千葉・成田市のモールのタイ料理店〜店名の出ない旅するグルメ6〜
タイ・バンコクのタクシーのこと
タイ・バンコクのタクシーをご存知だろうか。いまはピンクのタクシーが多くなった印象だが、まだまだタイのタクシーのイメージは緑と黄色の塗り分けの印象が強い。同じくいまは5ドアハッチバックやSUVタイプのボディも増えたが以前は日本の小さなセダン、例えば古いカローラなんかが主流であった。
20年近く前が緑と黄色の塗り分けのタクシーのピークだった記憶がある。なんでもピンクのタクシーは法人で緑と黄色の塗り分けは個人タクシーらしい。わたしが最後にバンコクを訪れた7年ほど前はすでにGrabが普及、街中でタクシーを止めたりせずに配車アプリでのタクシー利用が便利であった。
日本にある個人所有のバンコクタクシー

そんな思い出のバンコクを走る、緑と黄色の塗り分けのタクシーを日本で持っていた友人がいた。正確にはあのタクシーを再現した車だ。愛知にあるトゥクトゥク輸入販売を手がける会社が作った車。わざわざ古い古いカローラセダンを探してそれをタイタクシーに仕立てた車だった。なかなかに見事な作りで、ペイントの緑と黄色の塗り分けやタイ語のボディへの表記は当然として、しかし残念ながら「TAXI METER」と書かれるあの行燈はなし(法律的な問題)だった。
車内、ダッシュボードの真ん中には神様が飾ってあり、ミラーからはプアンマーライ(ジャスミン、マリーゴールドなどの生花を糸で繋いだり編んだりした祈りを象徴する花飾り)がぶら下がり、料金メーターもついていた。後席のシート前にはご丁寧にも、タイ語でバーツ建てのパウチされた料金表までぶら下がっていたのだ。それは見事な車だった。
この車でタイレストランに乗り付けると、店のタイ人が全員表に出てきて店は空っぽということが度々あった。ある意味トゥクトゥクなどよりもよりマニアックで、日本人のタイマニアと現地タイから来て日本に住む人々に大ウケの車だった。彼曰く、都内でよくタイ人に手を下げられた(タイではタクシーを止める時に腕を斜め下に出す仕草をする)という話もあった。
成田市にあるタイ寺院
その車で千葉・成田市にあるタイ寺院に行ったことがあった。成田には正式なタイの寺院がある。名前は「ワットパクナム日本別院」という。日本最大のタイ仏教寺院であり、タイ本国に総本山を持つ寺である。著名な寺院「ワットパクナム」の別院として1998年に建立された。
たしか4月、タイの正月祭り、「水かけ祭り」としても知られる「ソンクラーン」の時であった記憶がある。彼に乗せてもらい寺院に向かう湾岸道路では、同じく寺院を目指すタイ人の乗った車が追いかけてきて窓を開け、大声をあげ指をさされることが続出した。本当に面白い体験だった。
ワットパクナム日本別院というタイ寺院

たどり着いた「ワットパクナム日本別院」。その建物には圧倒される。なんでもタイから招聘した大工が施工をしたそうで、本物のタイ式建築の仏堂や布薩堂であり、そんなすごいものが千葉の田んぼの中に突然現れるというのはなかなかのスペクタクルだ。
屋根の端が尖って天に向いたラッタナーコーシン様式の本堂。その光景はちょっとした思考停止と場所感覚の喪失を誘発する。ここはどこなのだ、と思わず言葉がこぼれるほどに本物のタイ王国を感じさせてくれる空気を纏っている。
実はこの寺は、タイ人であるないに関わらず参拝と見学が自由にできる。特にお祭りの日などは入りやすい。年に数回行事があるが、数千人規模でタイ人がやってきて賑わうのだ。食事の振る舞いをいただいたり説法を聞いたり寄進をしたりと、信仰の暖かさと祭りの賑やかさがあって大変良いものなのである。常駐のタイ人比丘(僧侶)もおり、在日タイ系居住者にとっての心の拠り所として強い存在感を放っている。
ワットパクナム日本別院の成り立ちのエピソード
宗教施設であるのだが、同時にこの場所は在日タイ人のコミュニティハブとしても大事な役割を担っている。駐日大使館との連携で移動領事館を仮開設したり、タイ古式マッサージの研修やフルーツカービングなどタイカルチャーの発信場所としても存在感を示す。その活動を見るにつけ宗教施設という意義以上の賑わいや拠り所としての力を持っているのではないかと考えている。
以来、上座部仏教の信仰を持っているわけでもないのだが、建物の素晴らしさやタイそのままの空気感に惹かれて何度も立ち寄っている。平日だったりお祭りがなかったりの時はさすがに閑散としているのだが、その静かな雰囲気もなかなか良いものだ。
タイレストランの宝庫、千葉県
そんなタイ寺院「ワットパクナム日本別院」の空気をたくさん深呼吸していると、腹が減ってきた。さて今日の昼メシはどうするか。どうするもこうするもない。こうなるとなにがなんでもタイ料理が食べたいに決まっている。成田山新勝寺の門前町にずらりと並ぶ鰻屋の数々のこともちらり脳裏を掠めたが、やはり今日は心がそっちに動かない。やはりタイ料理。それがよかろう、食事にしよう。
千葉はタイレストランの宝庫なのだ。驚くほどタイ料理のレストランが多い。県内のいろいろな地域にタイ人コミュニティがあるようで、駅前の商店街やショッピングモールにも当たり前のようにタイ料理店を見かける。そして郊外でもおなじようにタイレストランに行き当たる。
夜、千葉の郊外。細い街道沿いの藪ばかり続く真っ暗な道を走っていると、突然そこだけやけに明るく照明が輝く、まるで暗い海に浮かぶ小さな島のような場所を見つけることがある。こんな場所に一体何が、と車を路肩に停めてよく見れば、タイ料理店、タイスナック、タイマッサージ店、タイ食材店やクラブまで。どこも在日タイ人に向けた、彼らが経営する店が固まってそこにあった。そういう小さなタイの小島のような場所が千葉県内にはいくつも点在している。クラブの前には車がたくさん停まっており、大きな音楽と笑い声が聞こえ、盛り上がっている。ちょっと日本人ひとりで入っていくのは憚られる感がある。
大型ショッピングモールのタイレストラン

この日はそんな興味深い場所ではなく、迷わず大型ショッピングモールへとハンドルを向けた。日本で一番数が多いであろう、どこに行ってもうんざりするほどよくある、あのショッピングモールだ。成田空港第2ターミナルからわずか10分ほど。「ワットパクナム日本別院」からでも15分。さあ、タイ料理の時間だ。
色々と面白いタイレストランがある千葉で、なぜわざわざ大型ショッピングモールなどに出店している小さなチェーンのタイ料理店を選んだのか。それには理由がある。実はこのレストラン、都内に幾つかの支店を持ち、本店はチェーン本社もある下町の繁華街。が、数店ある店の中のトップシェフは本店ではなくいつでも必ず成田店の厨房にいるという話しを聞いた。
うわさ話
成田にはさきほど訪れた「ワットパクナム日本別院」がある。バンコクの本家の別院であるそこは日本の空の玄関、成田国際空港からわずか15分ほどの距離。信心深いタイからのツーリストたちは、空港から「ワットパクナム日本別院」に直行する者も多いのだとか。特にVIPや僧侶、タレント等も多いと聞いている。そういう彼らの買い物と食事をカバーするのがこの大型ショッピングモールであり、私がこの日選んだレストランなのだ。
実際、ショッピングモールを歩いてみると、洗いざらしの風合いが素晴らしく目にも鮮やかなオレンジ色の袈裟を纏ったタイのお坊様がソフトクリームを買っている姿を見かけたりする。そうそう、タイの仏教では女性がお坊様に触れたり隣に座ったりすることは厳禁とされている。日本人の女性は覚えておくといいだろう。
タイの風と空気感
そのタイレストランは吹き抜けになった円形のセンターホールにあった。ショッピングモールの一等地といっても過言ではない目立つ場所。レストランがいくつか集まる場所であるが、どうもいつ来てもこのタイレストランだけがなんとなく照明が暗い気がするのである。これを見てついにやにやとしてしまう。
そうそう、現地ではこういう感じだ。たしかにモダンな店、照明に凝った店など大きく増えている現在のバンコクであるが、こういう蛍光灯の質実剛健な感じの明るさの店もまだまだ多い。あの感じそのままで、先ほどの寺院と同じようにタイ本国の空気を感じる。

さて、席に案内してもらいメニューを眺める。メニュー数が膨大なのだ。本店よりも多いらしい。そこには日本人が知らないタイ料理のメニューも多かった。この日の私はタイカレーのスパゲッティを所望、「スパゲッティ ゲーンペッ」を注文した。レッドカレー味のスパゲッティである。
ゲーンキヤオワーン(グリーンカレー)とパッキーマオ(辛い炒め麺)でもスパゲッティ仕立てで作ってもらえる。私が知る都内のタイ料理のレストランではゲーンスパゲッティ、なかなか食べられる店がない。バンコクのレストランなどではよく見かけるメニューなのだが。
高級ではないモダン・タイ
なんでそんなものを頼むのか、という声が聞こえる。せっかくタイ料理のトップシェフがいるんだから、という声。心配無用なのだ。これはモダンなタイ料理。わたしたちが銀座の「佐藤養助商店」で、のどごしも素晴らしい稲庭うどんをタイグリーンカレーのつゆで食べてそのアレンジの面白さに感激したりするのと同じようなものだ。
タイ人がメニューに載せ、それがタイ人に売れている。タイの人だって伝統料理だけでは飽きてしまう。食にボーダーなどない時代だ。純粋なものも大切にするが、ミクスチャーやハイブリッドなものを排除・否定せず別の枠で考えて大事にする。そういう考え方がないとダメなのではないか。
スパゲッティゲーンペッという料理
閑話休題。やってきた「スパゲッティゲーンペッ」は大変おいしいものだった。美しくアルデンテに仕上げた細めのスパゲッティにゲーンペッを炒め和えた感じ。当たり前だがただそのまま合わせることはしておらず、味や辛さのバランスをきちんとスパゲッティに寄せて完結させてある。繊細さを感じさせる仕上がりだ。
すこしスープスパゲッティ寄りに調整されており、スープ部分をすするとやはりレッドカレー(ゲーンペり)より味わいが柔らかい。鶏むね肉も筍もたっぷり入るのはレッドカレーそのままなのだが、決してゲーンペッをただかけただけの粗野なものではないと感じられる。調理と調整がある良いものだった。大変に満足感が高い。
遅めの昼食をゆっくり摂っていたらちょっといい時間になった。そろそろ空の色がオレンジに変わる頃だ。飛行機の発着が多くなる時間。そろそろ席を立たないと。
夕暮れの成田空港、B滑走路の端

手元にはスマートフォンしかないが、その8倍のレンズでも十分面白い写真が撮れる場所が近くにある。「十余三東雲の丘(とよみ しののめのおか)」、飛行機を眺めるのにもってこいの公園。国道51号線を挟んで滑走路が目の前だ。B滑走路への誘導路を悠然とターンする巨大な機体や、滑走路に向かって左から降りてくる飛行機のタイヤから出る白煙までよく見える。
タイエアの紫色の尾翼がくるのを待ってみよう。
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もっと知りたいあなたへ
ワットパクナム日本別院
http://pakunamu.net/
成田市観光協会公式サイト
https://www.nrtk.jp/top.html
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。