2025.4.23

戦後から75年間の銀座を見てきたレストラン。その変わらない意思(後編)

ムルギーランチ

そんな思い出多い店で、いつもの「ムルギーランチ」。実は個人的なこだわりがあって、店のインド人のにいさんがたに言われる前にこちらから「ムルギーランチください!」と伝えることにしている。みなさん広くご存知の「メニューは言わないと出てこない」「必ず口頭でこちらの注文より先にムルギーランチを勧められる」というあれへのカウンターというか、ちょいとしたお遊びである。インド人のにいさん達もニヤリとしてくれて楽しいのだ。

キャベツの甘み、マッシュポテトのまろやかさとチキンの滋味深い味わい。よく混ぜて味がちゃんと行き渡ったごはんをほおばって、口の中一杯にしてやるとぐいぐい広がる幸せ感。これぞ完全無欠のひと皿なのだ。

「ムルギーランチ」はおもしろく、そして不思議なメニューだと思っている。

「ムルギーランチ」には日本人誰もがおいしいと思える間口の広さがあるのだが、実は奥も深い。思うに食べ手の舌の経験が多くなるにつれ新しい気づきを与えてくれて、真実に近づけるというふうに感じているのだ。

岩手の鶏、素材の良さやこだわりからの深み。味や香りの調和というものがある正しいスパイス遣い。混ぜて食べることで出てくる美味しさ。どの要素もムルギーランチには必須のもの。そういうことがわかるまでにわたしは30年かかったということだ。

そこで一旦出した答えが「これはインド料理とカレーライスを繋ぐミッシングリンクなのではないか」というもの。

インド料理とカレーライスを繋ぐミッシングリンク

日本は不思議な食文化を持つ国だ。アジア全域で言えるのだが、アジアの食はその土地独自の郷土料理と中国料理のミクスチャーの2本だてになっている場所がたいへん多い。

例えばスリランカンチャイニーズというのがある。デビルポークという料理があるのだが、少しアレンジメントも感じるが食べるとほぼ酢豚の味。パキスタンにはホットサワースープの名前でクリアスープがあるが、ほぼ酸辣湯だな、とわかる。華僑の人々の食文化がその国の食と融合したメニューが根付いている、ということ。

ところが日本は外国の食文化を取り入れはするが、独自のものとして昇華、日本の食の中に取り込む流れを持っている。これはアジアの中では特殊であると感じるのだ。2本立てにならずに日本の食文化に取り込んでいく。中国から「ニッポンのラーメン」を食べにインバウンド層がやってくることからもそれが見て取れよう。カレーライスも然り、である。

ナイルレストランの料理、特にムルギーランチは日本化した外国料理と本国の郷土料理の間にあるミッシングリンクのように感じるのだ。

ナイルレストランの考え方

良いレストランというのはそれぞれ店の意思のようなものを持っていると感じている。ナイルレストランで言えば「変わらないこと、変えないこと」。

例えば従業員の面々。一番の若手は20年ここで働いている。30年40年は当たり前。信頼感や責任感が共有できて、任せられる人だけに長く仕事をしてもらう。食材業者も同じ。ムルギーランチの骨付き鶏モモは岩手県産。長く付き合いのある肉屋さんからの仕入れ。米も岩手県の「いわてっこ」のみ使用。極力農薬は使わない方針で育てられた米。

そしてもちろん、変えてはいけない絶対の味というものが「ムルギーランチ」などのレシピ。伝統ある料理を決して動かさない意思力と、その対になる、時代を読み新しいチャレンジをする瞬発力。両方が三代目のナイル善己氏の腹の中に引き継がれ、醸成されている。

ナイル善己氏の代で創業100年。そこに、個人という範囲を越えた伝統を守る責務を貫く姿勢がみえてくる。

何度見てもインドらしさの強い内観、外観のナイルレストランを楽しみながら、なぜかインド料理を食べにきた感覚よりも、インドだニッポンだ関係なく、銀座の信頼できる老舗に食事に来た満足感を強く覚えるのが常になっている。

もっと知りたいあなたへ
ナイルレストラン https://www.ginza-nair.com/