2025.5.22

伊勢神宮奉納品・クラフト醤油のブランド化を成功させた熱い想い(三重県伊勢市:伊勢醤油本舗)

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三重県伊勢市、言わずと知れた伊勢神宮のお膝元、三重県中部の海沿いの市である。いわゆる「お伊勢参り」として、江戸時代から庶民にとっての一世一代の旅の目的地とされた伊勢に、伊勢醤油本舗はある。内宮前の「おかげ横丁」と呼ばれる賑やかな通りに、小さいながらも活気のある店舗を構え、常に多くの観光客が店先に集まっている。

そんな伊勢醤油本舗を率いるのが、上野毛戸 宏(うえのもと ひろし)社長だ。立ち上げから常に先頭に立ち、このブランドを現在の成功にまで導いてきた情熱に迫った。

電話1台から始まったブランド「伊勢醤油」

―伊勢醤油本舗の成り立ちと、事業内容について教えてください。

上野毛戸社長:私ども「伊勢醤油本舗株式会社(以下、伊勢醤油本舗)」の親会社は「ヤマモリ株式会社(以下、ヤマモリ)」といいまして、明治22年(1889年)の創業以来、醤油やタレ、レトルト食品をはじめ、飲料などさまざまな商品を手がける食品会社です。三重県桑名市に本社を置いており、現在ではタイフードでもお馴染みかもしれません。

そのヤマモリをはじめとして、醤油といえば、35年前はスーパーの特売品とかチラシの安売り目玉商品といった位置付けだったのです。

そんな状況の中で、当時のヤマモリの三林憲忠社長(現会長)から「醤油のアッパーブランドを作ろう」という話が持ち上がりました。醤油というのは、半年間寝かせて発酵させて作るものです。手間暇かけて作っているのにも関わらず特売商品として安く売られるものになっている。ですから、もっと醤油のブランド力を上げていこうということだったのですね。

ところが、やっぱり「ヤマモリ」ですから、そういうことをやるには会社も変えた方がいいんじゃないか、という声もあって、伊勢醤油本舗が立ち上がりました。

―それが、1993年ですね。

上野毛戸社長:そうです。1993年の7月に始まりました。当初はヤマモリの社内、私の机の上に電話が1台あるだけだったんですよ。お店はありませんでした。現在のおかげ横丁の店は、2011年にオープンいたしまして、そこからはそちらを伊勢醤油本舗の本社兼本店としました。

伊勢醤油本舗おかげ横丁本店の店先の画像

―意外と最近の会社なんだなと思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。

上野毛戸社長:はい。はっきり申し上げると、われわれ伊勢醤油本舗は100年200年前からあるような、いわゆる老舗の醤油屋ではありません。あくまでもヤマモリという会社が、ブランディングのために作った会社なのですが、やはりこのロゴマークをつけて「伊勢醤油本舗」といって世の中に出ていくと、「これはお伊勢さんにゆかりのある老舗なのだろう」と、皆さん想像されるんですね。

実はそうではないのですが、このような流れが生まれたものですから、どんどん「老舗のイメージ」が育っていってしまったのはあります。「蔵を見学させてほしい」といったお話をいただくようになったりして、蔵はともかくとしても、お店はきちんと作ることにしました。おかげ横丁はなかなか空き物件が出ないのですが、たまたま15坪の小さな店の空きが出たため、そこに伊勢醤油本舗のお店を作りました。

―老舗の方が、商売に有利だったりするのでしょうか。

上野毛戸社長:そこはいろいろな考え方があるでしょうね。現状ではもう、老舗だからとかそうではないからということで伊勢醤油というブランドに影響はありません。しかし、例えばいくら老舗でもお店がなければお客様との接点が持てませんよね。つまり、ブランディングやマーケティングでいう、タッチポイントがない。それは新興とか老舗とかは関係なく、どうしても必要なものだと思っています。

伊勢醤油本舗というブランドのタッチポイントとして、お店があり、われわれ製造者とお客様との交流の場所になる。今からどう頑張っても過去200年300年という歴史は作れないので、そこについてネガティブに考えることはあまりありませんね。

「伊勢」をブランド化した醤油作りへの挑戦

伊勢醤油吟香仕込みの6本セットの画像

―伊勢醤油についてもう少し詳しく教えていただけますか。

上野毛戸社長:1994年、酒税法の改正もあって、98年ごろにかけて「地ビール」というのが流行りました。全国各地でマイクロブルワリー(醸造所)ができて、地元の名前をつけた特徴あるクラフトビールがたくさん登場しました。これを見て「地ビールがあるなら、地醤油(じじょうゆ)があってもいいんじゃないか?」と考えたんですね。

先ほどのヤマモリの三林会長が言われた「アッパーブランドの醤油」とリンクしますが、スーパーの特売品ではないブランド化した醤油を作ろうとここまでやってきました。

伊勢という土地は、お伊勢参りが盛んだった当時から現在まで、濃口醤油とたまり醤油の混在地区であることが諸文献からも明らかになっているのですが、お伊勢参りで全国から伊勢を訪れた人たちの舌を満足させた料理に、醤油は欠かせなかったはずなんです。その濃口醤油とたまり醤油の良さを併せ持った理想的な醤油を、蘇らせたというよりも、現代の「地醤油」として新たに作り上げたのが伊勢醤油です。

もちろん伊勢国(三重県)の地醤油ですから、原材料は地元三重県産のものを使い、地元の蔵で仕込んでいます。大豆はうまみの強い「フクユタカ」、小麦は香りが強く出る「ニシノカオリ」です。

一般的な醤油(濃口・淡口)は、大豆と香りの小麦の配合比率が5:5となっているのですが、伊勢醤油は7:3です。この割合は黄金比率で、大豆がうまみ、小麦が香りに寄与しますが、伊勢醤油は大豆を多く仕込むことで、たまりのようなうまみを持ちながらも、吟香仕込みという独自の製法で少量の小麦でも香りが引き立ちます。これが伊勢醤油の大きな特徴です。

三重産の大豆畑の画像

2016年にG7伊勢志摩サミットが開催されたのですが、各国首相をもてなしたワーキングランチでお造りと握り寿司のつけ醤油に、また伊賀牛にもワサビを添えてつけ醤油として使っていただきました。

困難を困難と思わずに進む姿勢で成し遂げた伊勢神宮への奉納

―ここに至るまでに多くの困難や苦労があったと思います。どのように乗り越えてこられたのでしょうか。

上野毛戸社長:もちろん楽だったわけではありませんが、私はあまり困難とか苦労と思ったことはないんです。そう思わないようにしている、というのが正しいかもしれません。困難と思い始める前に、いい出会いがあって、何だか道が開けているということがあったりするんですよ。

自分が好きなことを仕事にできれば、それは理想ですが、世の中なかなかそういうわけには行きません。趣味を仕事にできる人というのは何万人に1人というような世界ですよね。ですから、私は、仕事を好きになってしまえばいいと思っているんです。

好きになってしまえば、いろいろなハードルも人が思うより高くない。やってみたら大したことないというようなものもあります。それに、困難の原因が人間関係ということもよくある。そうしたらもうゲームと考えてみるんです。どうやって相手に自分のことを好きにさせるか、というゲームですね。ゴールに行くにはどうしたらいいかを考えて動く。気分が楽になりますよ。

―そうして確立された伊勢醤油ブランドですが、節目になった出来事などはありますか。

上野毛戸社長:たくさんありますが、やはり伊勢神宮への奉納式でしょうか。伊勢醤油本舗は1992年の第1回から奉納をしていますが、第1回ということは、実はそれまで伊勢神宮への奉納は一般企業からは行われていなかったんです。今ではたくさんの企業さんがさまざまな品を奉納されていますが、当社が最初に行いました。

伊勢神宮奉納時に正装で橋を渡る関係者の画像

前例のないことのため、たくさんの交渉や手続きを重ねて、やっと奉納が叶いました。伊勢醤油本舗にとって、とても大きな出来事だったと思っています。「伊勢神宮奉納品」という素晴らしい肩書きをいただくことができました。これは、伊勢醤油のブランドに大きく貢献したといえますね。

毎年末に、今年最後に搾った醤油を1年の感謝の気持ちとともに神宮へ運び込むと、「今年もいい醤油ができた、いい年だった」と感慨深い気持ちになります。2024年末で33回目を無事に終えましたが、今年(2025年)もよい醤油を作ってお納めしたいですね。

次なるチャレンジは、やはり「本当においしいものを届ける」こと

―伊勢醤油本舗として、また上野毛戸社長個人として、今後チャレンジしていきたいことや取り組みなどを教えてください。

上野毛戸社長:伊勢醤油の商品をはじめとして、そのほかにも多くある、三重の食品や三重のものの良さを伝えていきたいと思っています。私は、「醸す(かもす)、」というイベントを主催しているのですが、これは三重の生産者たちが各地へ出向いて、消費者の皆さんと直接話をしたり試食をしてもらったりして、「いいもの、おいしいもの」を身近に感じてもらうことを目的にしています。

醸す、イベントのチラシの画像

三重では「いい変態」という言葉をよく使っていて、これは褒め言葉なんです。変態っていうのは「人がやらないことをやる」ということを指します。この変態を集めて、集まった人たちがほかの人を醸していく。ただ、その土地の人たちが集まって熱くなって、排他的になっていくのとは違うんです。われわれの仲間には三重出身じゃない人もいます。そういう人の応援としても、一緒にやっていこうと集まったのが「醸す、」なんです。

もともとは飲み会で話していたようなところから、チームワークが作られてきたので、何かアウトプットしようと。それが東京・日本橋の三重テラスでの「醸す、」イベントにつながりました。イベントでは生産者が集まって試食や販売をして、それだけではなくカタログトークを披露したり。伊勢醤油本舗として私もプレゼンをします。三重の産業を支える企業人としても、「醸す、」の活動は力を入れていきたいですね。

伊勢醤油本舗としては、今年は、三重県ならではの素材を使った「贅沢ごはんのお供」シリーズの展開を本格的に開始します。先日、第一弾として「松阪牛のすき焼き」を発売しました。これ、内輪の話をしてしまいますと、松阪牛は本来シリーズの4番打者のはずだったんですよ。1番目はアオサを出そうと考えていましたが、松阪牛が素晴らしい出来だったので、「もうこれ出しちゃえばいいじゃない!」って出しちゃったんです(笑)。

笑顔の伊勢醤油本舗上野毛戸社長の画像

今後は商品の幅を広げたいと思っています。ただ、伊勢醤油の名前が強すぎて、その会社名の範囲を超えてしまうとバリュー(価値)だったものが低減してしまうこともあります。

伊勢名物の「赤福」さんも商品と会社名が同じなんです。ですから、ほかの事業もたくさん手掛けておられるけれど、別会社で別のブランディング・マーケティングをされています。うちも同じです。ブランドがケンカして価値が低下することは避けなければなりません。

そういうことも含めて、未来を見ながらどう展開しようかというのが難しいところです。それでも、「楽しい、おいしいものっていいな」というもの、伊勢醤油をはじめとした本当においしいものをお客様にお届けすることを続けていきたいと思っています。

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もっと知りたいあなたへ

伊勢醤油本舗株式会社
https://www.isesyoyu.jp/

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