2025.7.29

一杯のかき氷から始まる夏の旅〜世界も日本もみんな大好きな氷菓子〜

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強い日差し、まとわりつくような湿気。外を歩けば、肌の上でじんわり汗が蒸発する音が聞こえてきそうな盛夏の午後。なんとか身体の熱を冷まさないと、熱中症になってしまいそうな酷暑の日は、無性に「かき氷」が恋しくなる。

シャリッと削られた氷の繊細な口どけ、シロップのやさしい甘みや果物の香りが、乾いた体と心にふわりと沁みる。体温がほんの少し下がるとホッとして、張りつめていた気持ちまでゆるんでいく。日本人にとって、かき氷とは単なる冷たいおやつではなく、暑さと共存するための、ささやかな夏の「知恵のかたち」といってもいいかもしれない。

氷菓子は世界中に

ハワイのシェイブアイスの画像

氷で涼をとる工夫は、もちろん日本だけのものではない。

イタリアには、果汁や砂糖を凍らせて作る「グラニータ」があり、世界的に人気のジェラートは、フィレンツェ発祥。
ベトナムでは「チェー」と呼ばれる、かき氷にココナッツミルクや豆類、ゼリーがたっぷり入ったスタンドスイーツがある。
タイの「ナムケンサイ」は、細かく削った氷の上にカラフルな寒天や甘く煮たトウモロコシ、パームシードなどをのせ、仕上げに甘いシロップやココナッツミルクをかけた、見た目にも楽しい屋台スイーツ。
ハワイの「シェイブアイス」は、ふわふわに削った氷にビビッドなカラーのフレーバーシロップをかけ、コンデンスミルクやフルーツ、アイスクリームを合わせて楽しむボリュームたっぷりの一品。
台湾の「雪花氷(シュエホワビン)」は、氷そのものにミルクなどのフレーバーがついており、削るとまるで綿菓子のようなふわふわ食感。マンゴーやタピオカ、練乳などとの組み合わせが人気で、デザートとしての完成度が非常に高い。

そんな世界の氷菓子のなかでも、日本のかき氷はひときわユニークな存在として注目を集めている。その魅力は、何よりも氷の繊細な質感と、職人技ともいえる削りの美しさにある。ふんわりと空気を含んだ氷は、口に含んだ瞬間にすっと消え、舌に冷たさだけでなく、やさしさを残していく。

さらに、日本が誇る旬の果物や自家製シロップのバリエーションの多さ、栗や小豆などの和素材を使ったトッピングなど、素材へのこだわりも世界のフードラバーを惹きつけてやまない。見た目にも美しく、繊細な味わいが一杯に込められた日本のかき氷は、もはや「アート」や「体験」として、世界中の人々を魅了しているのだ。

日本のかき氷の歴史

浴衣の女性が縁側でかき氷を食べている画像

さて、では、その日本のかき氷の歴史を少し紐解いてみよう。さかのぼること平安時代の「枕草子」には、すでに登場している。「あてなるもの。削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺に入れたる」とある。削った氷に甘葛(あまづら)の汁をかけて食べる、それは貴族たちだけの特権だったそう。

江戸時代には、冬にできた天然の氷を「氷室(ひむろ)」という貯蔵庫に保管し、夏まで保存する技術が確立されていた。当時、氷は将軍家や大名への献上品として扱われ、「御用氷」とも呼ばれていたそう。つまりは、夏に氷を食すことができるのは、一部の上流階級に限られ、庶民にとっては憧れの涼であり、まさに雲の上の存在だった。

明治時代に入ると、アメリカから天然氷を輸入する動きが始まり、横浜などの港町を中心に「氷屋」が登場。やがて国産の製氷技術も発達し、大正から昭和初期にかけては街角の氷店で氷を買い求めることができるようになる。氷は、ようやく庶民の夏の楽しみとして定着し、かき氷もまた、子どもから大人まで誰もが味わえる「夏の風物詩」として広まっていった。

確かにこの頃の日本の小説には、氷菓子が夏の風物詩として登場している。谷崎潤一郎の「痴人の愛」では、アイスクリームが西洋趣味の象徴として登場する一方で、永井荷風の「墨東綺譚」では、浴衣姿の女と連れ立って入る甘味処での氷水が、江戸情緒と夏の風物詩として描かれている。

氷は、女性の美しさや、その場に漂う少し特別で澄んだ空気を際立たせる、静かな演出装置でもあったようにも読み取れる。冷たさと透明感が、どこか凛とした気配をまとわせ、ひとときの涼が、日常にほのかな高級感を添える。

戦後のかき氷といえば、縁日で売られるイチゴやメロンのシロップが主流だったが、昭和の高度経済成長とともに、家庭にも手動のかき氷機が普及し、夏になると氷を削る音がどこからともなく聞こえてくる——そんな風景が日本中に広がっていった。かき氷は、子どもたちの夏の楽しみとして、ぐっと身近な存在になったのである。

進化がとまらない未来系かき氷

ふわふわの白いかき氷の上にフルーツソースが載っている画像

近年、日本のかき氷は海外からの旅行者の間でも人気を集めている。人気の理由は、なんといってもその「ふわふわ」の食感。まるで雪のように口の中で消える氷は、日本独自の削り技術のたまものだ。

さらに、日本ならではの季節感や素材の繊細な風味が、彼らの心をつかんでいる。抹茶、小豆、黒蜜、ほうじ茶——。一杯のかき氷に、日本の風土と文化が詰まっていると感じる人も多いようだ。

そして近年は、まるでパティスリーで供されるスイーツのように、美しく仕立てられた「進化系かき氷」が全国に続々と登場している。旬のフルーツをまるごと贅沢に使ったもの、抹茶や黒蜜、ほうじ茶、あんこなどの和素材を巧みに組み合わせたスタイル、さらにはティラミスやモンブラン、チーズケーキの味わいを再現したものまで、そのバリエーションはもはや無限。
写真映えするビジュアルも手伝って、SNSやインバウンド旅行客の間で注目度はさらに加速。季節限定のメニューを求めて、行列ができる専門店や、人気すぎて予約困難な店まで。かき氷は単なる「夏の涼味」ではなく、「食べる体験」としての新しい魅力を帯び始めている。

旅を彩るご当地かき氷

そして、さらにご当地ものに目を向けてみると、かき氷の世界はさらに奥深い。日本人の私たちですら、すべてを知っている人は少ないのではないだろうか?

山形県には、山辺町(やまのべまち)発祥の「すだまり氷」がある。メロンやイチゴのかき氷に、醤油ベースの酢醤油餡をかけたもので、甘じょっぱくてさっぱりした味わいが愛されているのだそう。熊本県では、白玉やきなこを合わせた「氷ぜんざい」が夏の定番。奈良県吉野では、名産の富有柿を凍らせた「柿氷」も人気を集めている。どれも、地元の人にとっては懐かしい日常の味が、旅人にとっては驚きと発見に満ちた特別な一杯になる。

ババヘラアイスを作っている画像

ちなみに番外編としてぜひ紹介したいのが、秋田県の「ババヘラ」。かき氷ではないけれど、道端にパラソルを広げたおばあちゃんが、シャーベット状の2色アイスをヘラでまるでバラの花のように盛りつける姿は、郷愁とともにフォトジェニックさも兼ね備え、いまや秋田の夏の名物。懐かしさと美しさをあわせ持つひんやりスイーツだ。

地元の人にとっては懐かしい日常の味が、旅人にとっては驚きと発見に満ちた特別な一杯になる。暑さの厳しい日本の夏、そんな「氷」を目的に旅に出るのも、涼を求める粋な過ごし方かもしれない。

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もっと知りたいあなたへ

コトバンク(デジタル大辞泉プラス):ババヘラアイス
https://x.gd/aDHhE
コトバンク(日本大百科全書ニッポニカ):かき氷
https://x.gd/olSMq

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