なぜ広島人はお好み焼きにこだわるのか~地域の誇りと食文化の心理学~
「お好み焼きは関西が本場でしょ?」
この一言を広島県民の前で口にすると、微妙な空気が流れることがある。眉をひそめてため息をつき、時には「分かってないなぁ」と苦笑される。何なら怒り出す人もいるかもしれない。広島人にとってお好み焼きは単なる食べ物ではない。それは戦後復興の象徴であり、地域のアイデンティティであり、誇りそのものなのだ。
なぜ、ここまで熱くなるのか。なぜ、関西風と比較されると不機嫌になるのか。なぜ、「広島のお好み焼きは別物だ」と主張し続けるのか。
その答えは、歴史、製法、そして地域文化の深層に隠されている。
広島人のお好み焼き愛は「異常」なのか
広島県民のお好み焼きへのこだわりは、他県民には理解しがたいレベルだといわれる。
広島市内だけでお好み焼き店は約1,500店以上、広島県全体で2,000店弱ほどもあるそうだ。単純に人口比で計算すると約800人に1店舗存在する割合だ。これはコンビニよりも密度が高くなる。多くの家庭には専用のヘラが常備されているとも聞く。
広島県外に引っ越した人々は、「地元のお好み焼きが恋しくて仕方ない」と口を揃える。帰省の際には必ず行きつけの店に立ち寄り、それまで待てない場合には冷凍便で取り寄せる人もいる。
この執着は、単なる「好き」という感情を超えている。むしろ、「自分たちのアイデンティティを守る」という強い意志に近い。
戦後復興と共に歩んだお好み焼きの物語

広島のお好み焼きの物語は、戦後の復興期から本格的に始まった。そのルーツは戦前に遡る。大正時代から関西や広島で親しまれていた「一銭洋食」という庶民料理があった。小麦粉を水で溶いて薄く焼き、ネギやキャベツを乗せた素朴な食べ物だ。終戦後、広島は焼け野原となった。食料不足が深刻化する中、この一銭洋食が屋台で提供されるようになる。材料が手に入りやすく、安価で、腹持ちが良い。復興に向けて働く人々にとって、貴重なエネルギー源だった。
やがて、この料理は進化していく。キャベツの量が増え、麺が加わり、卵が乗せられるようになった。重ね焼きという独自の製法が確立され、1950年代には現在の広島風お好み焼きの原型が完成する。
広島のお好み焼きは、戦後復興の過程で進化した料理だ。焼け跡から立ち上がった人々の知恵と努力の結晶。だからこそ、広島県民にとって特別な意味を持つ。この歴史を知らずに「関西風の方がおいしい」と言われれば、不快に感じるのも当然かもしれない。それは料理の優劣ではなく、歴史と誇りに関わる問題だからだ。
重ね焼きが生んだ独自進化
広島風お好み焼きの最大の特徴は、「重ね焼き」という製法にある。関西風は生地と具材を混ぜ合わせて焼く。一方、広島風は生地を薄く延ばし、その上にキャベツ、もやし、豚肉、麺を順に重ねていく。最後に卵を焼き、ひっくり返して完成させる。
この製法は、単なる調理法の違いではない。それぞれの素材の味を活かすための工夫だ。
キャベツは蒸し焼きにすることで甘みが引き出される。もやしはシャキシャキとした食感を保つ。豚肉の脂がキャベツに染み込み、うまみが増す。麺は蒸し焼きにすることでソースが絡みやすくなる。この重ね焼きには高度な技術が必要だ。火加減、ひっくり返すタイミング、ヘラの使い方。すべてが職人技だ。
さらに、店ごとに微妙に違う。生地の厚さ、キャベツの千切りの太さ、麺の種類、ソースの配合。この多様性が、広島県民それぞれが「自分の好きな店」を持つ文化を生んだ。子どもの頃から通った店、学校帰りに寄った店、友人と語り合った店。その味が「自分のお好み焼き」になる。
だから、「お好み焼きはどこがおいしい?」という質問に対して、広島県民は一つの答えを出さない。それぞれが自分の「正解」を持っているからだ。
関西風との「お好み戦争」、比較されることへの抵抗
広島風と関西風の論争は、半世紀以上続いている。関西人は言う。「お好み焼きは混ぜて焼くのが基本だ」。広島人は反論する。「重ねるからこそ、素材の味が活きる」。この議論に終わりはない。だが、広島県民が不機嫌になる本当の理由は、「どちらがおいしいか」という比較そのものにある。
広島風お好み焼きは、関西風の「亜種」ではない。全く別の料理だ。製法も、食感も、味わいも違う。それなのに、同じ「お好み焼き」という名前で括られ比較される。自分たちの料理が、関西風の「バリエーション」として扱われることへの抵抗感がある。さらに、関西は大阪という大都市を抱え、メディアの露出も多い。結果として、「お好み焼き=関西」というイメージが全国に広まった。この状況に対する反発が、「広島のお好み焼きは別物だ」という主張を強めている。
近年では「広島焼き」という呼び方も広まっているが、地元民はこの呼称を好まない。「お好み焼きはお好み焼きだ。わざわざ『広島』をつける必要はない」。この姿勢が、彼らの誇りを物語っている。
地域アイデンティティの象徴

広島県民にとって、お好み焼きは単なる郷土料理ではない。それは、「広島人であること」の証明だ。
広島という都市は、日本の戦後復興のシンボルとして世界に知られている。原爆からの再生、平和への祈り、そして前向きに生きる力。これらが、広島のアイデンティティを形作っている。
お好み焼きはその象徴だ。焼け野原から生まれ、人々を支え、進化を続けてきた料理。それは広島の歴史そのものを映しているようだ。だから、広島県民は他県の人に「お好み焼きを食べてほしい」と願う。それは、自分たちの歴史と文化を理解してほしいという思いでもある。
また、お好み焼き店の多さは、地域経済を支える存在でもある。多くの店が家族経営で、世代を超えて受け継がれている。
観光客が広島を訪れたとき、必ずお好み焼きを勧められる。それは、単に美味しいからではない。「これが広島だ」と伝えたいからだ。
よくある質問 ― 広島風お好み焼きQ&A

Q1: 広島風と関西風の違いは?
最大の違いは製法だ。関西風は生地と具材を混ぜて焼くが、広島風は薄い生地の上に具材を重ねる「重ね焼き」。また、広島風は麺が入るのが一般的だ。
Q2: なぜ広島人は関西風を認めないのか?
「認めない」というよりは、「別の料理」として区別したいという思いが強い。広島風は戦後復興と共に歩んだ歴史があり、地域のアイデンティティと深く結びついている。
Q3: おすすめの店は?
地元民視点では「自分の行きつけの店が最高」という文化があり、一概には言えない。観光客向けには、お好み村、みっちゃん総本店、八昌、麗ちゃんなどが知られている。
Q4: 家庭でも作れる?
作れるが難易度は高い。重ね焼きには専用の鉄板とヘラが必要で、火加減とひっくり返すタイミングが重要だ。初心者は、まず店で食べて技術を観察することをおすすめする。
地元の味とは、誇りそのものである
結局のところ、なぜ広島人はお好み焼きにこだわるのか。
それは、単においしいからではない。歴史があり、文化があり、誇りがあるからだ。
戦後の焼け野原から立ち上がった人々の知恵。重ね焼きという独自の進化。関西風との論争を通じて強化されたアイデンティティ。そして、店ごとに、家庭ごとに受け継がれる「うちの味」。
お好み焼きは、広島という土地そのものだ。それを否定されることは、自分たちの歴史と文化を否定されることに等しい。他県民がこのこだわりを理解するには、まず広島を訪れ、地元の店でお好み焼きを食べることだ。鉄板の上で重ねられていく食材を眺め、ジュウジュウという音を聞き、ソースの香りを嗅ぎ、熱々の一口を頬張る。
そのとき、少しだけ分かるかもしれない。なぜ、広島人はここまでお好み焼きを愛するのかを。
地元の味とは、記憶であり、歴史であり、誇りそのものなのだ。
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農林水産省:うちの郷土料理「広島県 お好み焼き」
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。