2026.2.16

土地が湯をデザインする~火山と湯がつくる「熱の温泉文化」~

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九州の冬は、湯けむりが街を覆う。別府の街を高台から眺めると、あちこちから白い蒸気が立ち上り、街全体が湯気に包まれているのがわかる。これは、地下に眠る火山の力が可視化された景色だ。九州の湯は、静かに湧き出るものではない。地球の内部から噴き出す、激しい熱の表現そのものだ。火山があり、温泉がある。この直接的な関係が、九州の湯を力強く、圧倒的なものにしている。

火山の力が可視化される土地

別府、海地獄の赤池の画像

九州には、活火山が数多く存在する。阿蘇山、桜島、霧島山、雲仙岳。これらは今も活動を続けており、その地下のエネルギーが湯として地表に現れている。別府温泉は、世界第二位の湧出量を誇る。一日に約13万トンもの湯が湧き出ている。その量は、他の温泉地とは比較にならないほど圧倒的だ。

別府の「地獄めぐり」は、火山活動を直接目にできる観光スポットだ。海地獄、血の池地獄、白池地獄、龍巻地獄。それぞれが異なる色と温度を持ち、地球の内部がいかに多様であるかを教えてくれる。海地獄は、コバルトブルーの美しい色をしているが、その温度は98度。とても入浴できる熱さではない。血の池地獄は、酸化鉄を含んだ赤い湯が湧き出し、まさに地獄のような光景を作り出している。

これらの「地獄」は、入浴用の湯ではなく、火山活動そのものだ。人が入ることはできないが、その迫力ある景観は、地球が生きていることを実感させてくれる。湯気がもうもうと立ち上り、硫黄の匂いが鼻を突く。地面が熱く、近づくだけで汗が噴き出す。まさに、火山の息吹を感じる場所である。

霧島温泉郷もまた、火山のエネルギーを肌で感じられる地だ。霧島山の麓に広がるこの一帯では、乳白色の硫黄泉が豊富に湧き出している。露天風呂に浸かりながら、火山の山肌を眺めることができる。その山肌は、噴火の痕跡を残し、荒々しい姿をしている。美しいが、同時に恐ろしい。その二面性こそ、火山という存在の本質なのかもしれない。

九州の湯は、火山の恵みであると同時に、その脅威のひとつの表れでもある。湯があるということは、地下にマグマが存在しているということであり、いつ噴火するかわからない。その緊張感の中で、人々は湯を楽しんできた。火山と共に生きる。これが、九州の温泉文化の根底にある姿勢に感じられる。

冬の湯けむりが街を覆う”蒸気の景観”

別府の街並み、白い湯けむりの画像

冬の別府は、湯けむりの街だ。冷たい空気が湯気を冷やすことで、蒸気がより濃く、より高く立ち上る。街のあちこちから白い煙が上がり、まるで街全体が呼吸をしているように見える。この光景は、別府ならではの景観だ。

鉄輪(かんなわ)温泉では、温泉街の路地を歩くだけで、足元から蒸気が湧き出している場所に出会う。地面に穴が開いていて、そこから熱い蒸気が噴き出している。この蒸気を利用して、地元の人々は野菜を蒸したり、温泉卵を作ったりしている。湯は、入浴するためだけのものではない。生活の一部であり、調理の熱源でもある。

明礬(みょうばん)温泉では、「湯の花小屋」と呼ばれる藁葺きの小屋が点在している。この小屋の中では、温泉の蒸気を利用して湯の花を採取している。湯の花とは、温泉成分が結晶化したもので、入浴剤として使われる。小屋からは絶えず蒸気が立ち上り、その光景は幻想的だ。冬の夕暮れ時、湯の花小屋から立ち上る蒸気が夕日に照らされると、オレンジ色に染まり、まるで絵画のような美しさを見せる。

別府の街を高台から見下ろすと、街全体が湯けむりに覆われているのがわかる。住宅地の中からも、商店街の裏からも、あちこちから蒸気が上がっている。この景色こそが、この街が湯によって成り立っていることを物語っている。湯は観光資源であるだけでなく、生活の基盤でもあるのだ。

夜になると、湯けむりの景観はさらに美しくなる。街灯の光が蒸気に反射し、街全体が柔らかな光に包まれる。温泉宿の窓からは明かりが漏れ、その光もまた蒸気を照らす。冬の別府の夜は、光と蒸気が織りなす、幻想的な世界だ。

雲仙温泉もまた、湯けむりに包まれた街だ。雲仙地獄と呼ばれる噴気地帯では、あちこちから蒸気が噴き出し、硫黄の匂いが立ち込める。遊歩道を歩くと、足元から熱気が伝わってくる。地面が熱く、雪が降ってもすぐに溶けてしまう。この一帯全体が、火山の熱に包まれている。

地獄蒸しなど、温泉と食文化の融合

地獄蒸し、食材の画像

九州では、温泉の蒸気を調理に利用する文化が根付いている。「地獄蒸し」と呼ばれる調理法は、湯の蒸気で食材を蒸すもので、別府や雲仙で広く行われている。野菜、肉、魚介類、卵。どんな食材も、温泉蒸気で蒸すことで、独特の味わいになる。

地獄蒸しの魅力は、素材の味が凝縮されることだ。高温の蒸気で一気に蒸し上げるため、食材の水分が逃げず、旨味がぎゅっと閉じ込められる。また、温泉成分がわずかに食材に染み込むことで、独特の風味が加わる。普通の蒸し料理では味わえない、温泉地ならではの味だ。

鉄輪温泉には、地獄蒸し工房があり、観光客が自分で食材を持ち込んで調理することができる。野菜を蒸し器に入れ、タイマーをセットして待つ。15分ほどで、ホクホクの蒸し野菜が出来上がる。その場で食べる蒸し立ての野菜は、甘く、柔らかく、素材本来の味が際立っている。

温泉卵も、九州の温泉地の定番だ。70度前後の湯に卵を入れて、じっくりと時間をかけて温める。すると、白身は半熟、黄身はとろりとした、絶妙な温泉卵ができあがる。それを温かいご飯にかけて食べる。シンプルだが、これ以上ない贅沢だ。

霧島温泉郷では、温泉水を使った料理も楽しめる。温泉水で炊いたご飯、温泉水で作った豆腐、温泉水で煮込んだ郷土料理。湯が食材を変え、味を変える。この土地ならではの食文化だ。

指宿(いぶすき)温泉では、「砂むし温泉」が有名だが、食文化も独特だ。鹿児島の豊かな食材、黒豚、地鶏、新鮮な魚介類が、温泉地の料理として提供される。湯に浸かった後の身体は、食事をより美味しく感じさせてくれる。身体が温まり、代謝が上がり、食欲が増す。温泉と食事は、切り離せない関係にある。

火の力が湯を生む土地

夕暮れ時、桜島火山と鹿児島の街並みの画像

九州の湯は、火山のエネルギーそのものだ。地下深くのマグマが、地下水を温め、温泉として地表に噴き出す。その過程は、数千年、数万年という気が遠くなるような長い時間をかけて形成されてきた。火山がなければ、この豊かな湯はなかった。火山があるからこそ、人々は湯の恵みを享受しながらも、常に自然の脅威と隣り合わせで生きてきたのだ。

九州の湯に浸かると、地球が生きていることを実感する。足元から伝わる熱、立ち上る蒸気、硫黄の匂い。それらすべてが、地球の内部から送られてくるメッセージだ。湯は、地球との対話の場でもある。

別府の街を歩くと、至るところに湯がある。銭湯のように気軽に入れる共同浴場、高級旅館の露天風呂、足湯、蒸し湯。湯は、この街の生活に完全に溶け込んでいる。観光資源である前に、生活の一部なのだ。

火のエネルギーが湯を生む土地。ここは、地球の力を間近に感じることができる場所であり、自然と共に生きる知恵が受け継がれてきた場所でもある。

九州の湯は、ただ温かいだけではない。火山と人間の歴史がデザインした、この土地だけの温泉文化なのだ。

湯に浸かりながら、火山を眺める。その火山が、今この瞬間も、足元の湯を生み出している。その繋がりを感じることが、九州の温泉の醍醐味だ。火山への感謝と畏敬の念を抱きながら、湯に身を委ねる。それが、この土地で湯を楽しむということなのだと思う。

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もっと知りたいあなたへ

一般社団法人 九州観光機構
https://www.88onsen.com/
一般社団法人 日本温泉協会
https://www.spa.or.jp/

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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。

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