のどぐろはなぜ高級なのか~希少性が生む極上の味わい深さ~
北陸や山陰の料亭で、一尾数千円から1万円を超えることも珍しくない魚がある。「白身のトロ」と称され、脂の乗った身は口の中でとろけるように柔らかい。この魚の正式名称は「あかむつ」だが、市場や料理店ではほとんど「のどぐろ」という通称で呼ばれる。喉の奥が黒いことからこの名が付いた。
なぜ、これほどまでに高値で取引されるのか。その理由を、脂質の秘密、漁獲事情、そして市場動向から解き明かしていく。
白身のトロと呼ばれる理由、脂質の科学
白身魚といえば、さっぱりとした淡白な味わいを想像する人が多いだろう。だが、この魚は例外中の例外だ。
身に含まれる脂質は20パーセントを超えることもあり、これはマグロのトロに匹敵する数値である。しかも、その脂は融点が低く、人肌程度の温度でも溶け出す。だから口に入れた瞬間、脂の甘みと旨味が広がる。
この脂にはEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)といったオメガ3系脂肪酸が豊富に含まれている。これらは血液をサラサラにする効果があるとされ、健康面でも注目される成分だ。脂っぽいのに後味は意外と軽い。それは、この脂の質が良いからにほかならない。
さらに興味深いのは、この魚の脂が季節や成長段階によって変動する点だ。産卵前の夏から初秋にかけて、冬は特に脂が乗り身がふっくらとする。一方、産卵後の春先はやや脂が落ちるが、その分身が引き締まり、また違った味わいを楽しめる。白身魚でありながら、赤身魚のような濃厚な旨味を持つ。この矛盾ともいえる特徴が、「白身のトロ」という異名を生んだのだ。
漁獲の難しさ。深海の宝

この魚が高価な理由の一つは、漁獲の難しさにある。
生息域は水深100メートルから200メートル。浅い海ではなく、深海に近い場所に棲んでいる。主な産地は島根県、石川県、新潟県、長崎県などの日本海側だが、近年は山口県や福岡県の響灘(ひびきなだ)でも水揚げされるようになった。
漁法は主に底引き網漁(沖合底引き網漁)だ。海底近くに網を沈め、船で引きながら魚を捕獲する。だが、この漁法は体力と技術を要する。深い場所に網を下ろすため、潮の流れや海底の地形を熟知していなければならない。さらに、網を引き上げる際に魚体を傷つけないよう細心の注意が必要だ。このほかに、魚を傷つけない方法として延縄(はえなわ)漁法も使われている。
また、漁期にも制限がある。多くの地域では、資源保護のために禁漁期間が設けられている。乱獲を防ぎ、持続可能な漁業を実現するための措置だ。結果として市場に出回る量は限られる。漁獲量のデータを見ると、年間で数百トンから千トン程度。これは、同じく高級魚とされるマダイやヒラメと比べても少ない。希少性が高いゆえに価格も跳ね上がる。
さらに近年、気候変動や海水温の上昇によるとみられる影響により、漁場が変動している。かつては安定して獲れた海域でも、年によっては不漁になることがある。こうした不確実性も価格を押し上げる要因の一つだ。
市場での評価と価格帯

市場での評価は、サイズと鮮度によって大きく変わる。特に人気が高いのは、体長30センチを超える大型個体だ。脂の乗りが良く、刺身や塩焼きにしたときの食べ応えが違う。豊洲市場や金沢の近江町市場では、こうした大型個体が一尾5,000円から10,000円、時には15,000円を超えることもある。一方、小型のものは比較的手頃な価格で流通する。とはいえ、それでも一尾2,000円前後はする。他の白身魚と比べれば、依然として高級魚の部類だ。
近年、注目されているのが養殖の取り組みだ。各地で稚魚を育てて出荷する試みが進められている。養殖によって安定供給が可能になれば、価格も抑えられる可能性がある。ただし、養殖には餌のコストや技術的な課題が多く、まだ本格的な普及には至っていない。
また、産地によって微妙に味わいが異なる点も興味深い。一般的に、島根県産は脂が強く濃厚、石川県産はやや上品で繊細、新潟県産は身がやわらかく、旨みが凝縮されてバランスが良いとされる。こうした違いを楽しむのも、この魚の醍醐味といえる。
市場関係者の間では、「今後も価格は高止まりするだろう」という見方が強い。資源の限界、漁獲の難しさ、そして需要の高まり、特にアジア圏の富裕層を中心とした海外需要が価格を支えている。これらが複合的に作用し希少価値を維持している。
調理法の多様性と味わいの深さ

この魚の魅力は、調理法の幅広さにもある。最もポピュラーなのは塩焼きだ。シンプルに塩を振り、強火で表面を焼き上げる。皮目はパリッと香ばしく、身はふっくらと柔らかい。脂が滴り落ち、その香りだけでも食欲をそそる。塩焼きだけではない。刺身にすれば、脂の甘みをダイレクトに味わえる。薄く切ってもよし、厚めに切ってもよし。わさび醤油はもちろん、塩とすだちでさっぱりと食べるのもおすすめ。
煮付けにすると、また違った表情を見せる。醤油ベースの甘辛いタレが脂に絡み、ご飯が進む味わいになる。煮崩れしにくく、ふっくらとした食感が保たれる。さらに、干物にする地域もある。一夜干しにすることで水分が抜け、旨味が凝縮される。焼き上げると、身がギュッと締まり、噛むほどに味が広がる。
近年は、イタリアンやフレンチのシェフも注目している。オリーブオイルでソテーしたり、カルパッチョにしたり。和食の枠を超えた楽しみ方が広がっている。
部位ごとの味わいの違いも面白い。頭の周りは脂が濃く、アラ煮にすると絶品だ。中骨周辺の身は繊維が細かく、刺身に最適。尾に近い部分は脂が少なめで、あっさりとした味わいを楽しめる。鮮度の見分け方も覚えておきたい。目が澄んでいて、エラが鮮やかな赤色をしているものが新鮮。身を触ったときに弾力があり、表面に艶があるかも重要なポイントだ。
地域ごとの文化と呼び名
興味深いのは、地域によって呼び方や扱いが微妙に異なる点だ。島根県では「のどぐろ」の名前で親しまれてきた。石川県でも近年はその名が定着しているが、その赤い魚体から敬意を込めて正式名称の「あかむつ」と呼ぶことも少なくない。こうした呼び名に関する話をとっても、それぞれの地域でこの魚がどれほど親しまれてきたかを物語っている。
また、祝いの席で出されることもある。島根県では、結婚式や還暦祝いの膳に欠かせない魚とされてきた。石川県でも、正月や法事の際に振る舞われることが多い。
地域の漁師たちは、この魚を「海の宝」と呼ぶ。一尾獲れるだけで、その日の収入が大きく変わる。だからこそ丁寧に扱い、鮮度を保つ工夫を惜しまない。
食べる・体験する

実際にこの魚を味わいたいなら、いくつかの選択肢がある。
産地の料理店や旅館で食べるのが、最も贅沢な楽しみ方だ。島根県松江市、石川県金沢市、新潟県佐渡市(佐渡島)などには、専門の料理店が存在する。旬の時期に訪れれば、その日に水揚げされた新鮮なのどぐろを堪能できる。宿泊プランに含まれていることも多く、温泉とセットで楽しむのもおすすめだ。
通販やオンラインショップでも購入可能。ただし、鮮度が命の魚なので、信頼できる業者を選ぶことが重要。産地直送をうたっているショップや、冷凍技術に優れた業者を選ぶと失敗が少ない。価格は一尾3,000円から8,000円程度が相場だ。百貨店や高級スーパーでも時折見かけることがある。特に秋から冬にかけての旬の時期は、入荷する可能性が高い。ただし、都市部では価格がさらに高騰することもあるので、予算には余裕を持っておきたいものだ。
ベストシーズンは9月から翌年2月頃。この時期は脂が最も乗り、身がふっくらとする。特に11月から12月は、産卵前で栄養を蓄えているため、最高の状態で味わえる。
なぜ特別なのか、希少性と味の極致
この魚が特別なのは、単においしいからではない。漁獲の難しさ、資源の限界、そして脂の質の高さ。これらすべてが重なり合い、他の魚では代替できない存在になっている。市場に出回る量は限られ、価格は高止まりを続ける。だが、それでも人々は求め続ける。一度食べたら忘れられない、あの脂の甘みと旨味のために。
日本海の深い海で、静かに泳ぐ魚「のどぐろ」。その姿は、海の恵みの豊かさと、それを守り続ける漁師たちの努力を象徴している。
【食べる・購入する】
- 主な産地:島根県(浜田港)、石川県(金沢港)、新潟県、鳥取県、福井県
- 旬の時期:9月〜2月(特に10月〜12月が脂の乗りのピーク)
- 食べられる場所:産地の料亭、高級寿司店、居酒屋、鮮魚店
- 購入方法:産地直送の通販サイト、百貨店の鮮魚売り場(高価格帯)
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もっと知りたいあなたへ
うまいに、まっすぐ。新潟県「のどぐろ」
https://niigata-brand.jp/nodoguro/
農林水産省:にっぽん伝統食図鑑「のどぐろの干物」
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/menu/nodoguro_no_himono.html
本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。