
夏目漱石と「坊っちゃん列車」
皆さんは、夏目漱石が著したベストセラー「坊ちゃん」の舞台が愛媛県の松山市であることをご存知だろうか?
「坊ちゃん」は漱石が英語の教師として松山中学校(現・愛媛県立松山東高校)に赴任した際のエピソードを基にして執筆された、素直だがシニカルな内面を持つ「坊ちゃん」を主人公とした一人称小説だ。「坊ちゃん」つまり、在りし日の漱石が赴任した時に乗った列車こそが初代「坊ちゃん列車」である。作品内では「マッチ箱のような汽車」と、なんとも かわいらしい表現で描写されている。
「坊っちゃん列車」の歴史と復活
初代「坊っちゃん列車」は、明治21年(1888年)に開業した伊予鉄道によって導入された蒸気機関車だ。当時、日本で3番目の民営鉄道として開業した伊予鉄道は、松山の近代化を象徴する存在であった。
この蒸気機関車は、松山と三津浜を結ぶ路線で活躍し、地域の人々の生活を支えていた。大活躍の初代坊ちゃん列車であったが、1956年の貨物輸送廃止を経て1960年に全車廃車となった。蒸気機関車が廃止された現在は「坊ちゃん列車ミュージアム」や「子規堂」「愛媛県総合科学博物館」などで展示されている。
二代目坊っちゃん列車の特徴

現在運行している坊ちゃん列車は2001年から稼働している二代目であり、蒸気機関ではない。しかし、その復活劇の裏側には地元愛があり、現在でも地域住民に愛されている。廃車を惜しむ声は多く、復活までの40年間たくさんの復活案が提唱されてきたものの、走行場所や環境問題を含めた多くの課題を抱えており、実際の復活は困難を極めていた。
だが、地域住民からの熱い声が止むことはなく、ディーゼル機関の路面列車として華々しく再スタートを果たした。さまざまな障壁を乗り越えての復活は、地域の人々の「坊っちゃん列車」への愛情と情熱の賜物と言えるのではないだろうか。
「坊ちゃん列車」の見どころ
蒸気機関ではないものの、車内は明治を思わせる趣のある内装となっており、車掌の制服も当時のものを再現している。なんと、あの無機質なクラクションではない「ポッポ」という汽車の警笛まで鳴らすことが可能だ。
環境問題への対策が施されているのはイマドキ、といったところか。列車のトレードマークとも言える煙突から、現役、坊ちゃん列車は、水蒸気を用いたダミーの煙を出し、ばい煙による環境汚染を避けながらも雰囲気を作りだしている。乗客はまるで明治時代にタイムスリップしたようなノスタルジーを感じることができるだろう。
もうひとつの見どころは「人力方向転換」だ。機関車と客車を切り離し、ジャッキアップさせた機関車の車体を駅員たちが一生懸命に回して、180度進行方向を変更する。そして、残った客車をさらに一生懸命に、ひたすらに押して機関車と連結する。
方向転換はある程度ジャッキなどの機械的な補助があるが、連結は人力オンリーであり、かなりの迫力とインパクトがある。その様子はまるで山車(だし)を押しているかのようで、何かの祭りのようにも見える。

この人力方向転換は終点駅であればどこでも見ることができるが、特に細かく鑑賞できるのは松山市駅だ。開けた場所で色々な方向から列車を観察することができ、平日であっても方向転換の際は人が集まる様子を確認できる。
地域文化と「坊っちゃん列車」
観光資源として地域復興の起爆剤となった坊ちゃん列車は、時代を超え、今も地域住民に愛されている。歩道から坊ちゃん列車に手を振ると、「ポッポ」と返事が返ってくる様は、松山の風物詩だ。料金は大人1,300円、小児650円で一回乗車することができ、道後温泉駅と松山市駅の間、また道後温泉駅とJR松山駅前、JR松山駅前と古町の間の観光コースを運行している。
途中下車も可能であり、道後温泉や松山城などの観光名所と連携したルート設定により、観光客の周遊性が高まり、地域全体の経済効果が向上している。もちろん、距離による追加の料金はかからないため、のんびりと松山を一周して景観を楽しむこともできるほか、少し贅沢な足としても利用できる。
また、乗車券は「いよてつ髙島屋大観覧車くるりん」の通常ゴンドラ※を割引の500円で利用することもできるため、空と地上から松山を楽しむことができる。まさに至れり尽くせりだ。

坊っちゃん列車は、松山の歴史や文化を象徴する存在として、地域の人々の生活に深く根付いている。ときに学校の社会科見学や地域イベントなどでも活用されるなど、坊っちゃん列車の運行は、地域経済や教育、生活に多面的な影響を与えており、その存在は単なる観光資源にとどまらず、次世代への文化継承の役割も担っている。
愛媛県と温故知新の精神

現在も発展を続けている愛媛県だが、このように重要な価値を持つものが多く存在している。ひたすらに発展を続けることは、それなりの金銭をかければ難しいことではないだろう。しかし温かみのある町並みが、右へ倣えと無機質なビル群に姿を変えていくのは、寂しく惜しいことではないだろうか。
温故知新。個性や彩りと豊さを両立した町を作っていくためには、地域の特色と向き合って、それらを磨く丁寧でまごころのある発展をしていく必要があると筆者は考える。新しいものを取り入れながらも、こうして先人たちから受け継いできた魂の籠ったものを大切にし続けていきたいものである。
※大観覧車「くるりん」:通常ゴンドラ(800円)、シースルーゴンドラ(1,300円、2台のみ)
ライター:大阪芸術大学 文芸学科 鎌田
ーーー
もっと知りたいあなたへ
伊予鉄道「坊っちゃん列車に乗ろう!」
https://www.iyotetsu.co.jp/botchan/