2025.4.17

「ものづくりができない」ビジネスマンは「つくる」を支えるひとになった(福岡県糸島市:かえでの杜)

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福岡の中心部から車で40分も走れば、リゾート地のような美しい海と緑の自然に恵まれた土地にたどり着く。それが糸島だ。地下鉄と直結する鉄道駅もあり、日常の延長にあるロケーションながら、その気候と風土の良さに全国からの移住者も多く住まう土地である。

「かえでの杜」は、糸島に2024年にオープンした古民家カフェ。県内久留米市からの移住者の2人が運営するこのカフェ、ただのカフェではなく糸島に対する愛情と夢の詰まった場所だった。

やりたことをやれる場所にたどり着いた

―「かえでの杜」はなぜ糸島に作られたのでしょうか。

稲吉勝富さん(以下、稲吉):私たちは、2年前までは福岡県内の久留米市に住んでいました。私自身は外食産業やブライダル事業などを20数年経営してきたんです。そこから本田との出会いと参画もあり、ここ10年くらいは通販事業やデザイン事業などをメインにしています。現在もまだ一部事業は久留米に残していますが、昨年2024年に糸島に本拠地を移しました。なぜ糸島かというところですが、ここはご承知の通りに景色も環境も素晴らしいところで、県内でも有数の観光地のひとつです。福岡県民にとっては、若い時からことあるごとに遊びにくる場所だったこともあり馴染みがありました。

糸島の綺麗な海

そして、ビジネス的にはこれがとても大きいんですが、糸島には個人事業主の方が非常に多いんです。たとえば、キッチンカーで何かを作って販売したり、好きなアクセサリーづくりを仕事にされたり、そういう好きなことを仕事にしている事業者さんが大小問わずたくさんいる。そんな方々のお役に立ちたい、という部分も大きかったですね。移住者のアーティストさんも多くいらっしゃいます。

本田和加奈さん(以下、本田):皆さんが、自由を求めて来ているみたいな雰囲気があって、アーティストさんたちが集まって来て、ブームに火をつけたようなところがあります。やっぱり移住者にも優しい街で、やりたいことをやる、やりに来ている人が集まっている場所という感じもあると思います。

稲吉:これまでに出会えなかった人たちとの出会いもたくさんある。われわれが役に立てることがある場所としてこの糸島に辿り着き、ここで事業をしようと決め動き始めました。

―現在はカフェをはじめどのような事業をされていますか。

本田:地元の原料を使って「伊都おこし」というお菓子の企画・プロデュースを行ったり、地元の事業者さんたちをデザインや企画でサポートしたりといった仕事をしています。

稲吉:糸島には、生産力や作っているものは素晴らしいのに、販売力がなかなかない事業者さんが多くて、そのお手伝いをしたいという思いがありました。本当に売れる、潜在力のあるものをしっかりとマーケットに届けるというところでは役に立てるだろうと思い、事業として手がけることにしました。

「おこし」で「地域おこし」に貢献?

―「伊都おこし」はオリジナルで作られたものだと思いますが、もう少し詳しくお聞かせください。

本田:糸島に元々「おこし」があったわけではないんです。だから実は糸島の伝統菓子ということではないんですよ。

伊都おこし

稲吉:私が地域おこしに関心があって、何か事業として地域おこしに関われないかと考えていたんです。そんな中、ふと思い出したことがありました。故郷の久留米にはかつてすごく有名な「おこし」をつくる店があったんです。久留米の子どもたちはみんな知っていて、それを食べて育ったというような地元のお店です。それを思い出して、ふと「おこし」ってどんなものなんだろうと調べてみたんです。

「おこし」は、日本最古のお菓子といわれているそうで(編注:諸説あり)、奈良時代の「日本書紀」に「おこし」の原型が記されているとのことでした。その他にも、色々な書物におこしの一節が載っているそうで、「おこし」ってやっぱり伝統的なものなんだなと思いました。何と言っても名前も「おこし」ですしわかりやすい。これは地域おこしにもピッタリじゃないかと考えました。

本田:伝統的な「おこし」は砂糖蜜などで固めますが、これはバターと生クリームを使った塩キャラメルでコーティングしていて、お米のお菓子ですが洋風の味わいで人気商品になりました!

2023年の「世界のワースト料理100」で「おこし」が73位に入っているんですが、「伊都おこし」は外国の方にも好評です。

―実際には、どのあたりが地域おこしに繋がっているのでしょうか。

稲吉:安心できる材料で美味しい「おこし」を作りたかったのですが、良いものを使うことは高くなるということ。でも、あまり売価を高くしたくないという思いがあって、何とか商品を値上げせずに、しかし農家さんの支援にもつながる取り組みにできないかと考えている時に「中米(ちゅうまい)」の存在を知りました。

お米の画像

本田:私は元々添加物について学んでいて、無添加食品に関する講座の講師を務めていたので、原材料については私がうるさく目を光らせています。

中米は、実は農家さんでたくさん出るものなんです。私たちが普段食べているご飯のお米は、ふるいにかけられて残った大きな粒で色や形が良いもの。

せっかく農家さんが作ったお米なのに、もったいないじゃないですか。それを有効利用できればと思って、「伊都おこし」には中米を使っています。売れなかったお米を利用して作った「おこし」が売れるということは、少しは地域おこしに貢献できているかなと思っています。

素晴らしいものをつくる人を支えるのが自分のできること

―なぜ地域おこしや小さな事業者のサポート事業に関心を持たれたのか教えてください。

稲吉: 元々、私は幼少期から手先が不器用で、ものを作ることが苦手でした。人よりうまくできたことはほぼありません(笑)。ですが、自分ではものづくりはできないけれど、日本って素晴らしいものを作っている人がたくさんいるじゃないかと気づきました。そうやって周りを見渡した時に、身近にもそういう人たちがたくさんいることにも気づいたんです。でも、さっきも申し上げたように、良いものをつくるからといって必ずしもそれが日の目を見るわけじゃないんですよね。そういう現状を見ていて、僕はたまたま商品を開発したり、デザインしたりというのが比較的得意分野だったので、サポートしていきたいと思いました。

―私たちKURAFTの想いと繋がるところがあるように思います。

稲吉:本当ですね。ものづくりが上手な人って、職人気質だったりするのもあるのでしょうが、情報の発信が苦手だったり、発信の仕方自体を知らなかったりするんですよね。ものづくりは自分ができないから余計に憧れがあると思いますが、関われることがとても楽しいです。

―移住して事業をされていて苦労したことなどはありますか。

稲吉:糸島に引っ越してきてからは、本当に苦しかったことって基本的にないんですよ。過去にかなり苦労した時期はありましたが、糸島では本当にない。強いて言えば、「かえでの杜」はほとんどがDIYで創り上げてきたので、真夏の恐ろしい暑さの中で外壁を塗ったりしたとか、体力的な部分で苦しかったなあということはたくさんあります(笑)。

壁塗り写真

本田:あれは本当にキツかったですね(笑)。私は講師の仕事がコロナで対面ではできなくなってしまって、オンラインで仕事をするようになったんですが、ずっと何か「いいものを作りたい」という思いがあって、いいものを使ったお店をやりたいというのもずっとありました。なので今、糸島に来て、カフェで提供する食事は材料からこだわり抜いたものをお届けできていてとても嬉しく思っています。

稲吉:今は本当に幸せなことばかりで、自分も人もとにかくやっぱり笑顔が多いんですよ。大らかに生きたいと思って糸島にやってきたので、今そう言えるということは引っ越してきて良かったんだなと。自分の未熟さで苦しかった時代を経て、今がとても嬉しい。ものづくりはできないけれど、サポートすることで貢献できている実感もあります。

みんながお茶を飲みがてら相談できるような場所でありたい

―はっきりと幸せだとおっしゃれるほど、糸島での生活が充実されているお二人ですが、今後の展開や将来の目標などを教えてください。

お二人、建物の前で並んでいらっしゃる写真

本田:「かえでの杜」では現在、北投石(台湾原産の遠赤効果があるといわれる石)を使った浴槽のお風呂と、岩盤浴ができるような設備を作っています。これは唯一と言ってもいいかもしれませんが、私のこだわりで、「ここだけは譲れない!」と時間をかけています。

稲吉:大工さんと左官さんと話し合いながら作り込んでいます。こういった整備もコツコツと進めていて、民泊事業もできるようになりますので、それが直近での目標ですね。「泊まれる古民家カフェ」として、2026年の早い時期にスタートしたいと思っています。

あとはやっぱり、事業規模に関わらずいいものを作られている方を本当に応援したいというのが一番なんです。ですので、それを真面目にコツコツやっていきたいということです。あと、かえでの杜は、デザインは商品開発を行う事務所としての機能を持たせていますが、古民家カフェを併設しているのは、例えば地元の方達が作業着でふらっとお茶を飲んだりランチを食べにきて、縁側ででも気楽に話せる場所にしたら、そういう方たちが気楽に相談に来てもらえるんじゃないかなという思いがあるから。

本田:やっぱり顔を見て話すのって大事だと思うんです。だからお茶を飲みに来て「ついでに聞きたいんだけど」って、そういうふうにしたいですね。

稲吉:糸島には、陶芸の窯元もたくさんありますし、食品も魅力的なものがたくさんある。でも、陶芸家さんも農家さんも、販売まで手が回らない方やそれが苦手な方がすごく多いんです。自分たちはもちろんですが、今後は行政も巻き込んで、一緒にそういう人たちをサポートしてみんな笑顔で大らかにやっていきたいなと思っています。

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もっと知りたいあなたへ

かえでの杜
https://kaedenomori.hp.peraichi.com/

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