器が呼んだ、呼子のイカ ~唐津の土と玄界灘の恵みが、東京の食卓で出会う~
器が問いかける、「何を盛る?」
唐津焼の小皿を買ってから、食卓はどこか落ち着かなくなった。
いや、正確には「落ち着かない」のではなく「何かを待っている」感覚が続いていた。その小皿はいつも食器棚の定位置に収まっているのだけれど、何も盛っていない時でさえ、まるで「次は何?」と語りかけているように見える。
唐津の土が持つあの独特の質感、少しざらついた釉薬の表情、そして使い込むほどに深まる色合いの変化。それらは確かに日常を変えたけれど、同時にある種の「責任」も与えてくれた。
この器にふさわしいものを盛りたい。

それは贅沢とか見栄ではなくて、もっと素朴で誠実な欲求だった。器が持つ佐賀県・唐津市という産地の記憶に、きちんと応えたいというような感覚。そんなある日、ふと頭に浮かんだのが「呼子のイカ」だった。
唐津といえば、やはりあの透明なイカだ。玄界灘(げんかいなだ)で獲れる活イカ。その美しさは東京にいても耳に入ってくる。けれどまだ呼子に行ったことがない。現地の朝市で活き造りを食べる体験も、いつか叶えたい夢のリストに入っているだけだ。でも、待てよ。東京でも呼子のイカは手に入るのではないか。そう思った瞬間、器が道を示してくれたような気がした。
東京で出会った、玄界灘の透明

呼子のイカを東京で探す。そう決めてから、いくつかの鮮魚店や専門店を調べ始めた。
都内には驚くほど地方の食材を扱う店がある。スーパーの鮮魚コーナーでも、時折「佐賀県産 活イカ」の文字を見かけることがある。また、産地直送のECサイトも充実していて、呼子の漁港から朝獲れのイカを翌日には届けてくれるサービスもあるという。
ある週末、仕事帰りに少し足を伸ばして、都内の専門鮮魚店に立ち寄った。店内にはさまざまな産地の魚介が並んでいたが、目当ての「呼子 活イカ」を見つけたとき、思わず息をのんだ。
透明なパックの中で、まだ微かに動く白いイカ。その透明感は、まるで水そのものを切り取ったようだった。店員さんに聞くと、今朝呼子から届いたばかりだという。鮮度が命のイカは、産地から東京までのスピードが勝負なのだ。
「捌きましょうか?」と尋ねられたが、少し迷った末に自分で挑戦してみることにした。器を買ったあの日から、少しずつ「手を動かすこと」の意味を理解し始めていた。使い手としての二分を担うこと。それは器だけでなく、食材に対しても同じではないかと思ったのだ。
帰宅後、キッチンでイカと向き合った。
正直なところ、イカを捌くのは初めてに近い経験だったが、ネットで調べながら、おそるおそる包丁を入れる。最初の一刀を入れる瞬間、手が少し震えた。失敗したらどうしよう、せっかくの呼子のイカを台無しにしてしまったら。
でも、包丁を握る手に力を込め、思い切って引く。身を引いた瞬間、驚くほどの透明感が現れた。まるでガラス細工のようだ。そして、その身を薄く切ると、透けて見える包丁の刃。ああ、これが呼子のイカか。東京のキッチンで、初めて玄界灘の海を見た気がした。透明な身の向こうに、荒波と漁師の姿が重なる。こんなにも美しい食材を、自分の手で扱えている。その実感が、じわりと胸に広がった。
器に盛る、産地との対話

さあ、いよいよあの唐津焼の小皿に盛る時が来た。
キッチンのカウンターに皿を置き、その上に切り分けたイカの刺身を並べる。透明な身が、唐津の土の上に静かに降り立つ。その瞬間、不思議な感覚に包まれた。器と食材が、まるでもともとそこにあるべきものだったかのように、自然に調和していた。
釉薬が持つ柔らかな白濁した色味と、イカの透明感が互いを引き立て合っている。器の表面に見える細かな貫入(ひび模様)が、まるで波の記憶を宿しているようで、その上に玄界灘の恵みが乗っているという事実が、ひどく詩的に思えた。器を少し傾けて、光の当たり具合を確かめる。午後の陽が差し込むダイニングで、イカの身がきらきらと輝いた。
この組み合わせは、誰かに教わったわけでも、レシピ本に書いてあったわけでもない。ただ器が「これを盛ってほしい」と語りかけ、それに応えただけだ。でも、その応答が生み出した景色は、どんな高級レストランの一皿にも負けない美しさだった。
シンプルに、少しの醤油とわさびを添えるだけにした。呼子のイカの甘みと食感を邪魔したくなかった。そして何より、器と食材が織りなす「産地の対話」を、余計な装飾でさえぎりたくなかったのだ。
食べる幸福、つながる記憶
箸でイカの身を持ち上げ、口に運ぶ。
最初に感じたのは食感だった。コリコリとした弾力がありながら、決して固くない。噛むほどに甘みが広がり、ほのかに磯の香りが鼻を抜ける。この甘みは、おそらく東京湾やほかの海で獲れるイカとは明らかに違う。玄界灘の荒波が育んだ身の締まり、そして朝獲れの鮮度がもたらす透明感。それらすべてが、このひとくちに詰まっている。
そして、不思議なことに気づく。味わいが、ただ口の中だけで完結していない。唐津焼を手に取る指先の感触、釉薬の色が目に映る視覚、そしてイカの身が器の上で静かに佇む姿。それらすべてが、この「味」を構成している。器がなければ、この感動は生まれなかった。呼子のイカだけでも、唐津焼だけでもない。二つが出会ったこの瞬間が、佐賀という土地を、産地を、そして作り手と獲り手の営みを教えてくれる。
もしこれがありふれた白い磁器の皿だったら、この感動は半分になっていたかもしれない。器が持つ土の記憶、唐津という産地の物語が、イカの味わいに深みを加えている。食べるという行為が、単なる栄養摂取ではなく、産地との対話になる。
呼子に行ったことがない。でも今、この東京のダイニングで、確かに呼子の朝市を感じている。漁師が夜明け前に船を出し、玄界灘で網を引く姿。港に戻り、活きのいいイカを水槽に放つ様子。そして、唐津の工房で轆轤(ろくろ)を回す職人の手元。土を練り、形を作り、釉薬をかけて窯に入れる静かな時間。それらすべてが、この一口の中に、この一枚の器の上に、確かに存在している。
東京にいながら、佐賀とつながっている。
東京でつながる産地、そして次の一枚へ

この体験を通して、一つのことを確信した。
「産地を体感する」ことは、必ずしも現地に足を運ぶことだけを意味しない。もちろん、いつか呼子の朝市を訪れ、活イカの透明さを目の前で見たいし、唐津の窯元を訪ねて職人と言葉を交わしたい。それは間違いなく特別な体験だろう。でも、東京にいても、その土地の恵みと技を手元に呼び寄せることはできる。器を選ぶこと、食材を探すこと、そして自分の手で盛り付けること。それらすべてが、産地との対話になる。
唐津焼の小皿が、呼子のイカを呼んでくれた。そしてその組み合わせは、食卓に新しい風景を作り出した。これからも、この器は問いかけ続けるだろう。「次は何を盛る?」と。そしてその度に、日本のどこかの産地とつながり、新しい物語を紡いでいくのだと思う。
もしかしたら、次は唐津のほかの食材を試してみるかもしれない。佐賀牛、有明海の海苔、嬉野の茶。あるいは、別の産地の器を迎え入れて、新しい食材との出会いを探すかもしれない。
大切なのは、器も食材も、どちらも「人の手」を経て生まれたものだということ。そして、それを選び、組み合わせ、味わうという行為が、遠く離れた産地とつないでくれるということ。東京という巨大な都市の片隅で、今日も小さな産地との対話を楽しんでいる。
唐津焼の小皿の上で、呼子のイカが静かに輝いている。
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もっと知りたいあなたへ
一般社団法人唐津観光協会
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本記事は筆者の見解・体験に基づくものであり、一部一般的な情報や公開資料を参考にしています。