東京の隣にある「始める県」~埼玉県の魅力と可能性を探る~
東京の北に寄り添うように広がる埼玉県。東京のベッドタウンとして通勤圏のイメージを持つ方は多いと思うが、その魅力を語れる人はどれほどいるだろうか。
「埼玉ってわざわざ行ったことないです。行く場所ないですよね?」――これは以前、筆者が東京出身・在住の後輩から言われた言葉。そんなことはないんです。今回は埼玉出身の筆者が、地元愛を込めて埼玉の魅力の一部をご紹介したい。
古代の記憶をたどる ~さきたま古墳群と吉見百穴

埼玉の歴史を語るなら、まずは行田市の「さきたま古墳群」に触れずにはいられない。埼玉県内の小学生の社会科見学定番スポット、といえば埼玉県出身者には伝わるはずである。ここには、国宝「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」が出土した稲荷山古墳をはじめ、9基の大型古墳が並ぶ。古墳時代の王たちが眠るこの地は、関東の古代史を語るうえで欠かせない場所だ。
一方、東松山市の「吉見百穴(よしみひゃくあな/よしみひゃっけつ)」は、古墳時代後期に造られた横穴墓群。219基もの穴が崖に並ぶ様子は圧巻で、まるで時の流れに刻まれた記憶が風化せずに残っているかのようだ。埼玉は、関東の中でもとりわけ古代の痕跡が色濃く残る土地なのだ。
街並みもグルメも魅力的な小江戸・川越

埼玉を語る上では、「川越」も欠かせない。関東の日帰り観光スポットとしても脚光を浴びる川越は、室町時代に築城された河越城の城下町として栄えた歴史を持つ。当時の面影を残す「蔵造りの街並み」や、シンボル「時の鐘」は、長きに渡って市民の暮らしを見守ってきた。鐘の音が響くたび、過去と現在が交差するような感覚に包まれる。
川越市は新旧が織り交ざったグルメも魅力のひとつ。古くからの名物であるうなぎは市内に名店が軒を連ね、サツマイモを使った料理店もまた豊富に並ぶ。近年は太麺焼きそばもご当地グルメとして定着してきた。「小江戸」と称されるこの土地は、街並みもさることながら、グルメでも多彩なニーズに応えてくれる。
秩父・長瀞の自然に癒される

埼玉県西部に広がる秩父地域は、山々と清流に囲まれた自然の宝庫。荒川の源流域に位置し、四季折々の風景が訪れる人々を魅了する。春は芝桜が咲き誇る羊山公園を散策し、夏には長瀞(ながとろ)の岩畳を眺めながらライン下りに興じ、秋には紅葉が美しい寺社を巡り、冬には澄んだ空気の中で星空を眺める──秩父は、都心の喧騒から離れ、自然と向き合う時間を与えてくれる。
また、秩父夜祭はユネスコ無形文化遺産にも登録された、豪華絢爛な山車が練り歩く伝統行事。地域の人々の誇りと情熱が、夜空に浮かぶ提灯の灯りに映し出される。
こんなに自然豊かで素敵な場所の秩父だが、実は埼玉都心部在住者からは縁遠い場所。というのも、埼玉は南北に走る鉄道網は発達しているが、東西に延びる路線が極端に少ない。そのため、車を持たないさいたま市や川口市など県の南東部在住者は一度東京(池袋)に出て路線を乗り換えてから再び埼玉に戻らなければならないのである。
よほど東京からの方がアクセスが良いという不思議な場所だが、その魅力は確かなのでぜひとも足を運んでほしい場所である。
埼玉は「通過点」から「挑戦の舞台」へ
かつて埼玉は「通過する県」と揶揄されることもあった。しかし今、地域の人々が自らの文化や自然を見つめ直し、発信することで、「立ち寄りたくなる県」へと変貌を遂げつつある。
さらに近年では、「始めたくなる県」としての顔も見せ始めている。
2024年には埼玉県で新設された法人が7,057社にのぼり、全国でも上位に位置する水準を維持。特に60歳以上の「シニア起業」が増加傾向にあるのも特徴的だ。中でも注目すべきは、飲食業界での開業の多さだ。埼玉県は全国でも飲食店の新規開業が活発な地域のひとつであり、2024年の調査では、飲食業を選んだ起業者が多数を占めた。これは、地域の食文化や地元食材への関心の高まり、そして都市近郊という立地の利便性が後押ししていると考えられる。
そしてもう一つ、埼玉県は「移民の受け入れに寛容な県」だとも言われている。古くは宿場町として、近年は東京のベッドタウンとして、地方からの移住者を多く迎えてきた。この流れが埼玉での起業や新規出店を後押しする要因にもなっているようだ。地方出身者が、いきなり東京ではなくまずは埼玉で腕試しをする――そんな雰囲気もまるごと受け止め、新たな挑戦を応援する風土が根付いているのかもしれない。
地味だけど、離れがたい。埼玉県民の静かな誇り
埼玉県は関東での「3番手争い」で千葉県にライバル意識を燃やしている――某映画の中でもネタに上がり、たびたび持ち出されるこの話はあながち間違いではないから面白い。横浜を擁する神奈川県に肩を並べようだなんて、そんな大そうなことは思わないが、千葉県には勝っていたい。この不思議な感覚は埼玉県在住歴が長いほど、強くなる傾向にあるようだ。
とはいっても、埼玉県には夢の国もなければ海もない。それゆえ「地元愛」「郷土愛」が少ないと思われがちだ。でもそれは移住者が多く、「郷土」としての認識を持ちづらい背景ゆえのもので、一度住むとなぜか愛着がわいて離れがたくなるのが埼玉県。ターミナル駅は程よく栄えていて、大型ショッピングモールもあちこちにある。都心に出ずとも生活必需品は揃い、東京へのアクセスは抜群。空港がないので長距離旅行はしづらいが、新幹線が停まるので東北・北陸には行きやすい(東海道新幹線は停まらないので西に行きたい場合は東京頼り)。ちょっと観光地や名産品が少ないので「地元の代名詞」はないけれど、地味な自慢はたくさんある、そんなフフッとさせてくれる温かみがあるのが埼玉県なのだ。
県が実施した令和6年度の埼玉県政世論調査では、住民の約65%が「今の地域に住み続けたい」と回答し、その理由の上位は「災害が少ないから」(56.1%)、「住みなれていて愛着があるから」(52.6%)だった。これは、単なる利便性ではなく、地域に根ざした誇りやつながりが人々に芽生え、暮らしを支えている証だ。
埼玉は「暮らす」「訪れる」だけでなく、「始める」場所としても、そして「帰属する」場所としても、静かにその存在感を高めているのだ。
大都市・東京の隣にある「余白」
埼玉県には、首都東京のような派手さはない。だがその分、訪れる人に「余白」を与えてくれる。適度に開かれた都会的な利便性の中にある、歴史を感じる静かな古墳、自然と共存した暮らし、地域に根ざした祭りや食文化──それらは、忙しない日常の中で忘れかけていた「人間らしさ」を思い出させてくれる。
埼玉県は、都市と里山の間にある「静かな情熱」の地。通り過ぎるだけではもったいない。少し足を止めて、耳を澄ませば、風の音に混じって、埼玉の物語が聞こえてくる。ぜひとも通り過ぎずに、その魅力をじっくりと味わってほしい。
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もっと知りたいあなたへ
埼玉県行田市 公式観光サイト 「行田市観光NAVI」 埼玉古墳群(国指定特別史跡)
https://www.gyoda-kankoukyoukai.jp/spot/671
一般社団法人 秩父観光協会 「ぶらっとちちぶ」
https://www.chichibuji.gr.jp/
一般社団法人 長瀞町観光協会 「ながとろ」
https://www.nagatoro.gr.jp/
小江戸川越観光協会 「小江戸川越ウェブ」
https://koedo.or.jp/