2025.10.27

杜の都 仙台・秋保で美酒と美食を巡るガストロノミーツーリズム(前編)

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「ガストロノミーツーリズム」という言葉をご存じでしょうか。

食を芸術・文化としてとらえ、地域の食材や風土を体験する旅行スタイルのことで、単なる観光ではなく、地域の魅力を再発見し、関係人口創出や地方創生に繋げる社会的意義を持つ取り組みのことをいいます。近年、体験重視の旅行へのシフト、サステナビリティへの関心の高まり、そしてインバウンドによる日本食の人気が複合的に影響し、注目を集めています。

今回は「仙台秋保 テルマエ酒紀行~美酒と美食に出会う一泊二日」の体験記を、前後編に分けてお届けします。

旅の始まりは仙台駅から

東京駅から東北新幹線に乗り、約1時間30分。仙台駅に降り立った瞬間、清々しい空気に包まれ、これから始まる「未知の体験」に好奇心がかき立てられます。

仙台城跡から仙台市街を望む画像

仙台市は「杜の都」といわれています。そのルーツは戦国時代、伊達政宗の時代に武士たちが屋敷内に植えた豊かな屋敷林にあるとされ、自然任せではなく、人々が手入れし育ててきた緑を意味する「杜」の字が使われています。仙台駅から郊外へ向かう車窓からは、見事な街路樹が立ち並ぶ様子が目に飛び込み、9月末だというのに、青々とした緑が眩しいほどでした。

海を越えたクラフトマンシップの融合、グレートデーンブリューイング

グレートデーンブリューイングの全景画像

バスを降りると、大きなロゴと、グレーとブラウンの落ち着いた色調が魅力的な建物が目に飛び込んできます。そこはまるで海外の小さな街にある醸造所のような、温かくもスタイリッシュな空間。まさに洗練されたブリュワリー&ダイニングといった佇まいです。

醸造家・清沢さんが語るグレートデーンブリューイングと秋保の地域性

共同経営者の清沢さんが、満面の笑みで私たちを迎えてくれました。彼が語ってくれたのは、グレート・デーン・ブリューイングを立ち上げるまでの経緯や、ビールへのほとばしる情熱。清沢さんの言葉ひとつひとつから、ビールづくりが単なる仕事ではなく、彼自身の人生そのものであることが伝わってきました。

説明をされる清沢さんの画像

グレートデーンは、アメリカ・ウィスコンシン州マディソンで1994年に創業した人気のクラフトビールブランドです。初の海外進出先として日本が選ばれ、宮城県からの誘致なども経て、仙台市秋保(あきう)が選ばれました。自然豊かな土地と清らかな水、そして何より秋保で暮らす人々との交流が決め手だったそう。実はこの後に訪問する秋保ワイナリーの毛利さんとの出会いと、秋保という地域にかける想いに共感したことも決定的要素だったのだと話されていました。

そして早速、清沢さんより工場内をご案内いただくのですが、足を踏み入れた瞬間から、甘く芳醇な麦芽の香りに包まれ、ツアー参加者一同、感嘆の声をあげます。工場のスタッフさんは、この香りを嗅いだだけで、その日何のビールを作っているのかが分かるのだそうです。さすがプロフェッショナル集団です。

グレートデーンブリューイング作業場の画像

工場内では、モルト室で麦芽を粉砕・配合する工程が説明されました。そして高い天井と広々とした空間に、大小さまざまな仕込みタンク、発酵タンク、貯酒タンクが並ぶ隣の空間へ移動。出来上がったビールを缶に充填するまでを詳しくお聞きしました。

またビールづくりにおいて、地域との強い繫がりが感じられます。隣接する田んぼで収穫された「ひとめぼれ」を副原料に使用することもあるといい、この土地の恵みを最大限に尊重する知的生産の証です。

清沢さんとロブ氏の画像

当日は、グレートデーンの創業者であり、2012年全⽶の最優秀醸造家に選ばれた⼀流のビール職⼈、笑顔が素敵なロブ・ロブレグリオさんが工場におられました。なんとアメリカの自宅を売却し、秋保に家を購入し移住されているそうで、そのこと一つ取っても、溢れ出る秋保でのビールづくりにかける情熱が感じられます。

ビールと料理のペアリングを楽しむ

レストラン内装とビールとランチでペアリングの画像

工場見学の後は、お待ちかねのランチタイム。工場に併設されたレストランは、インダストリアルな雰囲気とヴィンテージ感が溢れるお洒落な佇まい。什器や内装は、創業メンバーの方々が廃材を利用し作り上げたのだとか。一枚板で仕上げたテーブルは重厚感があり、配管むき出しの天井から吊り下げられたライトも雰囲気たっぷりです。

吹き抜けの壁に描かれたグレートデーンのロゴマーク画像

また吹き抜けの壁に描かれた大きなグレートデーンのロゴマークは、アメリカからのコンテナの外枠だった木材を解体し、壁に貼り付けて作られたそうで、ペンキも創業メンバーで塗られたとのこと。廃材に新たな命を吹きこみ活用する、サステナブルな取り組みに深い感銘を受けました。

そしてついに乾杯の時。ビールは目の前でサーバーから注いでいただくスタイルです。最大16種類もあるので迷いますが、定番の「GREAT LAGER」と秋保産米由来のほのかな甘みが広がる「秋保温泉ビール 湯上がりピルスナー」を注文しました。飲み比べてみると、香り、味わい、後味全てが異なります。同じ工場で生まれたとは思えないほど異なる個性が、クラフトビールの奥深さを雄弁に物語っていました。

「ビールにもペアリングを広めたい」という熱意が結実したビュッフェスタイルのランチは、野菜も魚も仙台市や宮城県の食材を積極的に使っているそうで、地元を盛り上げたい、大切にしたいという清沢さんたちの熱い想いがひしひしと伝わってきます。どの料理も絶品で、大いにおかわりしてしまいました。

清沢さんたちの情熱が詰まったビールは、喉を通り過ぎるたびに感動を与えてくれ、料理とのペアリングは一口ごとに胸に響く体験となりました。

秋保ワイナリーで味わう大地の恵み

秋保ワイナリーのブドウ畑の画像

ランチの後は、徒歩で5分とかからない秋保ワイナリーへ移動です。バスを降りると、目の前には広大なブドウ畑が広がっていました。ここで私たちは、ワインになる前のブドウを収穫するという、特別な体験をすることができました。

建築家からワインメーカーへ、秋保ワイナリーに息づく震災復興への情熱

迎えてくださった毛利さんは、元々は建築家という異色の経歴の持ち主。2011年3月の東日本大震災の後、自社が手掛けた沿岸部の建物調査に行き、そこで漁師さんや農家さんが実被害はもちろん風評被害に悩まれていることを知ります。

現地の復興支援会議に出席し、復興案を検討する中で、震災前に宮城県内に唯一あったワイナリーが津波被害により無くなったことを聞き、ワイナリーの復活とワインと東北の食材のマリアージュが、復興の一助に繋がるのではないかと動き出したとのこと。自治体に働きかけたりしたものの、芳しい動きの目処が立たず、最終的には「お酒は弱いし、詳しくない、そもそも農業も分からない」という毛利さん自らがブドウを栽培し、ワイナリーをオープンしたとの驚きの事実をお話くださいました。

秋保ワイナリーの説明をされる毛利さんの画像

笑いながら語っておられましたが、その過程では並々ならぬご苦労があったはずです。東北の復興を強く望み、生産者を守りたいという強い気持ちが原動力となり、成し遂げられた情熱に、私たち参加者は胸を打たれました。

ブドウの収穫体験

ブドウの収穫は、手作業です。1房を専用のハサミで切り落とし、選果と呼ばれる、腐敗した実や熟していない実、傷のある実を除外する作業を行います。ポイントは「生で食べたくない」と思う実を落とすこと。たしかに分かりやすく納得です。夢中で作業にあたり、あっという間に時間が過ぎていきます。この一粒一粒に毛利さんの想いと大地の恵みが詰まっている。そんなことを考えながらブドウを摘む時間は、かけがえのない宝物になりました。

ブドウの収穫と選果後のブドウの画像

選果が終わり、粒の揃ったブドウがカゴ一杯になった後は、毛利さんに醸造所での作業の様子を見せていただき、ブドウ品種の話を聞きながら広いブドウ畑を歩いて回りました。ブドウ畑は日当たりがよく、風が通りやすいよう均等に1列ずつブドウの木が植えられています。さらに水はけのよい土壌には、かつて建材として全国に出荷された「秋保石」と呼ばれる凝灰岩のかけらが混じっていて、この土地で育ったブドウには土壌に由来するミネラル分がはっきりと表れるのが特徴だそうです。

ワインと料理、秋保ワイナリーが紡ぐマリアージュの物語

マジックアワーの秋保ワイナリーとグラスに注がれたバンジーシードルの画像

収穫体験後に旅館で一休みした後は、いよいよディナーです。旅館から再び秋保ワイナリーに移動すると、時はまさにマジックアワー。山には夕日が落ち、空はオレンジ、黄色、紫色、紺色と淡いグラデーションに染まり、空気が澄んでいるせいか山の稜線が美しく浮き上がっています。昼間の暑さは落ち着き、若干肌寒さを感じるほどの外気ですが、バーベキューもできる広い庭園はライトアップで彩られ、ほのかに揺らめく灯りでムードは抜群。ウェルカムドリンクには「バンジーシードル」を振舞っていただきました。

その後、施設内のレストラン「TERROAGE AKIU(テロワージュ秋保)」へ移動します。「テロワージュ」とは、気候風土と人の営みを表す「テロワール」と、食と酒のペアリング、結婚を意味する「マリアージュ」を掛け合わせた、毛利さんが作られた造語です。

こちらのレストランのコンセプトは「究極のマリアージュは産地にあり」です。秋保周辺の農家さんが育てた野菜や、宮城・東北の食材とワインが織りなすディナーコースは、一皿ごとに生産者とシェフの情熱、そしてこの土地の物語が込められていました。

ワインとディナーコース一皿ごとの画像

毛利さんと同じテーブルを囲み、ワインと料理の説明を直々にうかがえるという贅沢な時間。料理はどれも、素材の味を最大限に引き出し、料理にあわせたワインとも相性抜群で、五感を揺さぶるようなマリアージュに感動が止まりませんでした。「ガストロノミー」が単に食事を楽しむだけではなく、その土地の気候風土や文化、歴史に根ざした食と文化の深い関係を知る体験であることを確信しました。そしてなにより、仙台市の豊かな自然と恵みである食材の豊富さ、それぞれの生産者や作り手の想いを身近に感じられたことは、今後旅行先を選ぶ時の最有力候補になることでしょう。

美食と美酒に酔いしれ、もちろんお土産にワインを購入し、私たちは再びバスに乗り込み、「伝承千年の宿 佐勘」へ戻りました。

後編はツアー1日目の夜からお届けします。

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もっと知りたいあなたへ

グレートデーンブリューイング
https://greatdanebrewing.jp/
秋保ワイナリー
https://akiuwinery.co.jp/

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