クラフトリリース
2026.3.30

文豪が愛した風景を巡る・小説と歩く日本紀行6〜松山市・道後温泉~

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赴任列車に揺られて

「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。」

この書き出しで始まる「坊っちゃん」は、1906年(明治39年)に発表された。夏目漱石が松山中学校(現・松山東高等学校)に英語教師として赴任したのは、それより10年ほど前。明治28年の春、28歳の漱石は、東京からはるばる四国の地へと向かった。瀬戸内海を渡り、初めて目にする松山の町。それは後に、日本文学史に残る痛快な物語の舞台となる。

伊予鉄道松山市内線の路面電車の画像

私が松山を訪れたのは、初夏の頃だった。JR松山駅を降りると、路面電車が音を立てて走っている。市内を縦横に走る伊予鉄道の路面電車は、明治時代から続く松山のシンボル。レトロな車両が、現代の町並みの中をゆっくりと進んでいく様子は、どこか時間の流れが違う場所に来たような錯覚を覚える。

「坊っちゃん」の主人公も、こうして松山の町に降り立ったのだろう。

江戸っ子気質の血気盛んな青年教師が、見知らぬ土地で巻き起こす騒動の数々。赤シャツ、山嵐、うらなり、マドンナ——個性豊かな登場人物たちと繰り広げられる、笑いと怒りと義憤の物語。その舞台を辿ってみたいと思う。

道後温泉という聖地

松山を訪れて道後温泉に入らないのは、京都で名刹を見ないようなもの。路面電車に乗って道後温泉駅へ向かおう。商店街のアーケードを抜けると、目の前に現れるのは、荘厳な木造三層楼の本館。日本最古といわれる温泉地のシンボルは、まるで物語の中から抜け出してきたような佇まいだ。

1894年(明治27年)に改築されたこの建物は、漱石が松山にいた時代とほぼ同じ姿を保っている。

「坊っちゃん」の中で、主人公は赴任早々この温泉に通い詰める。「住田の温泉は三階の新築で上等は浴衣をかして、流しをつけて八銭で済む」という描写そのままに、当時の風情が残されている。

券を買い、中へ入る。脱衣場の床は石畳、天井は高く、採光窓から柔らかな光が差し込む。浴室に入ると、湯気が立ち込め、源泉掛け流しの湯が満ちている。無色透明、少しぬるりとした感触。アルカリ性単純泉のこの湯は、肌に優しく、疲れを癒してくれる。

湯に浸かりながら、坊っちゃんもこの同じ湯船で体を休めたのだと思うと不思議な感慨がある。東京から遠く離れた四国の地で、見知らぬ人々に囲まれ、慣れない教師生活を送る日々。

この温泉が、彼にとっての安らぎの場所だった。物語の中で坊っちゃんが「温泉だけはよかった」と繰り返すのも頷ける。湯上がりに2階の休憩室へ上がると、畳敷きの広間で寛ぐことができる。お茶を飲み、窓の外を眺めながら、時間がゆっくりと流れていく。

3000年の歴史を持つとされる道後温泉。聖徳太子や一遍上人も訪れたというこの湯は、文人墨客に愛され続けてきた。正岡子規も湯治に訪れ、漱石とこの地で再会している。

二人の親交が、後の文学史にどれほどの影響を与えたか。温泉という場所が、単なる保養地ではなく、文化と交流の拠点でもあったことを感じさせる。

城下町の記憶

松山城から見た松山市の風景の画像

松山城は、市街地中心部の勝山山頂に聳える平山城。標高132メートルの頂に建つ天守閣からは、松山市街を一望できる。ロープウェイで登ることもできるが、石段を歩いて登る道もある。緑に包まれた石垣の間を抜けていくと、江戸時代の面影がそのまま残る城郭が現れる。

加藤嘉明によって築かれ、松平家が治めたこの城は、現存十二天守の一つ。本丸の広場に立つと、風が吹き抜けていく。眼下には松山の町が広がり、遠くには瀬戸内海が光っている。

「坊っちゃん」の中では、主人公が山嵐と共に散歩に出かける場面があるが、城下町の風景は彼らの目にどう映ったのだろう。

漱石が暮らした明治の松山は、城下町の風情を色濃く残しながらも、近代化の波が押し寄せていた時代。旧藩主の権威はまだ残り、新しい教育制度が導入され、西洋文化が流入し始めていた。そんな過渡期の空気感が、「坊っちゃん」には満ちている。

古い価値観と新しい価値観のぶつかり合い、地方都市特有の閉塞感と人間関係の濃密さ。坊っちゃんという異分子が放り込まれることで、その構造が浮き彫りになる。城の周辺には、かつての武家屋敷跡や寺町が残る。静かな路地を歩けば、時折見かける古い門構えの家々。苔むした石段。城下町としての松山の骨格が、今も息づいている。

人物たちの温度

「坊っちゃん」の魅力は、何といっても登場人物の鮮やかさにある。主人公の坊っちゃんは、江戸っ子の気風そのまま、正義感が強く、曲がったことが大嫌い。だが短気で単純、騙されやすく、思い込みも激しい。その真っ直ぐさが時に滑稽で、時に痛快。教頭の赤シャツは、表面は紳士だが腹黒く、陰で糸を引く狡猾な人物として描かれる。数学教師の山嵐は、武骨だが義理堅く、坊っちゃんの良き理解者となる。

物語を読み進めるうちに気づくのは、この小説が単なる痛快ではなく、地方社会の人間模様を鋭く描いた作品でもあるということだ。権力を持つ者の傲慢さ、よそ者を受け入れない排他性、陰口と派閥争い。

田舎特有の息苦しさが、ユーモアという糖衣に包まれて描かれている。坊っちゃんの怒りは、そうした不条理への抵抗でもある。

松山の人々は、この小説をどう受け止めてきたのだろう。地元を舞台にした有名作品でありながら、描かれ方は必ずしも好意的ではない。だが今では、「坊っちゃん」は松山の誇りとして受け入れられている。道後温泉駅前には「坊っちゃん列車」が走り、土産物屋には坊っちゃん団子が並ぶ。文学作品が観光資源となり、町のアイデンティティの一部となっている。批判も含めて受け止め、笑いに変える懐の深さ。それもまた、松山という町の魅力なのかもしれない。

瀬戸内の味覚

松山流鯛めしの画像

松山を訪れたなら、瀬戸内の恵みを味わいたい。新鮮な魚介類、柑橘類、そして郷土料理。市内の繁華街、大街道や銀天街を歩けば、地元の食材を使った料理店が軒を連ねる。松山の鯛めしは炊き込み方式である。鯛の身を大きく入れて炊き込んだご飯をしっかり混ぜて食べる。香ばしい香りがたちのぼるこの鯛めしは松山ならでは。

愛媛にはもう一つ、生の鯛の刺身を卵と醤油のタレに絡め、炊きたてのご飯に載せて食べる「鯛めし」があるが、こちらは宇和島スタイル。これもまたおいしいが、松山を訪れた時には炊き込みを味わって欲しい。

そして忘れてはならないのが、じゃこ天。ホタルジャコやエソなどの小魚をすり身にして揚げた練り物は、プリプリとした食感と魚の旨味が凝縮されている。道後温泉の帰りに、商店街で揚げたてを頬張るのも一興。温かいうちに食べると、魚の香りが口いっぱいに広がる。

坊っちゃん団子も名物の一つ。三色の餡を串に刺した素朴な和菓子は、小説に登場する「団子」をモチーフにしたもの。抹茶、小豆、卵の三色が可愛らしい。甘さ控えめで、お茶請けにちょうどいい。

そして、柑橘王国・愛媛を象徴するのがみかんをはじめとする柑橘類。温州みかんだけでなく、伊予柑、デコポン、せとか、甘平。季節ごとにさまざまな品種が楽しめる。ジュースやゼリー、ジャムなどの加工品も豊富で、土産選びは迷ってしまうほどだ。瀬戸内の温暖な気候と太陽の光をたっぷり浴びて育った柑橘は、甘さと酸味のバランスが絶妙なおいしさである。

文学が宿る町

愚陀仏庵 の画像

漱石が松山に滞在したのは、わずか1年余り。だがその短い期間で、後に「坊っちゃん」という不朽の名作を生み出した。愚陀仏庵と呼ばれる家で、正岡子規と共に過ごした日々。俳句を詠み、文学を語り、松山の風土に触れた時間。その経験の全てが小説の中に昇華されている。

道後温泉本館には、「坊っちゃんの間」と呼ばれる個室がある。漱石が実際に使ったとされる部屋で、今でも見学が可能。窓から見える景色は、当時とは変わってしまったかもしれないが、部屋の造りや雰囲気からは、明治の空気が感じられる。

市内には「坂の上の雲ミュージアム」もあり、松山が生んだ三人の偉人「正岡子規、秋山好古、秋山真之」の足跡を辿ることができる。子規と漱石の交流、明治という時代の息吹、近代日本の黎明期を支えた人々の情熱。松山は、文学と歴史が重層的に積み重なった町なのだ。

「坊っちゃん」を読んだ後でこの町を歩くと、物語の登場人物たちがすぐそこにいるような気がしてくる。赤シャツが歩いていた通り、マドンナが住んでいた界隈、坊っちゃんと山嵐が芝居小屋へ出かけた道。全てが想像の中で立ち上がってくる。文学が、町という空間に命を吹き込んでいる。

旅の終わりに

松山を発つ日、もう一度道後温泉に立ち寄った。朝の静かな時間、湯船に浸かりながら天井を見上げる。湯気の向こうに、坊っちゃんの姿が見えるような気がした。生意気で、短気で、でも真っ直ぐな青年教師。彼がこの湯に浸かりながら、東京のことを思い出していたように、私も旅の記憶を反芻する。

文学作品の舞台を訪ねる旅は、通常の観光とは少し違う気持ちがある。それは、物語という扉を開けて、作家の視線を借りながら土地を見つめる行為。漱石が見た松山、坊っちゃんが駆け抜けた城下町——その風景は今も、形を変えながら息づいている。温泉街の湯気、城の石垣、瀬戸内の海。変わらないものと、変わっていくもの。その両方が折り重なって、今の松山があるのだ。

「坊っちゃん」のラストで、主人公は松山を去り東京へ帰っていく。40日余りの滞在は、彼にとって嵐のような日々だった。だが読者は知っている。その短い時間が、彼の中に確かな何かを残したことを。私もまた、松山での数日間を胸にこの町を後にする。

文学が誘う旅は、終わりなき対話だ。季節を変えて、何度でも再訪したくなってくるのがその証なのだろう。

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もっと知りたいあなたへ

愛媛松山道後温泉
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。

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