2025.8.8

囲炉裏の記憶に包まれて〜灰焼きおやきと信州の風景〜

- SNSでシェアする -

信州に根ざす郷土料理「おやき」を食べたことはありますか?長野県に縁のある方にとっては定番のソウルフードですが、一般的にはなじみが薄いかもしれません。
地域の歴史や工夫が詰まったその郷土料理は、土地への縁の有無に関わらず、なぜか人々をノスタルジックな気持ちにさせてくれる不思議な魅力があるんです。今回はそんなおやきの魅力に迫ります。

信州おやきとは──具材・調理法で広がる魅力

一般的に知られる「おやき」は、小麦粉と蕎麦粉に湯を加えて練った生地に、あんや野菜など季節の恵みを包んで焼き上げた、信州を代表する郷土料理です。包む具材は、野沢菜、ナス、キノコ、カボチャ、切干大根など、昔ながらのものが多く、まるでおばあちゃんの台所をのぞいたような温もりを思い出させてくれます。信州らしく、味噌で味付けをしたものが多いのも郷愁を感じる一因でしょうか。

長野を代表する漬物である野沢菜漬けを細かく刻んだおやきは個人的にマストバイ。長野県を訪れた際には必ず購入しています。もともとは身近にあるものや季節の具材を入れて楽しんだ郷土食なので、各家庭や地域によってさまざまなバリエーションがあるのも魅力です。

調理方法もさまざまで、「焼き」「蒸かし」「焼き蒸かし」「揚げ蒸かし」「揚げ焼き」などがあり、一口に「おやき」といってもその味や食感は大きく異なります。

おやきを育んだ長野の自然と文化

長野の浅間山と田んぼの画像

おやきについて詳しくご紹介する前に、発祥の地である長野県について知っておきましょう。
長野県は本州のほぼ中央に位置する南北に長い県。その面積は全国4位と大きく、周囲は8つの県(群馬県・埼玉県・山梨県・静岡県・愛知県・岐阜県・富山県・新潟県)に囲まれています。

北西には飛騨山脈、南東には赤石山脈、北には白馬岳麓が走り、千曲川や木曽川、天竜川といった大きな河川も複数流れています。その河川沿いである上田市や佐久市、松本市などには盆地が広がり、農業に適した環境があります。同じ県内でも、標高差があるため地域によって気候の特徴が異なるというのも長野県の特筆すべき点でしょう。

そして、今なお活動を続ける活火山「浅間山」があるのも長野県。群馬県との県境にそびえるその山頂から立ち昇る噴煙を車窓から見て驚いた記憶がありますが、長野県では珍しい光景ではないようです。

白馬や志賀高原など、人気のスキー場も多く有しており、スキー場の数は北海道よりも多く全国1位!首都圏や中部圏からのアクセスも良いため、ウィンタースポーツをやる方にとってはなじみの深い県かもしれません。1998年の冬季オリンピック開催の地でもあり、記憶に残っている方も多いでしょう。

そんな山に囲まれた地形はおやきの発祥・発展に大きく関わるものでした。さて、お待たせしました——ここからはおやきの歴史を紐解いていきましょう。

信州おやきの起源 囲炉裏の灰から生まれた郷土の味

おやきの歴史は古く、縄文時代にルーツを持つといわれていますが、郷土料理として盛んに食べられるようになったのは戦国時代頃から。農作業の合間に簡単に作ることができ、携帯しやすい食べ物として親しまれてきました。
おやき発祥の地といわれる長野県の北信地方は、山や急斜面が多く、昔は涼しい気候の中で米を育てることが難しかったため、育てやすい小麦や蕎麦を使ったおやきがよく作られるようになったのだそうです。

囲炉裏で灰焼きおやきを作る画像

当時は各家庭に当たり前に囲炉裏があったので、「焙烙(ほうろく)」と呼ばれる鉄製の鍋で表面を焼いたあとに熾火(おきび)で温まっている囲炉裏の灰の中に埋めて蒸し焼きにし、周りに付いた灰を落として食べる「灰焼きおやき」が主流だったといいます。

この灰焼きおやきは、里から町へと伝わる中で、その地に合わせて材料や作り方が少しずつ変わっていきました。熱源は囲炉裏からかまど、そしてガスコンロへ。時代に合わせて進化・変化を遂げていきますが、根底にある郷土の味と想いは、変わらずに現在まで引き継がれているのです。

ちなみにこの灰焼きおやき、灰の衛生状態や温度の管理が難しく、現在の食品衛生法の基準では保健所から製造販売の許可が下りないため、新たにお店を出そうと思っても開店することはできません。しかし、発祥の地といわれる上水内郡(かみみのちぐん)西山地域周辺では、わずかですが昔ながらの灰焼きおやきを提供しているお店が残っています。

有名なのは2019年にグランドオープンした道の駅「いくさかの郷」内の「かあさん家」。地元の「かあさん」たちが生地から手作りをする灰焼きおやきは大人気で、毎日250個のおやきが午前中には売り切れてしまうといいます。約200℃の灰の中で40分蒸し焼きにされたおやきは、一般的なおやきとは異なり外の皮はカチカチ。しかし中はモチモチの食感とたっぷりの具材が楽しめる満足度の高い逸品です。お近くに行かれた方はぜひ味わってみてください!

焼く?蒸す?揚げる?おやきの多彩な調理法

蒸しあげられたおやきの画像

北信地方で生まれたおやきですが、現在では長野県全域に広がり、「長野といえば!」という郷土料理になりました。具材や調理方法がさまざまで、すそ野の広いおやき。調理方法による見た目や食感の違いを簡単にご紹介します。

①焼き
囲炉裏のまわりの網の上で表面に焦げ目をつけてから、中までしっかり火を通したおやき。現代ではフライパンや鉄鍋、鉄板で焼かれることが多い。カリッとした食感と天地にしっかりとついた焼き目は昔ながらのおやきの印象そのもの。

②蒸かし
蒸し器で作る、現代では一番定番のおやき。生地を作る段階でふくらし粉を入れるか入れないかで、皮の食感が変わる。ふくらし粉ありはフワフワ、ふくらし粉なしはモチモチの食感です。焼き目はついておらず、まんまるのコロッとした形が特徴。

③焼き蒸かし
表面を焼いた後に蒸し上げたおやき。カリカリとしっとりの中間というバランスの良い食感が楽しめる。形は平たく、天地に焼き目がついているものが多い。

④揚げ蒸かし
軽く揚げた後に蒸し上げたおやき。油をまとった皮が香ばしく、モチモチしているのが特徴。程よくきつね色に色づいていて、食欲をそそる。

⑤揚げ焼き
油で揚げてから焼いて中まで火を通している。カリッとしつつ、生地はふんわり。一度揚げているので、ぷっくりと膨らんでいて、見た目から香ばしい色合いが特徴。

ここで紹介した以外にもお店独自の製法で作っているところもあり、具材との組み合わせを考えると、そのバリエーションは無限大。カレー風味やトマトチーズなど変わり種のおやきを出すお店も増えているので、いろいろなお店のおやきを食べ比べ、お気に入りの一品を見つけるのも楽しそうです。

あなたのお気に入りの一口を見つけに

焼く・蒸す・揚げる——多彩な調理法に、季節の恵みを包み込むおやき。
素朴でありながら奥深く、食べるたびに誰かの記憶や土地の風景を呼び覚ます、そんな一口です。
もし信州を訪れる機会があれば、地元のお店で焼きたてを味わってみてください。
そして、あなたの「お気に入りのおやき」が見つかったら、その味はきっと、旅の思い出とともに心に残るものになるはずです。

ーーー
もっと知りたいあなたへ

長野県公式観光サイト
https://www.go-nagano.net
長野県生坂村 いくさかの郷
https://www.village.ikusaka.nagano.jp/ikusakanosato

- SNSでシェアする -