秋風に吹かれつつ気ままに楽しむ尾道散歩~文学と紅葉が織りなす秋の坂道~
暑かった日々もようやく過去のものとなり、秋風が頬を撫でる季節に、広島県尾道市へ足を向けてみませんか。瀬戸内海に面したこの小さな港町は、坂道と路地が織りなす独特の街並みで、多くの文学者や映画監督に愛され続けてきました。特に秋の尾道は、千光寺山(せんこうじやま)の紅葉が街全体を暖かな色彩で包み、歩く人の心に深い印象を刻みます。
文学者たちが愛した風景〜文学のこみちを歩く〜
尾道市内、千光寺山の山頂から中腹にかけて続く「文学のこみち」は、尾道散歩の出発点として最適な場所です。この約1キロの遊歩道には、尾道にゆかりのある25名の文学者たちの作品が刻まれた石碑が点在しています。
白樺派の代表的作家である志賀直哉は、大正元年の秋にこの地を訪れ、小説執筆のために滞在しました。彼の碑には「六時になると上の千光寺で刻の鐘をつく」という「暗夜行路」の一節が刻まれており、当時の静寂な尾道の空気を今に伝えています。
一方、林芙美子の文学碑は海と街を一望できる絶好の場所に立っています。「海が見えた。海が見える。五年振りに見る尾道の海はなつかしい」という「放浪記」の名文句は、多くの人の心に残る言葉として親しまれています。
文学のこみちを歩きながら、正岡子規や松尾芭蕉といった偉大な文人たちの言葉に触れると、同じ風景を眺めながら彼らが感じた思いが自然と心に浮かんできます。秋の澄んだ空気の中で、瀬戸内海の島々を望みながら読む文学作品は、普段の読書体験とはまったく異なる深い感動を与えてくれるはずです。
千光寺公園の紅葉〜空に映える朱色の調べ〜

11月中旬から下旬にかけて、千光寺公園は一年で最も美しい季節を迎えます。カエデやイチョウが山全体を鮮やかに彩り、朱色の千光寺本堂と相まって絵画のような光景を作り出します。
千光寺山ロープウェイを利用すれば、わずか3分で山頂に到着できますが、息を切らしながら一歩一歩登る道のりで、紅葉の移ろいを肌で感じることができるのは、歩いてこそ味わえる特権。健脚な方にはぜひ坂道を歩いて登ることをおすすめします。
頂上の展望台「PEAK」からの眺望は圧巻の一言に尽きます。眼下に広がる尾道の街並み、穏やかな尾道水道、その向こうに連なる島々、そして遠くまで続くしまなみ海道の橋脚まで、360度のパノラマが楽しめます。秋の透明な空気のおかげで視界は一層クリアになり、瀬戸内海の美しさを存分に堪能できるでしょう。
千光寺の「くさり山」と呼ばれる巨岩群も見どころの一つです。紅葉に囲まれた奇岩怪石は、自然が作り出した芸術作品のような美しさを湛えています。特に夕日が差し込む時間帯は、岩肌が温かな光に照らされて神秘的な雰囲気を醸し出します。
猫の細道 小さな芸術村への扉

千光寺山から下山する途中、ぜひ立ち寄りたいのが「猫の細道」。艮神社(うしとらじんじゃ)の東側から天寧寺(てんねいじ)三重塔にかけて続く約200メートルの細い路地は、まるで異世界への入り口のような不思議な魅力を放っています。
この路地の名物は、絵師の園山春二が生み出した「福石猫(ふくせきねこ)」です。1998年から置かれ始めたこれらの猫のオブジェは、今では1000体を超え、路地の至る所で訪問者を出迎えてくれます。丸い石に描かれた愛らしい猫の表情は、見る人の心を和ませてくれます。
猫の細道沿いには、小さなカフェやアートギャラリーが点在しています。築100年を超える古民家を改装したこれらの店舗は、それぞれに個性的な魅力を持っています。秋の午後、木漏れ日の中でコーヒーを飲みながら猫のオブジェを眺める時間は、日常の喧騒を忘れさせてくれる貴重なひとときになることは間違いありません。
路地の木々も秋には美しく色づき、石畳の道と相まって風情豊かな景観を作り出します。カメラを片手にゆっくりと歩けば、尾道らしい写真が撮影できるはずです。
古寺巡り 歴史を感じる石段の道
尾道は「古寺のまち」としても知られており、山手には25の寺院が点在しています。秋の古寺巡りは、紅葉と歴史的建造物の美しいコントラストを楽しめる特別な体験です。
西國寺(さいこくじ)は尾道最大の寺院で、729年に行基(ぎょうき)によって創建されました。仁王門から本堂へ続く石段は圧巻で、秋には両側の木々が美しく色づきます。本堂からの眺望も素晴らしく、尾道水道と島々の絶景を一望できます。
浄土寺は聖徳太子の創建と伝えられる古刹で、国宝の本堂と多宝塔で有名。境内の紅葉は特に美しく、古い建物との調和が見事です。静寂に包まれた境内で、時の流れをゆっくりと感じることができます。
天寧寺の三重塔は尾道のシンボル的存在で、多くの映画やドラマにも登場しています。塔の周りに広がる紅葉は絵画のような美しさで、多くの写真愛好家が訪れるスポットでもあります。
尾道グルメも坂道散歩の楽しみ

尾道散歩の楽しみは景色だけではありません。この街ならではのグルメも大きな魅力の一つ。
何といっても外せないのが尾道ラーメン。醤油ベースのスープに背脂が浮かぶこのラーメンは、歩き疲れた体に優しく染み渡ります。それぞれに個性的な味わいを持つ名店が点在しており、食べ比べも楽しめます。本通り商店街には多くのラーメン店があるので、散歩の途中で気軽に立ち寄ることができます。
尾道焼きも見逃せません。広島名物の焼きそば入りお好み焼きに砂肝が入ったこの郷土料理は、尾道のソウルフードとして地元の人々に愛されています。
甘いものがお好みの方には、はっさく大福がおすすめです。尾道の特産品である柑橘のはっさくを使ったこの和菓子は、上品な甘さと爽やかな酸味が絶妙なバランスを保っています。
地元食材を使った洋食や瀬戸内のフルーツを使ったジュースを楽しむことができるお店もあり、海辺のテラス席で食事をすれば、潮風を感じながら優雅な時間を過ごせます。
本通り商店街のレトロな魅力と新しい発見
全長約1.2キロに及ぶ尾道本通り商店街は、昭和の香りを残すレトロな商店街。アーケードに覆われた通りには、老舗の商店から新しいカフェまで、さまざまな店舗が軒を連ねています。古い看板建築の建物が立ち並ぶ街並みは、まるで昭和時代にタイムスリップしたような不思議な感覚を味わうことができます。秋の午後、商店街をゆっくりと歩きながら、地元の人々との会話を楽しむのも尾道ならではの体験です。
商店街には尾道の特産品を扱う土産物店も多く、因島のはっさく、瀬戸内レモンを使った商品など、瀬戸内海の恵みを生かした商品が豊富に揃っています。近年は古民家を改装したおしゃれなカフェや雑貨店も増えており、伝統と新しさが調和した独特の魅力を放っています。秋の夕暮れ時、商店街の温かな灯りが灯る頃は、特に情緒豊かな雰囲気に包まれるため、その時間に訪れるのも良いかもしれません。
夕暮れの尾道水道〜一日の終わりに〜

尾道散歩の最後は、ぜひ尾道水道の夕日を眺めて締めくくりましょう。千光寺山から見下ろす夕暮れの風景は、一日の疲れを忘れさせてくれる美しさです。秋の夕日は特に美しく、瀬戸内海の穏やかな水面に橙色の光が反射して、幻想的な光景を作り出します。対岸の向島(むかいしま)との間を行き交う船舶のシルエットが、水面に映える夕焼けと相まって絵画のような世界を演出します。
文学のこみちから見る夕日もまた格別。林芙美子が愛した海の風景が、時を超えて今も変わらぬ美しさで訪問者を迎えてくれます。石碑に刻まれた文学作品を読み返しながら眺める夕景は、文字通り心に深い感動を刻みます。
海辺のカフェにあるテラスからの夕日鑑賞もおすすめ。潮風を感じながら、一日の散歩を振り返る静かなひとときは、旅の思い出として長く心に残るに違いありません。
尾道の秋は、文学と歴史、そして自然の美しさが調和した特別な季節。志賀直哉や林芙美子が愛した風景を実際に歩き、彼らが感じた思いに触れることで、文学作品への理解も深まることでしょう。
坂道を上り下りしながら発見する小さな路地、古寺の境内に広がる紅葉、商店街の人情味あふれる雰囲気。すべてが尾道ならではの魅力です。秋風とともに尾道の坂道を歩けば、きっとあなたも文学者たちと同じように、この街の虜になるはず。海と山に囲まれた美しい港町で、心に残る特別な秋の一日をお過ごしください。
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もっと知りたいあなたへ
一般社団法人尾道観光協会「おのなび」
https://www.ononavi.jp/
尾道市ホームページ
https://www.city.onomichi.hiroshima.jp/site/onomichikanko/