2025.9.5

川崎大師の祈りとともに生まれた煎餅~堂本製菓「大師巻」が愛される理由~

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「厄除けのお大師さま」として有名な神奈川県の川崎大師。こちらの名物といえば、やっぱり「大師巻(だいしまき)」ではないでしょうか。連日、お店の前には開店前から長蛇の列ができており、なんと開店前に売り切れてしまうほどなのです。その人気ぶりには驚かされますが、一度食べてみれば納得のおいしさでした!

先日、行列に並んで入手した方から運よくおすそ分けをいただき、ついにその味を体験することができましたので、その味とともに、縁深い川崎大師についても深堀していきます。

由緒ある厄除けのお大師さま

川崎大師平間寺大本堂の画像

「大師巻」という名前、まず気になりますよね。

これは、川崎大師(正式には「川崎大師平間寺(かわさきだいしへいけんじ)」)にちなんで名付けられました。

川崎大師は、京都東山七条の智積院を総本山とし、成田山新勝寺(千葉県成田市)、髙尾山薬王院(東京都八王子市)とともに、真言宗智山派の大本山の寺院の一つです。

平安時代の武士「平間兼乗(ひらまかねのり)」が、無実の罪で国を追われ、川崎で漁師として暮らしていた42歳の厄年の時のこと。「自分の姿を刻んだ像を海に放ったので網で取って供養してほしい」という高僧の夢を見ました。

信心深い兼乗が夢のお告げに従って漁に出ると、海中から本当に木彫りの像が見つかりました。なんとそれは兼乗がもともと信仰している弘法大師空海の像だったのです。

感動した兼乗はその像を祀って供養し続けました。するとそのご利益で自身の厄が取り除かれました。時を同じくして、偶然に兼乗のもとを訪れた高野山の尊賢上人(そんけんしょうにん)という徳の高い僧がこの話を聞いていたく感動し、兼乗と力を合わせて寺を建立することにしたそうです。そして御本尊として弘法大師像を祀りました。平安時代末期の1128年のこと、これが川崎大師の始まりです。

こうした由緒から、川崎大師は「厄除けのお大師さま」として親しまれるようになり、以来900年近くの長きにわたって全国から篤い信仰を集めています。門前の仲見世通りの人気も相まって、年末年始になると多くの方が参拝に訪れ、特に正月三が日は約300万人もの人で賑わいます。

大師巻の誕生

そんな川崎大師の近くで1929年(昭和4年)から米菓製造販売を営んできた「堂本製菓株式会社」が大師巻を販売したのは昭和50年代前半。現社長の祖父である三代目が周囲の方に助言を受けながら作ったのが始まりだそうです。揚げた煎餅が「御大師様」、それを包む海苔が「袈裟」に見えることから、地元の名所川崎大師にあやかって「大師巻」と名付けられました。

堂本製菓は、もともとは東京がまだ東京市だった頃の1909年(明治42年)に、本所区柳町で米菓製造販売業として始まりました。その後、八王子への移転を経て、関東大震災後に川崎に製造卸業として根を下ろしました。川崎大師の仲見世の土産店に卸して販売するところから始まった「大師巻」。義理堅い三代目は同地で自社での小売販売は行わなかったのだそう。

時代の流れとともに、自社工場併設の本店や川崎駅ビルに出店した店舗などで小売販売を始めるようになり、徐々に地元での人気が高まってきた矢先、テレビ番組で、とある歌舞伎役者が楽屋土産として頻繁に利用していることが紹介されるとその人気に火がつきました。連日のように買い求める客が殺到し、今では入手困難な銘菓となっているのです。

ちなみに川崎のこの地域、昔は海苔の養殖がとても盛んだったそう。しかし時代とともに海は埋め立てられ、海苔づくりの文化も姿を消していきました。そんな「かつての川崎」の記憶を今に伝えたい。そんな思いも込められているのがこの大師巻です。背景を知ってから食べると、味わいの奥行きがぐっと深くなる気がします。

実際に食べてみました

それではお待ちかねの実食です。今回は実際に醤油味と塩味の2種類をいただきました。どちらも国産のお米と海苔を使用していて、素材へのこだわりが伝わってきます。

塩味と醤油味の大師巻のパッケージ画像

醤油味:甘じょっぱさと磯の香りが好バランス

まずは醤油味から。袋を開けた瞬間に、ふわっと海苔の香りが広がってきて、それだけでちょっと気分が上がります。一口かじると、パリッとした海苔の軽やかな食感。海苔が煎餅にぴったり貼りついていない「ふんわり巻き」になっていることで、湿気を吸いにくいのかもしれません。煎餅も軽やかで口の中であっという間にほどけます。

煎餅の味付けは甘めの醤油だれ。そこに焼き海苔の磯の香りが合わさって、なんともいえない絶妙な塩梅。ついつい二つめに手が伸びてしまう、後引くおいしさです。大師巻を食べた人がよく口にする「何個でも食べられる」という言葉がよく理解できました。

塩味:シンプルで奥深い、大人の味わい

続いて塩味。パッケージを開けると、海苔の表面にきらっと見える塩の粒と、うっすらと光る油分が目にとまりました。実際に食べてみると、塩の粒がほどよくきいて、海苔の香ばしさがさらに広がります。

煎餅自体は素朴さも感じる味わいですが、お米の甘さがふわっと引き立つ仕上がり。全体としてはやさしい味ながらとても印象に残ります。素材の良さがいかされた塩味で、タイプは異なりますが、醤油味と甲乙つけがたいおいしさです。

「一緒に食べる」ことで完成する味

大師巻の面白さは、煎餅と海苔が単体でもおいしいのに、合わせて食べるともっと良さが引き立つところ。食感・香り・塩味、それぞれのバランスが絶妙なのです。

やりすぎず、足りなすぎず。人の感覚にしか出せないニュアンスが、そこにはあるような気がしました。

老舗が守る、手包みの優しいおいしさ

川崎の地に移転して以来、100年近く地域とともに歩んできた堂本製菓ですが、驚くべきは今でも手作業の工程が多く残っていること。大鍋で煎餅を揚げ、炭で乾燥させ、ひとつひとつ丁寧に手作業で海苔を巻く——この昔ながらの製法を今でも大切に守っています。

大師巻の煎餅は形が必ずしも均一ではないため、熟練の職人が手巻きで海苔を丁寧に巻いています。いわれてみると、きゅっときれいで、それでいてちょっとやわらかい表情があるように見えます。この「やさしい海苔の巻き加減」は手で包んでいるからこそなのです。

そして「大師巻」はたくさんの賞も受賞しています。

2005年(平成17年)「かわさき名産品」に認定され、2009年(平成21年)には川崎市民の投票による「私のイチ押し地元コンクール」で優秀賞を受賞。さらに2013年(平成25年)には日本最大の菓子展示会である「全国菓子大博覧会」で「全菓博会長賞」を受賞しました。

その後も2014年(平成26年)、「神奈川県指定銘菓」に認定され、2019年(平成31年)には「かながわの名産100選」に選ばれています。

数々の受賞歴があり、地元はもちろん全国にたくさんのファンがいる銘菓なのです。

物語と一緒に気持ちまで贈りたくなる逸品

正直、食べるまでは「お煎餅ってそんなに違うものなの?」と思っていたのですが、これは他の煎餅とは一味も二味も違いました。軽やかな食感と海苔の風味は癖になり、自然と「また食べたい」という気持ちにさせられます。煎餅好きはもちろん、「由緒ある手土産を選びたい」という人にもおすすめしたい逸品です。この煎餅を贈るときは、「おいしいから食べてみて」だけではなく、「ちょっと話を聞いてほしくて」と添えたくなるかもしれません。

食べ終えたあとに「なんだかいい時間だったな」と思えるお菓子、あなたにはあるでしょうか。大師巻は、その一つでした。川崎で育まれた海苔の文化と、地元で親しまれる川崎大師への想い、そして堂本製菓の手間暇を惜しまない手仕事。そんな土地の記憶と人の気持ちが、大師巻という一つのお煎餅にぎゅっと詰まっています。

本店は川崎大師から少し離れているけれど、それでも朝から行列ができる理由がちゃんとわかりました。

次は、その行列に並んでみたくなりました。きっと、その時間ごと、大師巻の思い出になる気がしています。

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もっと知りたいあなたへ

堂本製菓株式会社
https://www.doumoto.co.jp/
川崎大師平間寺
https://www.kawasakidaishi.com/

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