やったらええやん
神戸市灘区の山中で、2016年から制定された国民の祝日「山の日」に合わせてイベント※1を開催している。途中コロナ禍やら荒天やらで2回ほど延期や中止になってはいるけれど、10年間続けてきたことになる。
「山の日」に山中で行うイベントなのでキャンプやハイク等の林間アクティビティーを想像される方も多いだろうが、否、山中の湖畔をビーチに見立てたパラソルありバーカウンターありDJありのパーティーである。
初回に先立つ春頃だったか、チンタ本店※2のカウンター(写真)で”Naddist”※3とたまたま居合わせた。いつも通りの店内にはアメリカンブルーズロックが心地よく鳴っていて、店主の真ちゃん※4は面倒くさそうに焼き鳥を転がしていた。
「山の日ていう祝日ができるんやて。8月11日やて。ばっさ※5夏休みのど真ん中やん。しょーもない。」
「せやな、どうせ全国各地の山で、まさに山です的なイベントばっかり開催されるんやろな。しょーもない。」
そう、また例によってどこかで誰かが頑張っているであろうことをクサしていたときに、
「いっそのこと灘区は山の日に山で海のイベントやったらええやんか、灘区やねんから」となり、そこからはほぼ一晩の間にとんとん拍子で企画案※6がまとまった。
イベントのタイトルは、「海、山へ行く」である。おそらく「山の日」に「海」が冠されているイベントは全国で唯一無二ではないだろうか。目論見通り、ありがちな山岳のそれではなく、DJブースから流れる洒落たBGMを聞きながら酒燻らせつつ湖畔ビーチにひねもす寝そべるという趣旨に全フリで回を重ねている。帰りには特設送迎バスとロープウェイ、ケーブルを乗り継いで、ほろ酔いでも60分あれば市街へ降り立つことが可能である。

やってみよっかな、と誘う「しかけ」として
裏メッセージとして伝えたかったのは、海だって山へ行けるんやで、という「いわんやあなたをや」であり、日常縛られているフレームワークをなにかの機会でバッキバキに破壊してみてもええんちゃうの?ということである。
きっとできない、きっと行けない、冷静な自己認識を踏まえて無い袖を振らないように、とブレーキ踏むのは全く間違ってはいない。けれどもそれがブレーキではなくシャッターガラガラ、つまり自分にはさらに外世界があるかも、というワクワクや渇望を遮断してしまう障壁に陥穽しないよう、ぼくはメタファーとしての「しかけ」を作っておきたかった。
そんな訳で、ぼくを知っている人からすると平常運転ではあるが、予定文字数の約半分をマクラに使ってしまったところで本題に入りたい。

やってみたいならやってみよう、できたかどうかは後から考えよう
2025年4月、三井さん※7から「うちの子らが山登る企画してますから是非ご一緒に」というお誘いを受け、車椅子ユーザー3名を含む20人ほどの老若男女入り混じったチームで和泉葛城山(858m)を登頂してきた。
言い出しっぺの岡ちゃん※8は車椅子ユーザーだが、「とにかく山に登りたい」と言った。なにかやるにあたって基本的にこれ以外の理由は不問と考えている。やりたくないのはまったくやらなくていいと思うけれど、「やりたい」がそこにあるなら、「どうやってやろうか」という次の段階へベルトコンベアに乗せられていけばよい。このプロセスをああでもないこうでもないと言っている時点が当日と等価くらいに楽しいようにも思う。いや、むしろプロセスの方が6:4で楽しいかもしれない。ただし、「いやそれさすがに無茶やん」みたいなことを、物理の法則に反してまでゴリ押すのはぼく的にはNGと思っている。最近、登山が多様化するのはいいとして、「その装備と知識でそこに行くのはナメとんのか」という事例を数多見聞きするようになった。ひとたび無理が無茶に陥ると、参加者の危険はもとよりサポート全体、そして急なレスキューにもネガティブな影響が拡大してしまうことになる。だからこそ、プロセスにおいて物理的な限界点は探りつつ、ただし限界を理由に中止決定してしまうのではなく、例えば山中の湖を「海」と見做してしまうといった文脈による突破を併せて検討していく。そしていざ行かん、とあいなったとき、あくまでも「登頂」は付加価値に過ぎず、やむを得ず引き返したならば「次回に楽しみが残ったので倍ほど成功やった」という文脈解釈にもっていけばよい。つまり着手した時点で成功といえるので、いかに着手するかまでが最も重要といえるのだ。

振り返ると足跡がついている
このリアライズ登山の一員に加えてもらって、最高だったことが2つある、ひとつ目はリーダーのひろしさん※9が「最後は自分で立って景色見ようや」と提案したことだった。日常はどうしても視点が低くなってしまう車椅子ユーザーが、両脇の支えを借りつつ「立って」、眼下に広がる景色を目の当たりにした瞬間 、このイベントの真価が爆発したように感じた。それぞれが「どう歩いてここまで来たか」は異なっていたとしても、この「感じ」をみんなでシェアできた瞬間に、車椅子ユーザーに「立って」なんて言っていいの的なことは些末となり、ぐっと凸凹が埋め立てられる体験をさせてもらった。
ふたつ目は8合目あたりだったか、メンバーの誰かが勾配のきつさでへとへとになりながらつぶやいたときのことだった。
「そんで岡ちゃん、そのリュックめっちゃ重いけど、なにが入ってるねん」
岡ちゃんの車椅子の背にはリュックが結わえられていたのだが、確かに見た目も大きくずっしりしている。負担重量に相違ないが、岡ちゃんにとって必要なものならもちろんまったくOKではある。
岡ちゃんは恥ずかしそうとも悪びれているとも、どちらにも取れる絶妙な表情をして、おもむろにリュックから「将棋盤セット」を取り出したのだった。
「おいおいおいおい!なんで登山に将棋盤やねん!ただの重りやんけ!」
方々から一斉にツッコミが飛び、けれども岡ちゃんは照れ臭そうに、
「山頂で一局、お願いしたいと思いまして!」
そう言ったのだった。だから、これでいいのだ。山行に将棋盤があっていいのだ。確かに将棋盤の重みは増したかもしれないが、このひと時の会話でメンバーの疲れが吹き飛んだように感じている。
以降、ことあるごとにぼくは岡ちゃんの将棋セット事案をクサすようになり、岡ちゃんも次回こそは一局、と引かないもんだから、じゃあそうしようと約束する羽目になってしまった。そしていつしか気心がすごくアクセシブルな距離になっていた。
何を専門にされているんですかと問われると、学術領域上の用語でいえば「障害者支援」とか「特別支援教育」とかになってくるのかもしれないが、心からこの用語自体は大嫌いで、そんな「しょーもない」用語の範疇を超えた瞬間瞬間にこそ、巻き込まれ畳み込まれ翻弄されていたいな、と思っている。(つづく)
※1 「海、山へ行く」として毎年8月11日(山の日)に摩耶山穂高湖で開催されているビーチパーティーイベント。高度経済成長時代の神戸市における山を切り開いてニュータウンにした残土で港湾の埋め立てを行うという「山、海へ行く」政策を逆転させたネーミングとなっている。
※2 2025年まで水道筋に存在した焼鳥屋。
※3 ”Naddist”こと慈憲一氏。摩耶山再生の会事務局長、灘百選の会事務局長等の立場から灘区創生事業を数多く手掛ける。灘区を愛し、灘区に愛された男。
※4 「チンタ本店」店主、殿本真一氏。本業の傍ら全国最大規模の「草」トレイルランニングイベントである「六甲縦走キャノンボールラン」や「東神戸マラソン」を主宰し、ムーブメントを牽引する。2025年急逝。「しょーもない」が口癖だった。
※5 灘区でよく聞く「とても」、「めっちゃ」等の意に近似した誇張表現(たぶん)。
※6 慈憲一氏が2026年4月に上梓した「レジスタンスのまちづくり」(和久田書房)に詳しい。
※7 大阪府泉大津市にあるNPO法人自立生活センター(CIL)リアライズ理事長、三井孝夫氏。数多くの障害者をエンパワメントして自立生活の後押しするモチベーター。
※8 同リアライズ事務局員、岡田頼幸氏。
※9 同リアライズ生活介護事業管理者、山本啓司氏。
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NPO法人自立生活センター(CIL)リアライズ
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池谷の実践note
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