古を受け継ぎつつ、新しい挑戦に取り組む事業者をサポート(奈良県明日香村:明日香村商工会)

奈良県明日香村は、奈良盆地(大和平野)の南東部に広がる人口5,400人、面積はわずか24.08平方キロメートルの小さな村だ。訪れたことがある人はどのくらいいるだろう。行ったことはなくとも、日本で学校教育を受けた人ならば必ず習った記憶があるはずの飛鳥時代、日本の中心地はこの明日香村にあった。石舞台古墳、高松塚古墳、キトラ古墳、といえば歴史好きにはすぐ分かる場所である。
この小さな村が、現在は海外からのインバウンドや日本でもありきたりな観光ではない楽しみ方を追求する人たちから注目されている。そのベースを行政と事業者とともに創ってきたのが「明日香村商工会」である。
体験型旅行コンテンツで魅力を発信
―明日香村商工会が運営されているウェブサイト「ASUKATAIKEN」は充実していて、とてもわかりやすいですね。商工会では今、どんなことに取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
明日香村商工会:インバウンドを基本とした、高付加価値旅行者層を対象に、体験型旅行コンテンツを制作しています。商工会では明日香村を含む周辺自治体(橿原市、高取町、桜井市、宇陀市、下市町)をはじめ、奈良県やさまざまな団体と連携をとりながら教育民泊旅行(ホストファミリー)事業に関わってきました。コロナ禍前には世界各国からの学生を年間に6,000人ほど受け入れていたんです。コロナ禍にはストップ期間もありましたが、近隣の都会から密を避けて明日香村へ来られる方もいらっしゃいましたね。商工会が毎年主催する「ストロベリーフェア」は、コロナ禍にも来訪者数が減少はしなかったんです。そういった経験から、「明日香には魅力がある!」と信じ、この魅力をさまざまに発信していこうと考えて取り組んでいます。

―体験型のコンテンツとのことですが、現在もっとも人気なのはどんなものですか?
明日香村商工会:醤油絞り体験です。明日香村に100年以上続く醤油蔵の「徳星醤油」には、先代から引き継いだ吉野杉でできた立派な杉樽があります。昔ながらの製法で醤油を作っていて、地域の人はほとんどこちらの醤油で育ってきたと言われているんですよ。明日香村は、開発規制が厳しく、村全体が「明日香法」という国の法律(正式には「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」)で守られています。そのおかげで水が綺麗なんです。その綺麗な地下水を使って仕込まれるのが徳星醤油です。
―古都保存法は京都や奈良、関東では鎌倉市などにも制定されていますね。
明日香村商工会:他の市町村では、一部の地域が対象となっているのですが、明日香村は村全域が指定されています。観光地だけでなく実際に人が生活をしている場が全て対象地域というのは全国でも明日香村だけなんです。村全体を見渡せる場所から村を眺めると、明らかに近隣の地域と違うんですよ。タワーマンションもなく派手な看板もない。

この法律に守られて水も空気も綺麗です。というわけで綺麗な地下水で仕込まれた醤油の原料のもろみを、ツアーのために開発したオリジナル搾り器を使って搾り、瓶に詰めてもらい、そのラベルにペイントしたりシールを貼ったりして「My醤油」を完成させる。これが今一番人気の体験コンテンツです。
その他にも、飛鳥時代の歴史を体感するサイクリングツアーや、キトラ古墳の夜間特別入場が含まれるナイトミステリーツアーなども人気です。
地域とのつながりを大切に
―事業者をはじめとして色々な関係者との折衝などがあると思いますが、地域・地元との距離感や連携について教えてください。
明日香村商工会:商工会の主役はあくまでも事業者さんたちです。主事業のお邪魔にならないようにお願いをしていますね。また、関係各所でいえば普段は入れない場所や火を使ってはいけない場所などもあり、特別な許可を必要としたり、国営公園の方にもご協力をいただいて成り立っているツアーもあります。

奈良県内の他商工会のネットワークも活かしつつ、明日香村以外の地域の自治体や事業者との連携体制も構築してきました。実際にツアー内では、県内吉野町の事業者と連携して吉野杉で作られた品を使っています。
―奈良県とも連携されているのでしょうか?
明日香村商工会:奈良県は観光庁「地方における高付加価値なインバウンド観光地作りモデル事業」のひとつの選定エリア(紀伊山地および周辺地域)のメンバーでもあります。 私たちも、全体の事業を束ねる奈良県ビジターズビューローと連携しながら、紀伊半島地域への誘致やプロモーションを実施しています。
その他に、奈良県とは先にお話した教育旅行での連携をはじめ、最近ではインバウンド観光の専門家監修のもと、県内の観光事業者を支援する伴走支援事業(3年間)に参加する機会を持つことができ、魅力的な観光商品造成の手法や考え方などについて学びました。この事業へ参加できた県内の事業者とのつながりを活かして、地域間での連携を強化することも大切だと思っています。
ユネスコ世界遺産登録をめざして
―明日香村商工会として、インバウンド向けのコンテンツを手がけることになったきっかけを教えてください。
明日香村商工会:明日香村は、実は来年度に「ユネスコ世界遺産登録」への可能性が高まっています(2024年9月に文化庁推薦、2025年1月に政府推薦が決定)。もちろんそれ以前から、インバウンド熱の高まりもあり、関係者と協力して魅力的なコンテンツ作りに取り組んできたことは先ほどからお話ししている通りです。

しかし、世界遺産に登録されて人気のディスティネーションになった場合、いざ来訪いただいたとしても、今までと同じように遺跡やお寺を巡ってすぐに帰ってしまう方が大半で、滞在時間も短く、村内での消費も単価が低くなる可能性があります。それは残念すぎますよね。だったらどうすれば良い?と考えた時に、「こちらから地域の魅力をどんどん発信・提案して、滞在時間を延ばして地域にお金を落としてもらおう」と。
―やはり商工会としては会員事業者の事業に展開できることを、ということですね。
明日香村商工会:そうですね。県内では奈良市が近年はオーバーツーリズム状態となっていて、これは京都や鎌倉などと同じです。今こそ、明日香村の魅力である美しい里山の原風景を、海外からのお客様や、まだ訪れたことのない日本各地の方々に伝える必要があると思っています。
ただ、闇雲に来てもらうのではなく、本当に明日香の魅力をわかってもらえる方々に来ていただけるような準備が必要だと考えました。
―事業をされている中で、困難もあったと思います。それを乗り越えたきっかけはありましたか?
明日香村商工会:事業開始当初は、コンテンツを作ることに精一杯で、販売に繋げることに時間がかかりました。初めて取り組むことも多く、「本当に売れるのか、適正価格はどこなんだろう?」と毎日非常に悩みました。
他の地域の取り組みを調べたり、視察に行ったりする中で「日本人が楽しい!と感動する点と、外国人のお客様が楽しい!と感動する点は同じ」だとわかってきたんです。その気づきは、自信を持って前に進むきっかけになりました。
そこから、旅行会社の方や専門家の方に実際に明日香村に来ていただき、私たちのコンテンツを体験してもらい、ブラッシュアップを重ねてきました。訪れてくださった方に「楽しかった!また来たい」と言ってもらえた時には手応えを感じましたね。
できる限りたくさんの地域の事業者と一緒に、明日香村を楽しめるコンテンツを創りたい
―地域の事業者とともにコンテンツを創り上げて来られたことをお話から実感しました。商工会として何を中心に据えてやってこられたのでしょうか。
明日香村商工会:常に考えていることは、「ひとつのコンテンツの中に、できる限りの地域の事業者を組み込み、協力いただきながら創り上げる」ことです。たとえば、先ほどご紹介した醤油絞り体験も、徳星醤油さんだけでなく、そのツアーの中でたくさんの事業者さんに協力いただいています。
村に100年続く「下出豆腐」という豆腐屋さんの豆腐を絞ったばかりの醤油で食べたり、法隆寺近くの「益久染織研究所」で特注で誂えたオーガニックコットン・手紡ぎのオリジナルバックに入れてマイ醤油を持ち帰ってもらうなどですね。奈良県は江戸時代には綿の産地として名高く、綿産業が栄えていたんです。そんなエッセンスもお伝えしています。

さらに、明日香スタンドという古民家を改修したカフェ&ショップで、これも村の和菓子屋さん「今西誠進堂」の団子と徳星醤油を使ったタレで、みたらし団子を焼いていただきます。出来立てのみたらし団子、とても美味しくて好評です。
ちなみにこのカフェは商工会青年部と事務局が中心となってリノベーションしたもので、奈良県建築士会の建築デザイン賞で最優秀賞を受賞しました。
―今後の目標や、事業計画など将来についてお聞かせください。
明日香村商工会:体験コンテンツや地域の魅力を伝えるには欠かせない観光ガイドの育成にも取り組んでいます。地元奈良県の方が多く参加してくださり、約半数は飛鳥地域の方でした。現在は体験コンテンツでも活躍されているんですよ。
明日香村には、地道に頑張ってこられた事業者さんがまだまだたくさんいます。今後はそういった方達にスポットライトが当たるように、明日香村を楽しめる新たなコンテンツを創っていきたいですね。良い循環を関係者と築き上げたいですし、みなさんと一緒にこれまでのコンテンツもさらに伸ばしていきたいと思っています。
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もっと知りたいあなたへ
明日香村商工会
http://web1.kcn.jp/asuka/
明日香村商工会(ツーリズム) Asuka’s experience
https://asuka-taiken.jp/
明日香村商工会(ツーリズム 英語版)/Asuka Village commercial and industrial Association(Tourism English)
https://asuka-experience.com/