2025.4.17

群馬の誇るイチゴ「やよいひめ」 ~育て、つなぎ、輝く品種の舞台裏~

イチゴ好きの間で話題の群馬県生まれのオリジナル品種「やよいひめ」。上品な甘さとしっかりした果肉で人気を集めるこの品種の背景には、生産者たちの努力と進化の物語がありました。

今回は、群馬県のイチゴ農園を巡ったことで見えた歴史と育成の裏側、そして未来につながる物語をご紹介します。

やよいひめの味と特徴とは? 群馬生まれの注目イチゴを紹介

やよいひめは、群馬県が育成した晩生(おくて)のイチゴ品種。3月ごろに旬を迎えるこのイチゴは、果肉のしっかりとした食感と上品な甘さが特徴です。

ただ、群馬はイチゴの大産地とは言えず、出荷量は全国17位。お隣の栃木と比べると、規模も知名度も控えめです。さらにやよいひめは流通量が少なく、主に地元で消費されるため、全国的な認知度は高くありませんでした。

「かがやきいちご園」がけん引する群馬ブランドやよいひめ

やよいひめを全国に知らしめたのが、群馬県伊勢崎市にある「かがやきいちご園」。

2023年、「群馬県いちご品評会」での金賞受賞を皮切りに、2024年には全国のイチゴと形、色、鮮度、糖度などを競い合う「食べチョク いちご博」で総合大賞を受賞し、話題を呼びました。翌年にはパッケージデザインでの賞も獲得。ブランド力をさらに高めています。

産直通販サイト「食べチョク」では、大賞受賞の翌日、園の売上が前日比約50倍、月の売上は11倍にまで伸びたそう! いかに注目を集めたかが、データにも表れています。

この農園を手がけるのは、異業種から転身した齋藤大輝さん。創業若干3年目で「いちご博」総合大賞の快挙を達成しました。

就農以前には、赤城乳業でコンビニ商品の開発などを手がけていた齋藤さん。当時のヒット作、「食べる牧場ミルク」を手掛けた有名デザイナー「しばたまさん」とのつながりで、かがやきいちご園のロゴやキャラクター制作を依頼できたそう。

イチゴが家紋のように配置されたロゴデザインと、表情豊かで愛嬌のある5粒のイチゴのキャラクターは、ひときわ目を引きます。マーケティングと農業を融合させた新しいスタイルも、幅広い層に支持されている理由のひとつ。

フィールドを変えて、当時の仕事仲間と再びものづくりに挑戦できた喜び。そしてパッケージでも賞を受賞し、実績としても着実に形になっています。

やよいひめ栽培の裏側と技術継承|師匠・種岡さんとの出会い

齋藤さんが農業を志したきっかけは、自宅で育てたイチゴの家庭菜園。10本のイチゴが100本になり、「いつかはイチゴ栽培を仕事にしたい」と思っていたところ、奥さまの「いつかじゃなくてすぐ! 楽しい方に進んだ方がいいでしょ」のひと言で一念発起。すぐに近隣のイチゴ農家「フレッシュベリー」の種岡義行さんを訪ね、弟子入りを志願しました。

種岡さんは、群馬のイチゴ業界で知らない人のない若手の旗手。齋藤さんと同じようにサラリーマンからイチゴ農家に転身して、以来数々の栄誉を勝ち取っている実績の持ち主です。栽培設備や管理方法、苗づくりなど、研究熱心な種岡さんの元には、多くの新規就農者が集まります。

門下生のひとりとなった齋藤さんは、持ち前のイチゴへの情熱を武器に、イチゴの高設栽培の技術の習得など、さまざまな課題に取り組んでいました。ある日種岡さんに呼ばれて訪れた先で紹介されたのが、種岡さんの師匠、松井利彦さんです。

名農家、大師匠・松井さんが伝える、やよいひめへの情熱

松井さんは、前橋市で50年以上続く人気農園、「松井ファーム」の二代目。自身も多くの研修生を受け入れ、独立した弟子たちと情報交換をしながら栽培技術を高め合う、名イチゴ農家と呼ばれるレジェンドです。

農林水産省などが主催する、優れた農業経営者に贈られる栄誉「全国優良経営体表彰」では、その手腕が評価され、担い手づくり部門の最高賞、農林水産大臣賞を受賞したほどです。

今では齋藤さんの大師匠にあたる松井さんは、「いちばん面白いのは齋藤くんだよ。アイツとイチゴの話をするのが本当に楽しいんだ」とニコニコ。若い世代とともに栽培に取り組みながら、技術向上に余念がありません。

一方、種岡さんは、数値に基づく環境制御や葉面散布など、ロジカルな手法で高品質なイチゴを安定的に育てる実力者。

こうした師匠たちとの出会いと絆が、独立後も齋藤さんの技術と情熱を支え、新規就農者としての確かな歩みにつながったのです。

群馬でしか味わえない希少イチゴ「ジューシー」「ななか」

やよいひめの陰に隠れてはいるものの、群馬には個性豊かなイチゴがまだまだ存在します。それは、松井さんの仲間たちが育てる未登録品種「ジューシー」と「ななか」。どちらも群馬県内でしか出回らない希少な存在で、生産者もジューシーは10軒ほど、ななかはわずか4軒と限られています。群馬を訪れた際には、運良く出会えるかもしれませんね。

やよいひめ開発の裏側|保坂さんが果たした功績

やよいひめの開発背景には、地元生産者の深刻な課題意識がありました。

群馬でも広くつくられていたとちおとめは、全国的に有名でおいしいイチゴ。しかし名前の通り栃木ブランドのため、「群馬県産とちおとめ」では価格が上がりづらいのが現実でした。そこで、県独自の品種づくりがスタートします。

その育成に大きく貢献したのが、昭和村「恋する果実『ほさか農園』」の保坂初次さん。群馬県内に試験場の圃場がない時代、自身の畑を提供して試験栽培に協力した功労者です。その甲斐あって育種研究者とともに「とねほっぺ」を開発しますが、糖度が低く果皮が弱いことから、残念なことに主力品種として定着できませんでした。

ただ、とねほっぺは形が美しく大粒。果肉が硬めで日持ちが良いという、たいへん優れた性質を持っていました。その良い面を活かして弱点を克服しようと、幾度となく改良を重ね、ようやく完成したのがやよいひめなのです。

新しい品種であるため、従来の栽培法が通用せず、栽培体系の確立も課題に。保坂さんは栽培技術を模索しながら地域へ共有し、やよいひめの普及活動の中核を担いました。

「やよいひめの生みの親・育ての親」、保坂さんがいたからこそ、現在のやよいひめの躍進があるのです。

やよいひめが示す群馬イチゴの未来と育種の広がり

「良い品種は、同時に良い育種素材でもある」とは、育種家たちによって語り継がれる言葉です。

実はやよいひめは、単なるおいしい品種にとどまらず、他県の人気品種の交配親としても活躍しています。佐賀の「いちごさん」、神奈川の「かなこまち」、埼玉の「あまりん」など、全国の注目品種のルーツにはやよいひめの存在があります。

おいしさ、美しさ、栽培技術の多様性を備えたやよいひめは、農業の未来にも希望を与える存在。挑戦を続ける若手農家や、支え続けたベテラン農家たちの努力が、やよいひめの価値をいっそう高めています。

やよいひめは、多くの人の想いと技術、いくつもの物語が詰まった高品質なイチゴ。もし群馬を訪れる機会があれば、旬のやよいひめを味わってみてはいかがでしょうか。群馬県発のイチゴから広がる物語は、これからも多くの人に愛されていくでしょう。

参考:農林水産省 作物統計調査 作況調査(野菜) 確報 令和5年産野菜生産出荷統計

構成協力:小野寺玲奈