こつこつと誠実に作り続けた塩辛〜全国区へと羽ばたいた「平塚商店」〜

うえだなおこの『地域のキラリ光る逸品シリーズ』。今回は、こちら。
住宅街の一角、ひっそりと佇む店舗。小さな看板がなければ通り過ぎてしまうような宮城県塩竈(しおがま)市の一角に、全国の美食家を虜にする塩辛を作り続ける「平塚商店」がある。創業は昭和30年代。以来60年以上、代々受け継がれた製法と誠実なものづくりの姿勢が、いま全国の百貨店や食通の間で熱い注目を集めている。
地元に愛された「塩辛専門の小さな店」

平塚商店のはじまりは、ごく小規模な個人商店。
初代が築いた塩辛作りを二代目・塚憲氏が継承し、地元の市場などへの卸を中心にこつこつと続けてきた。驚くほどの手作業で、いかの仕入れから腑(ワタ)の処理、塩の配合まで、丁寧な下処理を一貫して行う。機械任せにできる部分もあるが、「誰に見せても恥ずかしくない仕事」にこだわる信念が守られている。
丁寧に、心を込めて仕込む塩辛の製造工程
平塚商店の塩辛作りは、すべての工程に妥協がない。まず、三陸産の真いかの中でも特に大きく肉厚なものを厳選。一般流通しているものよりも大きなサイズのいかを使用している。真いかは2016年からの不漁・価格高が続いているが、現在もいかのサイズ、産地を変更することなく使用している。
いかの身は手作業で粗切りにし、4.5㎜に細断し、選別した腑は丁寧に・脱水して絞り雑味を取り除いたうえで、いか・腑・塩竈の藻塩・調味料などを混ぜ合わせる。このとき空気を含ませながらしっかりとかき混ぜることで、より深い旨味を引き出すという。
仕上げに、容器へ充填後、マイナス30℃で急速冷凍することで、できたての味わいをそのまま全国へ届けている。
大量生産をせず、手間を惜しまない一品一品丁寧な仕事ぶり。それが平塚商店の品質の源である。
東日本大震災と「塩辛、買えるかな」の声
2011年の東日本大震災では、店舗から200メートルほど先まで津波が迫った。
幸いにも建物の被害は最小限だったが、断水や停電で多くの原料、製品を失うなどの困難を乗り越えて、約2週間で製造再開。だが、先行きへの不安が募る中、一本の電話が届く。
──「塩辛、買えるかな?」
その言葉が、平塚氏に再び立ち上がる勇気を与えた。「また、おいしいの作ってよ」という地元の声。生活の中に溶け込み、日々の食卓に寄り添ってきた平塚商店の塩辛が、地域にとってどれほど大切な存在だったのかを実感した瞬間だった。
驚くほどマイルドな「塩竈の藻塩」が鍵

平塚商店の塩辛は、「しょっぱくない」「生臭くない」と評判。その秘密は、素材だけでなく「塩」にある。使用するのは、塩竈市の伝統的な藻塩と天日塩のブレンド。ホンダワラという海藻を煮詰めて海水から採取する藻塩は、2トンの海水からわずか20kgしか得られないという希少なもの。
この塩のまろやかな塩味が、いかやホヤの旨みを最大限に引き出し、塩辛を「つまみ」から「ごちそう」へと進化させている。ごはんのお供としてはもちろん、クリームチーズやわさび醤油と合わせるなど、洋風アレンジにも適応する汎用性の高さが人気の秘訣でもある。
催事限定塩辛が広げたファン層
平塚商店は、全国の百貨店やショッピングモールで催事販売を積極的に実施している。出店先では、通常商品に加えその土地の日本酒を使った「特製いか塩辛」の製造販売をする。この出来立て塩辛は、大人気でいつも開店後早々に完売する。
いか塩辛のラインナップは5つある。
①いか塩辛(平塚商店の原点商品)
②いか塩辛旨辛(唐辛子入の大人の塩辛)
③ぶっかけ塩辛(いか下足を刻み噛まずに食べられる)
④ゆず薫るいか塩辛(ゆず果汁と千切りの皮で上品な塩辛)
⑤特製イカ塩辛(塩竈の藻塩・仙台みそ・純米酒のみで仕込んだ自信作)
催事での販売後、「どうしてもまた食べたくなった」と、地元での観光ついでに直売店を訪れるリピーターも多い。全国各地の催事を通じてファンの輪が広がり、塩竈市の有名寿司店では寿司ネタ・一品料理として採用されており、今や塩竈市の名物として定着しつつある。
プロのお墨付き
そうしてこつこつと地元のために塩辛を作り続ける日々だったが、2018年のある日、震災復興の催事で初めての関西出店の時、ある人に出会った。その人は塩辛の味見をして「こんなところにこれほどおいしい塩辛があったのか!」と驚いていたという。
しかして「その人」は、ヒット商品の目利きとして百貨店業界ではレジェンド的存在の超有名バイヤー氏だったのだ。
結果、希望してもなかなか出店できない、敷居の高い物産展に参加させてもらえるようになったという。
全国に届く、塩竈の味と誇り
催事出店期間中に何度も足を運ぶお客もいるといい、平塚商店の塩辛はどうやら全国区の味になったようだ。

かつて地元で愛された「隠れた名品」は、いまや全国各地の食卓にその名を知られる存在となった。平塚商店の塩辛は、丁寧な手仕事と地域の素材、そして受け継がれた想いが生んだ「塩竈の誇り」と言える逸品だ。
丁寧な仕事が評価され、平塚商店の塩辛は塩竈を代表する味として、着実に全国へと広がっている。
本物は、選ばれる
筆者がこの塩辛と出会ったのは、復興支援催事「みちのく いいもん うまいもん2020」でのこと。平塚商店の塩辛はこれまで食べた塩辛とはまったく異なる存在感を感じた。
「日常に寄り添い、けれども特別な味」。どこかで食べた記憶があるようで、確実に新しい驚きがある。それは、ひたむきに「おいしい」を追求してきた平塚商店の、積み重ねの証だ。
ふと立ち寄った住宅街の一角で、手土産に選んだその塩辛が、やがて全国のバイヤーの目に留まり、レストランや家庭の食卓に選ばれる逸品になる。そんな「発掘される地方の宝物」の存在を再認識した出会いだった。
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