上に小さな文化の広場が生まれている。
さらに、ふらのワインとのコラボによる試飲会や、十勝の「ばんえい競馬」をテーマにした企画など、地域の魅力が船に乗り込み、海を越えて出会う試みも続いている。

首都圏~北海道航路での船内イベントの画像

さんふらわあの船旅は、海の上で人と地域がゆるやかにつながる時間でもある。
これからもその航路の先々で、さまざまな文化が出会い、新しい物語が生まれていくだろう。
そして、その背景にあるのは、さんふらわあが大切にしてきた一つの思想だ

出航時にテープが舞う様子の画像

「さんふらわあ」の取り組みは、観光地の玄関口だけを照らすのではなく、その先にある地域の日常にまで光を届ける試みでもある。
「フェリーは、ただ移動するための手段ではなく、『時間をかけるからこそ生まれる価値』を届けられる乗り物。その時間を地域と分かち合いたい」と、首都圏~北海道航路を担当する旅客営業部長は話す。


それは、太陽のマークに込められた理念――「すべての人を照らす存在でありたい」という想いの、もうひとつの姿なのだ。

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もっと知りたいあなたへ

商船三井さんふらわあ 関西↔九州航路
https://www.ferry-sunflower.co.jp/
商船三井さんふらわあ くれない・むらさき 特設サイト
https://www.ferry-sunflower.co.jp/lp/newship/kurenai_murasaki/
商船三井さんふらわあ 首都圏↔北海道
https://www.sunflower.co.jp/

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