静岡・焼津市の飾らぬ真髄を知る港湾食堂〜店名の出ない旅するグルメ7〜
刺身が苦手だった子供時代
日本は海洋国だ。東京湾岸部に生まれ育ったわたしではあるが、直接的に海からの恩恵というものを感じづらい地域に住んでいると感じることが多かった。もちろん東京にも海はある。しかしそれは水産ではなくて港湾であり、漁業ではなく海運と倉庫というイメージ。そんな理由もあって刺身が苦手だったり(金を積めば別だろうがきちんとうまいものが手に入りづらい)透き通ったイカを知らなかったりした。
そんな子ども時代を経て大人になり、漁業が盛んな海辺への旅行などで魚の旨さや刺身の鮮度と味の違いに驚いた。それがひいては地消の考え方に結びつき、魚だけではなく、米、野菜、肉などうまいものを食べに、そのうまいものが生まれた土地まで出かけてみようという行動原理の根っこが作られた。
当たり前だが食材の移動、物流には金と時間がかかる。鮮度を保つには物理的な限界もある。だったら自分が生産地に足を運べばいい。そのうえ現地に行けば、生産者の話を聞いたり現場を見たりできる可能性も上がる。それを知って食べると、いかに自分の口に入るまでにステップが多いのか、尊いものなのかがわかる。これがレストランツーリズム、フードツーリズムの本当の意味だと思う。その先にシェフたちの技術や思いが重なるのだ。
細い山道の先の絶景へ
そんなことを思いながら車を走らせて静岡県に入った。海沿いに走れば港があってうまいメシ屋があるはずだ。
頃合いを見て興津ICで東名高速を降りた。手前には東名由依PAがある。あそこは毎度立ち寄ってしまう絶景のパーキングエリア。なにしろ本当に海の真横にある。駿河湾、沼津の向こう側に富士山が浮かび素晴らしい景観を眺めることができるのだ。が、きょうは寄らず。実は海を挟んだ富士のお山の絶景はここだけではない。
興津ICで降り、1号線のバイパスには入らずに52号を海を背に進む。東名をくぐった先の細い道を右に入って進んでいけばちょっとした山道だ。やはり走って楽しいのは高速道路ではなく一般道であることを実感する。薩埵峠へ寄り道しよう。旧東海道の景勝地だ。そこへ至るには狭い狭い道を経て行くことになる。普通車のすれ違いはかなり困難。オートバイか軽自動車のみ推奨でなおかつある程度の運転の技術も必要としておきたい。
東海道五十三次の薩埵峠(さったとうげ)

薩埵峠(さったとうげ)はちょうど東名高速の薩埵トンネルの上あたりに位置する。旧東海道屈指の景勝地と言われておりはるか昔からその名前が広く知られている。富士山、駿河湾、東名高速と東海道本線が一枚の画角の中に収まる絶景。なにはなくとも写真を1葉、などと思わされる。
実はここ、歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」の作中で「由井(薩嶺)」として描かれた場所なのだ。奇跡的にその浮世絵とほぼ変わらない光景がいまでもそのままそこにある。
小さな駐車場があって、そこから展望台への小道が続いている。それほど訪れる人が多くないようで、気持ちよく風景を堪能できる。日本の原風景的なその画はひととき呼吸を忘れるほどの素晴らしいもの。また次も立ち寄らねば。
こういう見事な景色は細い山道の急斜面にあってこそ、なわけだが昔の旧街道沿いはそういう過酷な場所も多く、昨今の災害多発で通行止めになっていたり道自体が廃止になることも多い。事実この場所も富士砂防事務所が地すべり対策事業など行っているそうだ。美しいものは見られるうちに目に焼き付けたい。さて、山を降り、海沿いの国道1号線に戻ろう。
東海工業地帯と缶詰王国
静岡浜松界隈は東海工業地帯の名前で社会科の授業の時に覚えた。富士フイルム、アステラス製薬、タミヤ、フジミ模型、バンダイ、日清紡、中外製薬、資生堂、スズキ、ヤマハ、河合楽器。上げていくときりがない。名だたる企業の工場が国道沿いに長く長く続く。
とはいえ漁業も盛んなわけで、水揚げの大きな漁港も数多く点在している。付随して水産加工の大きな工場も多数、静岡は缶詰王国、など言われることも多い。はごろもフーズ、いなば食品、マルハニチロ(現:Umios)、極洋水産などの大手も静岡の沿岸部に工場を持っている。特に焼津周辺は「焼津水産加工団地」があるため、冷凍マグロ、水産加工食品専門工場が集中している。駿河湾の豊かな食材が目前にあるわけだから当然こうなるだろう。
さて、焼津。まずは地図で見つけた「焼津さかなセンター」に行ってみることに。築地の場外のような場所だ。かなりの数の小さな店舗が軒を連ね、幅の広い水産品が並ぶ。しらすやエビなどを物色した。さて、海産物を散々見て歩けば、いいかげん腹も減ってくる。どうするか。「焼津さかなセンター」には食堂もあるのだが、もう少し移動してみようと思い、焼津小川港までやってきた。
漁港の協同組合食堂

焼津小川港、ここはまさに漁港であり、岸壁脇の広い敷地には屋根だけの建物。そこに漁船が着いて、屋根の下に魚を上げるようだ。その漁港の付帯施設の食事施設があったのだが、ここがどうにも良い食堂だった。ここに来てよかった。食事にしよう。
まず観光客相手の店ではないのが良かった。地元の水産加工業協同組合が運営する食堂。組合のHPには「組合員の朝食・昼食を提供。もちろん組合員以外の人の利用もOKで、朝、魚市場に水揚げされたばかりの新鮮な魚を使った料理など、魚河岸食堂ならではのいろいろなメニューを取り揃えて営業しています。」とあった。これだけで信用ができるというものだ。
本当に大型の漁港の真ん中にポツリとある店で近隣には他に何もない。まさに漁師と周辺企業のための施設といった風情がある。客たちは車で三々五々やってきて広い港の駐車場に車を停める。私もそれに倣ってみた。
入ってみると結構な広さの食堂で、いかにも社員食堂的な設えが好ましい。実際近隣の水産加工会社の従業員や漁船の乗組員とおぼしき客筋が見て取れる。昼時だから行列もでき賑わっているが昼休みにさっとやってきて食べては出ていくという客ばかりで回転がよい。これもまた食堂らしさがあって気分がいい。
絶品のねこまんま
入り口の券売機で選んだのは「焼津産削り節と清素生わさびの丼 温玉付き」。なんでここにきてねこまんまを選ぶのか、と訝しむ方もいるだろう。いや、これはちょっとした工夫なのだ。このどんぶりのセットに単品追加で「あら煮付」を頼むのである。「削り節と生わさび丼」にはもちろん鰹節のとても上質なものが使われるが、それだけではなくこれまたよい梳き身(ネギトロ)が十分な量乗っており、これ程度でも十分な満足感がある。ここに好物の煮魚ということで「あら煮付」を合体させた最強セットに調整したのだ。自分で勝手にツウのチョイスだなと鼻高々になる。
焼津産削り節が異常に旨い。びっくりするほど旨い。踊り出したくなるようないい香りなのだ。こんなにも香り良く香ばしく、しかもぱりんとしているのにふんわりしているという鰹節。食感も大変良いし(鰹節に食感などという例えをするとは思いもよらなかった)たまらなくおいしい。純粋にねこまんまだけでほかがいらなくなる旨さというのは未体験であった。
あら煮付の満足感
そこからの「あら煮付」とくる。これがなかなかに凄い量がやってきて驚かされた。しかも「あら」と言いながら、わりといいところも出てきたりするのが素晴らしい。元々の魚が大きいからアラといってもつっつきやすいしほぐしやすい大きさなのだろう。特に食べにくいこともなく、骨は多いが(当たり前だ)満足感が大変に大きい。そのなかにマグロの脳天なぞが紛れこんでおり、ちょっとした至福を味わえる。本当にたまらない。かなり甘め濃いめというのも漁師メシらしさがあって好感が持てる。その甘い煮魚を、ちょいと醤油をかけたねこまんまと合わせてやってかっこむという至福。ちょっとこれには言葉が出てこない。
とれた場所でケチケチしない量とこなれた味付けでドンと出てくる良いメシ。こういうのがほしかった。願ったり叶ったりである。
さて、工場直売店めぐりへ
さて、腹がいっぱいになった。そしてまだまだ日が高い。そうだ、せっかくの静岡沿岸部。冒頭、静岡は缶詰王国であるなどと書いた。界隈は工場天国、食品加工の会社も多く、ファクトリーアウトレットや工場直売店に事欠かない。日が落ちるまでそういう場所を訪ね歩いてみよう。
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もっと知りたいあなたへ
焼津市公式サイト:焼津にある港~多彩な顔を持つ3つの港~
https://www.city.yaizu.lg.jp/business/suisan-nougyo/fisheries/port/port-about.html
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。