クラフトリリース
2026.4.2

スタンフォード・ニューロダイバーシティサミット2025に参加して②

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人々の認識をどう変えるのか

ニューロダイバーシティという言葉は、日本でも少しずつ知られるようになってきた。しかし、実際に医療や教育、支援の現場でどのように理解され、扱われているのかと問われると、その内実は決して一様ではない。Stanford Neurodiversity Summit 2025 では、就労の議論と並んで、「人々の認識をどう変えていくのか」という、より根本的な問いが繰り返し取り上げられていた。

「欠損モデル」という見えない枠組み

サミットでは、医療や教育の立場から、ニューロダイバーシティをめぐる認識の転換についても議論が行われていた。登壇したのは、自閉症やADHDの当事者でもある精神科医、心理学者、臨床ソーシャルワーカー、カウンセラーなどである。研究者や専門職であると同時に、当事者としての経験を持つ登壇者たちの現場で日々直面している現実でもあった。

彼らが共通して指摘していたのは、医療や教育の現場には今なお「欠損モデル(deficit model)」が強く残っており、神経多様性が「足りないもの」「修正すべきもの」として扱われやすいという現実であった。診断や支援が、本人の困難を理解する手がかりになる一方で、その枠組みが固定化されることで、「できないこと」に過度に焦点が当たり、本人の可能性や文脈が見えにくくなってしまう場面が少なくないことが語られていた。

一方で、ニューロダイバーシティ・パラダイムは、神経の違いを人間の多様性の一部として捉え、それ自体を尊重する立場に立つ。問題は、その考え方が理念として語られる一方で、既存の医療・教育・支援の制度や実践とどのように接続されるのか、という点である。両者の間にある溝をどのように埋めていくのかが、このパネルの中心的なテーマとして提示されていた。

否定しない対話を通じて

人権のパネルでは、「人々の認識をどう変えるのか」という問いに対し、登壇者たちは、データや正しさを示すだけでは不十分であると繰り返し語っていた。科学的なエビデンスや制度の説明は重要だが、それだけでは人の態度や判断は必ずしも変わらない。当事者の経験や物語を通じて、感情や価値観に働きかけること、相手を論破するのではなく、対話を通じて理解を深めていく姿勢の重要性が強調されていた。

特に印象的であったのは、「相手を否定しないこと」や「自らの誤りを認めることが許される文化」をつくることの重要性である。欠損モデルが再生産される背景には、「間違ってはいけない」「知らないことを認めてはいけない」という空気がある。そうした文化の中では、新しい理解や視点が入り込む余地が生まれにくい。だからこそ、学び直しや考え直しが自然に起こる環境そのものを整える必要がある、という指摘がなされていた。

また、アドボカシーには常に脆さが伴うことも共有される。声を上げること、制度に問いを投げかけることは、当事者にとって大きな負担を伴う場合が多い。そのため、個人が一人で背負うのではなく、仲間やメンターとのつながり、役割分担、自己ケアを含めた「一人で背負わない構造」を意識的につくっていくことが不可欠であるという認識が示されていた。

感覚の過敏はこころの弱さか

青空と緑のコントラストが素晴らしいスタンフォード大学の中庭に学生が座っている画像

こうした問題意識は、メンタルヘルスをめぐる議論にも共通していた。メンタルヘルスのパネルでは、感覚の過敏さや過負荷、要求回避といった体験が、「こころの弱さ」や「性格」の問題として片づけられがちである現状に対して、強い疑問が投げかけられていた。これらは意志や努力の問題ではなく、神経系の処理特性として理解される必要があるという点が、複数の登壇者から示されていた。心理士を含む支援者はこの点をしっかり学ぶ必要があると思う。

心理的な困難は、その特性が理解されない環境の中で二次的に生じることが多い。本人の内側に原因を求め続けることで、自己否定や不安が強まっていく構造がある。だからこそ、支援の焦点は個人の修正や訓練に置かれるのではなく、環境の調整や関係性のあり方に向けられるべきであるという議論が共有されていた。

社会が変わっていくということ

このサミットは、理念を掲げる場というよりも、研究と実践、当事者の経験が交差しながら、「違いが社会の中でどのように生かされ得るのか」を現実的に探っていく場であるように感じられた。就労の在り方を考えることにとどまらず、教育、医療、メンタルヘルス、人権など、社会のさまざまな場面で同時に変化が求められていることが、複数のパネルを通して浮かび上がってきた。

個人の努力や適応に委ねるのではなく、制度や環境、関係性の側が問い直される必要があるという共通認識が、分野を越えて共有されていたように思う。異なる立場の人々が議論や対話を重ねる様子に触れる中で、ニューロダイバーシティとは抽象的な概念ではなく、教育や仕事、社会の多様な現場で、具体的な変化を伴いながら動き始めているテーマであることを実感した。

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スタンフォード・ニューロダイバーシティサミット2025に参加して①はこちらからご覧ください。

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