日本の原風景ここにあり、心揺さぶる棚田の魅力~新潟県十日町市~

棚田の美しさとその役割
新潟県十日町市の棚田は、日本の原風景を象徴する美しい景観として知られています。2022年、農林水産省が全国271地区の優良な棚田を認定した「つなぐ棚田遺産~ふるさとの誇りを未来へ~」において、十日町市からは市町村として全国最多の14地区が選ばれました。
山間部の斜面に階段状に広がる棚田は、農業生産のみならず、地域の生態系や文化を支える重要な役割を担っています。全国有数の豪雪地帯である十日町市では、豊富な雪解け水が棚田での稲作を可能にしています。さらに、棚田は洪水や土砂崩れを防ぎ、地域の環境保全にも貢献しています。
四季折々に表情を変える棚田の景観は、春の田植え、夏の緑、秋の黄金色の稲穂、冬の雪景色と、訪れる人々を魅了します。ここでは、特に人気の高い棚田スポットをいくつかご紹介しましょう。
星峠(ほしとうげ)の棚田
十日町市に点在する棚田の中でも、ひときわ人気を集める「星峠の棚田」。NHK大河ドラマ「天地人」のオープニング映像にも用いられました。

国道から山道を上ると、突如として目の前に広がる絶景。大小およそ200枚の田んぼが、まるで魚の鱗のように斜面を埋め尽くす光景は、まさに圧巻です。人気の理由は、水鏡、雲海、そして朝焼けが見せる幻想的な美しさ。
雪解け水が田んぼに満ちる田植え前と、稲刈り後の雪が降るまでの短い期間、天候に恵まれれば水鏡が現れます。
雨上がりの早朝、前日との寒暖差が大きい日には雲海が発生しやすく、朝日を浴びて黄金色に輝く雲海と、徐々に日の光に染まっていく周囲の景色は息をのむほどです。年間を通して、プロ・アマチュア問わず多くの写真家や国内外の観光客が訪れ、その雄大な棚田の姿に魅了されています。
私が訪れたのは秋の深まった昼下がりでしたが、太陽に照らされてキラキラと輝く水面と、紅葉が進んだ山々のコントラストをいつまでも眺めていたいと思うほど。周囲ではバスツアーの観光客たちが思い思いに目の前に広がる景色を、カメラに収めていました。
儀明(ぎみょう)の棚田

「儀明の棚田」は、四季折々の美しさで訪れる人々を魅了する棚田です。特に春、畔に咲く山桜が水を張った田んぼに映り込む水鏡の風景は格別で、朝夕を問わず多くの観光客やカメラマンが足を運びます。
例年、山桜の見頃は4月末から5月の連休頃。その年の積雪状況によっては、残雪の棚田と満開の桜という、珍しい景色に出会えることもあります。
「儀明の棚田」は国道253号線沿いから眺めることができますが、車で走行していると見過ごしてしまうこともあるので注意が必要です。私が訪れた際は、季節柄か時間帯のせいか人影はなく、秋の深まりを感じさせる棚田の絶景を独り占めすることができました。
蒲生(かもう)の棚田

「蒲生の棚田」は、朝霧に包まれた幻想的な風景や、越後三山を望む雄大な眺望が魅力です。国道253号線から少し山に入った場所に展望台があります。国道から離れているため、聞こえるのは虫の羽音や鳥の鳴き声、そして草木が風にそよぐ音だけ。
自然と一体になるような静寂の中で、棚田の風景を心ゆくまで堪能しました。
棚田米の味に迫る
棚田の魅力は、その美しい景観だけではありません。そこで育つ棚田米は、格別なおいしさ。その理由はいくつかあります。

まず、棚田は山間部に位置することが多く、平地と比べて昼夜の寒暖差が大きい傾向にあります。この寒暖差が、稲がデンプンを効率よく蓄えるのを助け、甘みのあるお米になるといわれています。
次に、棚田に供給される水は、雪解け水や湧水といった自然の恵みであり、非常に清らかです。この水で育つお米がおいしくなるのは、必然といえるでしょう。
さらに、棚田は一区画が狭いため、大型の農業機械の導入が難しい場合があります。そのため、多くの作業が手作業で行われ、農家は一株一株、より丁寧に稲の生育状況を見守ることができます。その結果、品質の高いお米が育つと考えられます。
棚田の歴史と現在の課題
棚田の起源は江戸時代以前に遡るとされ、急峻な地形をいかす先人たちの知恵と努力によって築かれました。限られた土地での稲作を可能にし、地域の食文化を支えてきたのです。
しかし、近年では農業従事者の高齢化や人口減少により、棚田の維持が困難になっています。残念ながら、耕作放棄された田んぼも増えており、十日町市も例外ではありません。
棚田の未来と日本人にとっての可能性
棚田は、決して過去の遺物ではありません。
例えば、十日町市の池谷・入山地区は、かつて限界集落となり、棚田の荒廃が進んでいました。しかし、2004年の中越大震災を機に、ボランティアの支援によって崩れた棚田が修復され、米作りが復活しました。その後も、ボランティアや農業研修生、地域おこし協力隊を積極的に受け入れ、現在では限界集落から脱却するほどの活気を取り戻しています。
また「星峠の棚田」では、田んぼに関わりながら棚田を保全する「棚田オーナー制度」が導入されています。オーナーは年会費を支払うことで、棚田で収穫されたお米を受け取る権利を得られ、田植えや稲刈り、稲架掛けといった米作りの体験イベントにも参加できます。
そして「蒲生の棚田」では、高齢化と過疎化による後継者不足で耕作放棄された田んぼを再生する「プロジェクトサンライズ」が進行中です。この名称には、「蒲生の棚田」に昇る美しい朝日と、蒲生にとって明るい未来への希望が込められています。
これらの取り組みは、地域の活性化だけでなく、観光資源としての棚田の価値を再認識させる契機となっています。
実際に、十日町市にルーツを持つ私の知人は、以前ふるさと納税の返礼品である「棚田バンク」を利用し、送られてきた棚田米のおいしさと懐かしさに涙を流したそうです。
棚田とともに生きる
棚田は、単なる農地というだけでなく、日本人の心に深く根付いた文化的遺産です。その美しい景観は、都市生活を送る人々に癒しを与え、地域と都市を結ぶ架け橋となっています。実際に、都会と十日町市を行き来する「通い農」を実践している人もいます。
さらに、棚田米や地元産品を活用した地域ブランドの創出、観光資源としての活用、そして環境教育の場としての可能性も広がっています。
もしあなたが都会の喧騒に疲れを感じているなら、一度十日町市の棚田を訪れてみてはいかがでしょうか。あの雄大で凛とした棚田の景色を目の当たりにすれば、日々の疲れや悩みもきっと吹き飛んでしまうでしょう。
ただし、忘れてはならないのは、棚田は観光地ではなく、農地であり私有地であるということです。無断で立ち入ることは避け、農作業をしている農家の方々の迷惑にならないよう、ルールを守ってその美しさを楽しみましょう。
―――
もっと知りたいあなたへ
一般社団法人 十日町市観光協会
https://www.tokamachishikankou.jp/special/tanada/